第7部分 現れたのは・・・
3月25日 スマートフォンで読みやすくするために改行を増やしました
「今朝は大変だったね?あれから大丈夫だったの?余計なお世話かもだけど、すごいカッコでフラフラしてたし」
桂木はわざわざ立ち上がって彼女の耳元に口をよせて、口元に手をあてながら話している。
「ごめんね。心配かけちゃったみたいだけど、私、急いでるの」
あとから来た女子も同じように、桂木の耳元に口をよせて、口元に手をあてながら答えていた。
二人ともナイショ話をしたいみたいだったけど、俺のすぐ側で話しているから聞こえてしまった。
ナイショにするほどの話でもないと思うけどな。
村木はそんな二人に興味が無いのか、スマホをいじっている。
これじゃまるで俺だけが盗み聞ぎしてるみたいじゃないか。
俺は村木の方へ向けた顔をそのまま固定して、紙コップに手を伸ばしストローからコーラを一口すすった。
まあ、おかげで何となく事情がわかった。
つまりはこういうことだ。
俺は眼鏡と髪型と胸の大きさだけで桂木を今朝の無敵の萌えガールと思い込んでいた!
俺は今まで女子の何を見ていたのだろう? いや、反省しても過去は変えられない。これからどうするのか?ということが大事なのだ。
よし、決めた。
これからは、桂木が上着を脱いだ時にはブラの色も確認することにしよう。
「ねえ、山川君。私の鞄のこと知らないかな?」
本物の無敵の萌えガールが俺の顔を覗き込んでたずねてきた。
「うん、いろいろあったみたいだけど、今ここにあるよ」
俺がそう言うと無敵の萌えガールは俺の足元に置いてある鞄に手を伸ばした。
「あ、それ、俺の」
「ごめんなさい。そっちなのね?私ってボケてるよね」
無敵の萌えガールは舌をペロッと出して照れたように笑うと桂木が差し出した鞄を手に取った。
そして、腰を屈めて俺の耳元で囁いた。
低い声だった。
「今朝のこと、誰かに喋ったらまたオモチャにしてやるからね」
驚いた。言われなくても二人だけの秘密にするつもりだったのに。
って言うか、またオモチャにしてほしいのに!
俺が何か言おうと言葉を探していると、彼女は他の二人にもはっきり聞こえるように言った。
「私のことなんか忘れて。さよなら、山川君」
そう言い切ると小走りに行ってしまった。俺は何も言えずにただその後ろ姿を見ていた。
彼女が残していったシャンプーの香りが胸を締め付ける。
「なあ、お前、あんな可愛い娘と付き合ってたのか?」
驚いた顔で聞いてくる村木。桂木も身を乗り出してくる。
俺は気を取り直して村木を見つめてニヤリと答える。
「まあな」
「ねえ、あの娘、誰なのよ」
俺だって知らない。学校で会ったら名前を聞かなきゃな。いや、違う!名前なんかよりも大事なことがあるだろ!それに、学校で会ったら、なんて言ってるから俺はダメなんだ!今すぐ彼女を追いかけるんだ!
『俺たち、このまま終わっちゃって本当にいいのかよ?』
まずはこれを聞くべきなんだ!
壁ドンぶちかますかどうかは今は保留!
「悪い、俺、行くわ。じゃあな」
俺は鞄を掴んで急いで立ち上がる。呼び止められた。無視して歩き出した。
「やーまーかーわぁっ!」
桂木の唸るような叫び声。
思わず振り返る。何かがすごい勢いで飛んできた。鞄で顔を守った。軽い衝撃。そして、足元に拡がる飲み残しのコーラ。ドリンクの入った紙コップを投げつけられたことに気が付いた。
「何すんだよ!」
叫んでしまった。
「コレ何よ!」
桂木がスマホを振っていた。
しまった!
彼女のスマホは桂木の鞄に入れっぱなしだ、返してあげなきゃ。でも、桂木もそんなにキレなくてもいいだろうに。
あ・・・
見られたんだ!
ヤンキーにボコられ薄汚れた俺と、俺が汚してしまった彼女のツーショット。事情を知らない人が見たら、ただの何かの被害者にしか見えないあの写真。でも、あれは間違いなく俺と彼女の愛の証しなんだ!
桂木が誤解をしてるだけなのはわかってる。でも・・・
「人の写真を勝手に見てるんじゃねえよ!返せよ。それ」
「こんな写真を撮ってるんじゃないわよ!今朝あの人すっごく大変だったのよ!」
「そんなのわかってるんだよ!」
俺のために戦って、俺と恋に落ちて、俺と記念写真も撮ってるんだ。
そりゃ大変に決まってるだろうが!
彼女に頼まれたから言うことができないのがもどかしい。
いくらオモチャにされたくても彼女の頼みは断れない!
睨みあう俺と桂木。
緊迫した空気が店内に拡がる。
俺は力づくでも取り返そうと一歩近づいた。
「あ、すみませーん。なんでもないでーす。僕たち出て行きまーす」
村木が場違いな調子の大声を出した。
俺たちを見ている他のお客さんたちに軽く手を振りながら言っていた。
それから村木は小走りでゴミ箱の上に載せてある紙ナプキンを大量に持って来ると、床にこぼれたコーラを拭きはじめた。俺は黙ってそれを見ていることしかできなかった。
桂木が俺を睨んでいる気配をひしひしと感じながら。
って言うか、桂木。俺を睨んでいるヒマがあったら手伝ってやれ。
お前ら幼馴染だろ?
俺は今のこのモヤモヤした気持ちをどうしたらいいか考えるのに必死なんだ。
コーラを拭き終わると村木は俺にハンカチを差し出した。綺麗にアイロン掛けされたブランドもの。惜しみなく俺に手渡す村木。
「お前の服にも少し付いてるみたいだな。ズボンの裾のところ。よかったら使えよ」
「サンキュ」
ためらうことなく村木のハンカチを使ってやる。俺は適当にズボンの裾をハンカチで払って顔を上げると村木が手を差し出していた。俺はそっと村木の手のひらにハンカチを置いた。
「そんな奴に、やさしくしちゃダメだよ。あー君」
「まあ、落ち着きなって、あーちゃん。二人は付き合ってたみたいだし。付き合ってる二人にしかわからないこともあると思うよ。場所変えて話を聞いてみようよ。ね」
「いや、俺、彼女を追いかけなきゃ」
「未練があるなら、後で電話でもすればいいだろ?」
「その、スマホがなきゃ、彼女、電話にでれないだろうが!っていうか、お前、さっきいじってたスマホ、それだろ?勝手にいじってんじゃねえよ!」
「落ち着けよ。あーちゃんの鞄に全然見たことがないスマホが入ってたんだ。勝手に見たら悪いとは思ったけどさ。持ち主のことがわかるかも? って思ったんだよ。早く返してやらなきゃ持ち主だって困るだろ? それに、ロックされてなかったぞ? それ」
「だからって・・・ っていうか、あの時、渡せばよかったじゃねえか!」
「あの時はまだ写真を見てなかったんだよ。だから、あの娘のだってわからなかったんだ。悪いな」
「いいから返せよ。俺、今から追いかけるから!」
桂木が握り込んでいるスマホを奪おうとすると、ピシャリと俺の右手は叩かれた。
「いいわよ。あんたのことが信用できたらね」
「なんでお前に信用される必要があるんだよ?」
俺は右手をさすりながら言う。
右手がジンジンしていた。
言い合う俺たちの間に村木が割り込んできた。
「ま、とりあえず場所変えて落ち着いて話そうぜ。あーちゃんがこうなったら、言うこと聞いといた方がいいからな。あとで、お前、スマホを彼女の家に届けてあげるなり、家の電話に連絡してあげればいいだろ?」
俺は少し考えてみた。議論しても村木に勝てないだろう。フツ―に喧嘩しても桂木に勝てないだろう。女子に暴力を振うわけにはいかないからな。いくらキレているからって、ためらいなく俺の右手を叩ける桂木が怖くなったわけではないけれど、ここはこいつらの言うことに従うことにした。
村木は俺の肩を軽く叩いて、笑顔を見せて言った。
「よし、俺は他のお客さんにお詫びしてくるからちょっと待ってな」
村木は一組、一組とテーブルを回りながら、頭を下げていた。相手によっては握手までしている。
俺は一緒に謝ることもできず、かといって村木を置いて先に店を出ることもできずに、ただそんな村木を少し離れたところで見ていた。
「お前は政治家か」
小さな声でツッコんでみた。見知らぬ人を相手に、自分が悪いわけでもないのに頭を下げられる村木に軽く嫉妬していた。
一方、桂木はとっくにいなくなっていた。
そんな自由な桂木には激しく嫉妬した。