第54部分 サーティーンの観察 茶番のでばな
今回の文字数は空白、改行含めて1672字です
5月9日一部内容修正いたしました
5月10日一部内容修正いたしました
俺は突っ立っている山川の背中ごしに女を見ていた。
村木はまだ出てこない。
女は泣いている。
泣いている女に話しかけても混乱させるだけだ。
村木が出てくるか。女が落ち着くか。
それまで待つことにした。
山川が女に歩み寄って跪いた。
通常なら泣いている女を見れば俺は声をかける。
俺はこいつらの前では女とし生きている。
泣いている女をただ観察するだけということはない。
周囲の目がある。
だが、この女は俺がサーティーンであると知っている可能性があった。
本当に泣いているかどうかさえ俺は疑っている。
適性勢力であることさえも。
村木がそれとは知らずにこの女に情報を流してしまっているかもしれない適性勢力の可能性がある。
家族、恋人、友人がスパイだった。
それとは知らないだけだった。
当たり前だ。
スパイが利用する相手に真意を伝えるわけがない。
俺はある意味においてスパイだ。
相手が国家や企業ではなく標的は村木であり、沙羅個人のために働くという違いはあるが。
そう考えた方がしっくりくる。
国家機密、企業機密なんて大それたことでなくていい。
恋愛沙汰となれば友人、知人のつてを使って惚れてしまった相手の情報を手に入れるなんてことはよくある話だ。
自覚があるか無いかの違いはあっても人間はみな己の欲望のために腹を探りあっている。
「大丈夫だよ。俺が何とかするから。もう泣かなくていい。泣かなくていいんだ」
山川は片膝をつき女にタオルを差し出していた。
山川が肩にかけていたタオルだ。
女が泣いているときはただ待てばいい。
大抵の女はハンカチやティッシュは自分でなんとかする。
むしろ使ったタオルを渡された方が困るだろう。
山川も経験を積めばいつかわかるかもしれない。
いつの日になるかは知らないが。
「ありがとう。でもハンカチがあるから」
そういうことだ。山川。
「そう。それじゃ俺は退治しに行くから」
どういうことだ? 山川。
山川は立ち上がるとタオルを振った。
タオルの先端を床にあてピシャリと音をたてた。
「どういうこと?」
女が聞いた。
「中にいるんだろ? 狂犬。俺に任せて。これでもちょっと前まで狂犬ハンターだったんだ」
「え? 何言ってんの?」
「君も狂犬から逃げて来たんだろ? 」
「え? 部屋の中にはだれもいないよ」
「いいから任せろよ。ここんとこ狩りにでれなくてイラついてんだ」
冷たい声だった。
山川の声。
俺の位置から山川の顔は見えない。
俺は靴を履き何か起きた時にすぐに動けるように自然体で様子を見守った。
「ちょっとどうしたの? 山川」
すがりつく村木を振り払うと山川は何やら呟きだした。
俺は山川に駆け寄り後ろからショートフックをお見舞いした。
村木と山川が揉めるなら当然俺は村木に付く。
もちろん村木に近寄る俺以外の危険は俺が排除する。
跪く山川。
タオルを口元に充て俺と山川を交互に見て女は言った。
「え?ぇええええええ」
俺は女を見下ろし観察する。
足のうらと耳。
紺のハイソックスの足の裏にはサイズがプリントされていた。
化粧くらいじゃ耳の形は変わらない。
足のサイズも変えられない。
この女は村木だ。
俺は。
『え?ェええええええ』
などと声に出しだりはしなかった。
考えることがあった。
村木の内面が女であると決めつけるのは早い。
男なのに女として高校に通っている俺がいい例だ。
だが奴はわざわざ女の姿をさらして泣いている。
「二人とも。リビングで待ってるから」
俺はそう言い残してリビングのドアをあけた。
村木が何を想って女の恰好を俺たちの前でしたみせたのかはわからない。
山川が何を想って村木を倒すようなことを示唆するようなことを言ったのかもわからない。
ただ茶番をはじめるであろう奴らの出鼻を挫けた気がして爽快な気分を味わっていた。
次回予告
サーティーン立ち合いのもとに山川と村木の話し合いが始まりますが……
第55部分「サーティーンの感想 臭い物に蓋してもいつか臭いはあふれ出す」
次回掲載日未定です
申し訳ございません




