第55部分 サーティーンの感想 臭い物に蓋をしてもいつか臭いはあふれ出す
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俺がリビングのソファの腰かけてしばらくすると聞こえてきた。
奴らの会話を聞くためにドアは開け放しておいた。
「ちょっと待ってくださいよ!」
山川の声だ。
村木は女の姿のままリビングに入ってきた。
タオルを振り回し足を踏み鳴らすように歩いていた。
山川が後を追うように入ってきた。
股間を両手で押さえ前屈みだった。
「篠原さん。靴!」
村木はリビングに入ってくるなり指摘した。
地声だった。
言われて靴を履いていたことに気が付いた。
臭い物に蓋をしてもいつか臭いはあふれ出す。
動揺を理性で抑え込んでも同じことだ。
村木は姿こそ女だが声まで意識が廻っていない。
動揺が見て取れた。
俺も先ほどまでの自分が動揺していたことを認める。
山川を止めるのに殴る必要はなかった。
人間は明確な理由を意識していなくても動いてしまう。
動く。感じる。考える。
人生はその繰り返しに過ぎない。
生まれた。
世界を感じた。
何をなすべきか考えた。
最初からそう運命づけられている。
俺は玄関に靴を置きリビングにもどった。
山川と村木ソファーに座り向かい合っていた。
俺は村木の隣に座ろうとした。
言われた。
「篠原さんにも聞きたいことがあるからそっち座って」
言われたとおりに山川の隣に座る。
村木の声には怒気が含まれている。
山川はタオル一枚腰に巻いた格好でうなだれていた。
「いい。いくつか質問するからね」
「落ち着いてよ。ねえ? あなたは村木君のお姉さん? 妹さん?」
まずはコイツが村木であることを山川にも認識させる必要があった。
「村木だけど。村木 歩。山川はまだわかんないの?」
「え? ウソ? なんで?」
口元に両手をあて目を見開いて見せた。
隣に座る山川はただ口を開けて村木を見ていた。
「もう茶番はやめようよ。篠原さん。君はわかってたから部屋の中を確認せずにリビングにもどったんでしょ? 」
俺は黙って村木の言葉を待った。
靴といい、部屋の中を確認しなかったことといい俺はミスを続けている。
俺が自覚できない何かが俺の中で起きているのは感じていた。
ちょっとした違和感のような物。
掴み切れていなかった。
「はっきり言うよ。篠原さん。隠し事をするのがつらくなってきたんだ。だからこの姿を見せた。女装して自分らしく振舞えたと喜んでいる変わり者。どう思う?」
「村木君の勇気に感動しちゃった」
村木の瞳が微かに揺れた。
俺は両手をチューリップ状に模り両頬に充てた。
そのまま肘をテーブルに載せ上目づかいで村木の目を見て言った。
「本当の村木君を見せてくれてありがとう」
駄目押しだった。
俺は村木の瞳を見つめながらも山川の姿を目の端で捉えていた。
頭を抱え込んでいた。
山川にも駄目押ししてやることにした。
「ねえ。そっちに行ってもいい?」
「その前に。なんで山川を殴ったの? さっきのは殴るほどのことじゃないと思うんだけど」
「ああ、それは村木君が危ないと思ったから。あのときは部屋の中にいたと思ってたし。山川を止めるにはそれしかないと思った。っていうのもちょっと違うかな? 気が付いたらやってた。村木君が心配だったから」
俺は村木の目を見て言った。
山川の方へ向き直った。
山川の目を見た。
少し視線をずらした。
そして言った。
「ごめんね。痛かったでしょ? 『桜の庭』でもやっちゃったよね」
「いや。いいんだ。俺キレるとわけわかんなくなっちゃうからさ。止めてくれてよかった」
俺が視線を山川にもどすと山川は笑顔を作った。
「まだ痛いでしょ。ごめんね」
俺は山川の脇腹を撫でてやった。
「ありがとう」
腹をなでるのを止め村木に言った。
「村木君。まずはその顔なんとかしてくれる? ちょっと話しづらいんだけど」
「うん。お化粧を直してくるよ」
「いや。いつもの恰好で頼む。すごく話しづらい」
山川だ。
「一人暮らしを始めてからはいつも家では女の恰好してるんだ」
「そうか。好きにしてくれ」
「うん」
村木が化粧直しに部屋に戻っている間。
山川に聞いてみた。
「狂犬ハンターってなに?」
「ああ。俺んちの方って田舎だからさ。野良犬とかうようよいたんだ。それで危ないから追っ払うようなことしてたんだ。ボランティアで。狂犬ハンターってのは俺が勝手につけた二つ名」
「ふうん。狩りに出れなくてイラついてるとか言ってたけど」
「ああ。仕事を廻してくれる人と連絡が取れなくなっちゃってさ。まあ、受験もあったしね」
「そうなんだ。好きだったんだね。その仕事」
「そうだね。好きだったね」
「でもここには野良犬なんているわけないでしょ?」
「ああ。俺。ヘタレだからさ。テンションあげないと人と揉めるのできないんだ。そろそろ服も乾いただろうからちょっと着てくるね」
山川は腹をさすりながらリビングから出て行ったがタオル一枚の姿でもどってきた。
村木もあとについてきた。
化粧を直して戻ってきた村木は確かに女に見える。
胸にも詰め物をしているのだろう。
化粧を直した村木の表情は明るかった。
人間は鏡に映る己の姿次第で感情を左右される。
鏡はただ光を反射しているだけだ。
その反射の意味をどう捉えるかはそれを見ている奴が決めている。
美しく映っていると思えばそう見えるし、醜いものが映っていると思えばそう見える。
それだけだ。
だから儀式でよく使われる。
人に自信を与えることも人から自信を奪うこともできる。
化粧を覚えてから知った。
女が化粧直しをするのも一つの儀式だ。
村木はソファに座ると言った。
「篠原さん。鞄や背後の組織について教えてくれない?」
地声だった。
「ええ。いいけど? さっき言った通りよ。鞄が狙われる理由なんて知らないし。わたしはいつも一人で戦ってきたんだもん。組織なんてないわよ。考えすぎ。それに噂でしか知らないでしょ。ホントは大したことしてないのよ」
「じゃあなんでサーティーンなんてやってたの?」
「うーん。上手く言えないんだけどね。やってみたら上手くいった。それだけなんだよね。悪いことした奴が大きな顔して生きてるのってムカつくでしょ?」
「その気持ちはわかる。あ、そうそう。サーティーンて名前はどうやって考えたの?」
「元々13じゃなくてアルファベットのBだったのよ。やっつけた奴のおでこに書こうとした文字は。BEASTのB。こいつはケダモノですって。それが13に見えたんじゃないかな? わたしも、まあいっかって」
村木は俺の話を頷きながら聞いていた。
「ふーん。そうなんだ。てっきり割り切れないとかそういう意味かと思っちゃった」
元々、身元を隠すための偽名だ。
なんでもよかった。
かつて沙羅は言った。
『これからあなたはサーティーン』
理由を尋ねても曖昧に微笑むだけだった。
「山川。お前は? どう思う?」
村木は立ち上がりゆっくりとターンをした。
「いや。人の趣味にケチ付ける気は無いから。ただお前が篠原さんのことが好きかどうかはここではっきりさせてくれ」
村木は俺を見た。
「悪いけどそんな気持ちはない」
視線をわずかばかり下げて答えてやる
「別に。いいよ。気にしないで」
山川の視線を俺は感じていた。
山川は村木に顔を向けると言った。
「なんで部屋に連れ込もうとしたんだよ?」
抑えてはいるが怒気が含まれている。
もういい。
引っ掻き回すな。山川。
「あれは私が頼んだのよ。村木君のこともっと知りたいからお部屋見せてって」
「ねえ。俺はここにいない方がいいのかな」
俺は山川からあえて目を逸らした。
山川は力なくうなだれた。
そして静かに立ち上がった。
俺の瞳を見た。
「残念だけどしょうがないね」
山川は笑ってみせた。
俺は目を逸らした。
歩き始めた山川を村木が止めた。
「ちょっと待って! 山川」
村木だった。
山川は振り返り返り村木を睨みつけていた。
村木は真っ直ぐに山川を見据えた。
「なにか言うことは無いの?」
「なんだよ。俺は忙しいんだよ。これから月に行かなきゃいけないんだから」
「なに言ってんの? 服が乾くまでもう少し待ちなよ」
「裸で構わないよ。もう翼なんていらねぇんだから」
「話し合えばいろいろ誤解は解けるって。先生も言ってたでしょ。人間なんだから人前では服を着なさいって」
「いいよ。俺。もう人間やめますわ」
「面倒なこと言わないでよ! これからいろいろ話さなきゃいけないんだから! っていうかこの恰好見て何も言ってくれないの?」
村木が怒鳴りだした。
言い切ると胸に両手をあてた。
両膝を床についた。
俯いていた。
祈っているようにも見えた。
山川は黙って立っていた。
俺は村木の傍らにしゃがみこみ村木の背中を撫でてやった。
村木は泣いてはいなかった。
ただ瞳を閉じていた。
山川は言った。
「村木。心配するな。誰にも言わない。信じろよ」
踵を返し歩き出した山川の背中。
背筋が伸びていた。
村木は弾かれたように立ち上がると山川の背中に寄り添った。
額を山川の背中に押し付けて言った。
「どうして一人でしょい込むの?」
俺は村木と山川の背中を見ていた。
なにが二人をつなげているのか知りたくなった。
茶番と呼ぶことは止めることにした。
次回予告
山川と村木は過去に向き合いますが……
第56部分「始めなければ終わらない」
お楽しみに
掲載日は未定です
申し訳ございません。




