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第56部分 始めなければ終わらない

今回の文字数は空白、改行含めて3400字です


 俺は背中に村木の髪の毛の感触を感じていた。


 振り返らずに言った。


「わかった。とりあえず服着てくるわ。ちゃんと戻ってくるから一人で行かせてくれ」


 そう言ってリビングに二人を残して脱衣場に移動した。


 洗濯機から服を取り出した。


 服は乾いていた。


 とりあえずトランクスとジャージのズボンを履いた。


『なんで一人でしょい込むの?』


 村木の言葉が頭に浮かんだ。


 答えられなかった。


『勃起してるからでしょうが!』


 言えるわけなかった。


 さっきから分身が主張してるんですよ。


『山川はもうすでに人間やめてまーす。バレなくてよかったね?』


 ってふざけんな。


 なんでこんなときに勃起してんの? 俺!


 バレたらまずいからって、服を取りに行こうとしたら村木と鉢合わせするし!


 そのまま腹をさする振りして誤魔化しながらUターンですわ!


 俺だってね。


 勃起してる場合じゃないってことくらいはわかってるの。


 って言うか篠原さんも篠原さんだ。


 正気か!


 あんな風に腹をやさしくナデナデされたら俺みたいな童貞が勃起してしまうことくらいわからないのか!


 ずっと勃起しちゃわないように掛け算の九九をあたまのなかでやってたのに!


 俺みたいな童貞はすぐカン違いしちゃうんだからね!


 素敵な愛のパラダイスにお呼ばれされてるのかと思っちゃったじゃないか!


 純情すぎるにもほどがあるだろ!


 まったく! 


 村木も村木だ。『そんな気持ちはない』とか言い切りやがって。


 クソっ!


 残念だ!


 見たかったのに……


 篠原さんと女装した村木の素敵な愛の宴。


 あーあ! 見たかった!


 ほんと。


 俺は人間やめた方がいいよな。


 隠し事がつらいからってわざわざ女装して現れた村木。


 篠原さんが村木の勇気に感動してるってのに俺はそんな事考えていた。


 俺も隠し事はしたくないけど。


 篠原さんが俺に消えてほしかったっぽいから帰ることにしたけど。


 なにが告白すべき隠し事でなにが思いやりで黙っているべきことかなんてわからないよ!


『この格好見て何も言ってくれないの?』


 って言われても……


『こんなにかわいいなんて知らなかった。さっきはパンダみたいなんて失礼なことを思っちゃって、すいませんっしたぁ!』


 言えない。言えない。


『村木、その恰好で篠原さんと仲良くしてるところ見せてくれ』


 言えない。言えない。


『そして俺も混ぜてくれ』


 そんなことを言うのは勇気じゃないよね?


 言いたいと思ってしまった俺はホントに獣だ。


 うん。俺は人間やめるべきだわ。


『話さなきゃいけない事がある』


 村木はそう言ってたから戻るけど。


 トイレを借りて賢者モードに切り替えようかと思ったけど。


 賢者モードに切り替える儀式をトイレでしている俺一人。


 心配そうにリビングで待つ美少女と見た目は美少女の二人。


 鳥みたいに上から見下ろすイメージ映像。


 うん。


 そんなことしたらそれこそ俺は賢者じゃなくて獣だわ。


 鏡に映る俺の脇腹を見る。


 青紫色になっている。


 やっぱ篠原さんは、元復讐請負人サーティーンだけあっていいパンチ持ってるよな。


 平気なふりはしてるけど何気にまだ痛い。


 俺は脱衣場にあったタオルを濡らして折りたたんだ。


 青紫色になっているところにあてがってその上から腹巻きみたいにバスタオルを巻いた。


『布の腹巻きを装備しました』


 脳内ビジョンに映し出されるテキスト文書。


 防御率がどれくらいかなんて期待するだけ無駄だけど。


 俺はトランクス、ジャージのズボン、バスタオル製腹巻き、肩にかけたタオル。


 そんな装備でリビングに向かった。


 始めなければ終わらないんだ。


 どんな装備でも。


 どんな状況でも。


 始めてしまえばいつかは終わる。


 鏡に映る俺の顔。


 穏やかな顔つきに変わっていた。


 俺がリビングに入ると村木が聞いてきた。


「お腹は大丈夫なの? よかったら飲んで」


 俺の前にホットミルクが置かれているのに気が付いた。


 村木。


 相変わらず気が利くな。


 コイツがホントに女だったらなぁ。


 やべ。俺。さっきまで篠原さんが村木の事が好きっぽくて落ち込んでたのに。


 村木がはっきりと篠原さんに『そういう気持ちはない』とかって言ってからちょっと元気になってないか?


 やっぱり俺はいやな人間なんだな。


 少なくても今はちゃんとしよう。


 村木の言葉に耳を傾けよう。


「ああ。全然平気。それより話せよ。俺と話しあいたいんだろ?」


 俺はそう言いながら篠原さんの隣に座った。


 村木はアイスコーヒーをストローで一口啜って言った。


「やっぱり自分から言うべきだよね。ゴメンね。篠原さんしばらく付き合って。始めないと終れないし。これ終わらないと次いけないから」


「うん。いいよ」


 なんだろう? 深刻な話か?


 女装の事は誰にも言わないって、さっきちゃんと言ったからそのことじゃないよな。


 まさか?


 村木。


 お前……


 俺のことが好きとかって言うんじゃないだろうな!


「あのときはゴメンね。そしてありがとう」


 村木の言葉。


 さっぱりわからなかった。


 え? いつのこと?


 なんか聞けない空気なんですけど?


「あのとき、助けてくれたでしょ? 中二の夏休みのとき。不良たちから」


『え?ええええええ』


 なんて声すら出てこなかった。


 瞼が少し開いたかなっていうぐらい。


 村木。いいのか? 


 それ言っちゃって。


 だって。お前。あんなことされたんだぞ? 


 篠原さんにも聞かせていいのか? 


 っていうか。


 俺にも知らせないままの方が友達としてやりやすかったんじゃないのか?


 っていうか。


 なんて言えばいいんだよ!


「怒ってるよね? おいて逃げたんだもん」


 静かな声だった。


 村木は真っ直ぐ俺を見ていた。


 その目線を逸らしちゃいけないと思った。


「怒ってないよ。驚いたけど。それよりトラウマ的なことは大丈夫なのか?」


「正直言うとね。男の人はまだ怖い。昨日だって一人だったらゴハン食べてる山川に声をかけられなかったと思う」


「そうか」


「でもよかった。あの時に声をかけてなければ山川があのモジャマルだなんてわからなかった」


「そう言えば俺がそう呼ばれてたこと教えたっけ。でもお前さあ。知らない人にも謝ってたじゃん」


「謝るのはね。できるの」


 静かな声だった


 村木は目を伏せた。


 俺は聞いた。


「俺のこと怖かったろ? 悪かったな」


「ううん。ただ、すごく変わってたから…… ドラッグとかでもやって人が変わっちゃったんじゃないかって」


「いや。ドラッグなら痩せるだろ?」


 軽くツッコンだ。


 空気を変えたかった。


「そうだね。っていうかさ。本当はさ。ドラッグで人が変わっちゃったって思った方が気が楽だったからかも」


「なんでだよ!」


 俺はあえて半笑いでツッコんだ。


 誰も笑ってくれなかった。


 村木は顔をあげた。


 しばらくそうしていた。


 俺と篠原さんを見てみた。


 篠原さんは俺の視線に気が付くと人差し指を唇にあてた。


 俺も黙って待つことにした。


 村木は長く息を吐いてから言った。


「山川」


「なんだよ? また寝てるのかと思っちまったよ」


「自分からは言う気になれない? それとも篠原さんには聞かれたくない?」


「何か聞きたいなら聞いてくれよ。俺は何を話してほしいのかわからないし。篠原さんに聞かれて困ることはないから」


 俺は村木と見つめ合っていた。


 村木が女装癖があるなんてことを俺に言ったからって俺が全部話さなきゃいけない理由なんてないけど。


 別に俺は聞いてほしいことなんてないけど。


 聞きたいんなら教えてやろうと思った。


 村木や篠原さんに誠実に向き合いたかった。


 村木は言った。


「宮本沙羅って知ってる?」

いつも読んでいただきありがとうございます

次回予告

山川の過去に村木が迫ります

第57部分 秘密の共有

お楽しみに

次回掲載日は未定です

申し訳ございません。

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