第48部分「サーティ―ンを追う女の計画 予定は未定 未来は不確実」
今回の文字数は空白、改行含めて3708字です
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私は喝采を上げるのを抑えるのにかなりの意志の強さを必要とした。
倉田高校演劇部員のお気に入りの倉田山中腹にある桜の木を中心とした児童公園程のスペース。
通称『桜の庭』で行われた一部始終、村木君とその手下たちによる悪漢撃退物語は素晴らしい出来だった。
彼らが窮地に陥っているのは理解していた。
歯がゆいことに暴力沙汰に私が出張ったところで状況を変えることはできない。
彼らを観察するという私の目的からも私から彼らに積極的に関わることは許されない。
前川先輩に報告をし何らかの手を打ってもらう。
前川先生から他の先生方に連絡をしてもらい連携してことに当たってもらえばいい。
そう考えてスマホのSNSアプリでメッセージを送ろうとはした。
だが、村木君の無事が気になり目が離せなかった。
結局、前川先生には連絡を取れなかった。
だがそれは私に幸運をもたらしてくれるかもしれない。
倉田学院の生徒と暴力沙汰があれば被害者になるのはいつも倉田高校の生徒だ。
比較的地味で真面目なうえに倉田高校は校風こそ自由だが暴力沙汰には厳しい。
倉田湖花火大会で倉田学院の生徒に数人がかりで絡まれた私たちを守るために暴力を振い退学になってしまった倉田高校の男子生徒を知っている。
同級生で私の初恋の人だった。
楽して遊ぶ金が欲しい。ただ単に目が合った。大人しくて言うことを聞きそうな女たちだ。
そんな理由で倉田学院の生徒に食い物にされる倉田高校の生徒たち。
わたしが倉田高校に在学していた頃から変わっていない構図。
そう思っていた。
山川は人糞の入ったコンビニの袋を振り回し意味のわからないことをやたらと強気で喚き散らした。
その挙句に首を絞めるというスマートさのかけらもない原始的なやり方で悪漢を倒して見せた。
桂木は篠原のあざとくもあられもない姿に目を奪われた隙を突くという騎士道精神のかけらもないやり方で悪漢を蹴り倒し、無頼漢を気取って木刀を肩に担ぎ風を切って歩いていた。
篠原に至ってはアクション映画のヒロインよろしく自己犠牲の精神を見せつけた後に敵に捕らわれた。
あられもない姿を見せつけ誰も助けに来ないとわかるや否や自力で危機を脱出した。自力で抜けられるならとっとやればいいのだ。
だが村木君は違った。
彼は知恵と勇気で悪漢を黙らせた。
彼のセリフこそお茶目なものだったがまるで勧善懲悪の時代劇のクライマックスを見たようだった。
何より村木君が写真を使ったところが素晴らしい。
趣味が合うかもしれない。
趣味でつながる友達夫婦。
そんな予感に満たされた。
そして同時に退学にされてしまった私の同級生で初恋の人が思い浮かぶ。
暴力を振ってしまったところを携帯電話のムービー機能で撮影された動画が決め手となった。
私たちの証言よりも目に見える証拠が物を言った。
そしてからんできた倉田学院の生徒は無事に卒業した。
そう。
村木君は私の代わりに意趣返しをしてくれた。
爽快だった。
そしてこれは私が山川と篠原と桂木を退学に追い込める動画を手に入れた。
という意味でもある。
もちろん村木君は別だ。
可哀想に土下座までさせられ怯えた声を出していた。
そんな彼が写真の力で倉田学院の奴らを沈黙させた。
彼が臆病者から英雄に生まれ変わる瞬間に立ち会えたのだ。
しかも暴力を使わずに。
私は前川先生への連絡を取るのをやめ、あとで無難なところだけ伝えることに決めた。
私がカメラの機材など持ち込んでいることを前川先輩は知らない。
もし尋ねられたとしてもこう言えばいいのだ。
『さすがにかわいい後輩を盗撮するような真似はしませんよ。前川先輩』
私が手に入れた動画をもっと有効に活用する方法があるはずだ。
私のために。
私の休日はいつも予定がなかった。
これからもずっとそうだと思っていた。
今日からは違う。
私の未来は私が作れるのだ。
私が手にした動画によって。
私がまるで篠原のような小悪魔のように策略を巡らせはじめた自分に大きな戸惑いを感じ始めた時だった。
後ろから肩を叩かれた。
声を上げそうになる私を調査員としての誇りが押しとどめた。
振り向いた。
長谷部さんが笑っていた。
半年ほど前に退職するまで私の面倒を見てくれていた逞しく頼りになる厳しくもやさしい先輩だ。
美形。
というよりは漢の中の漢というタイプの男性だ。
年齢は30代半ばの大人の男性。
相変わらずスーツが似合う大きくてがっちりとした体形。
私の好みのタイプではないが恩は忘れていない。
ヘッドホンを外して囁き声で尋ねた。
「どうしたんですか? 外国に行かれたって聞いてましたけど。お元気そうで何よりです」
「高峰も元気そうでなによりだ。どうだ? サーティーンは見つけられたか?」
私は首を振った。
サーティーンを見つける前に手を引くように命令された。
クライアントが降りた。
という話だった。
それ以降は専ら浮気調査をしている。
大人の男がいかにいい加減なものか日々思い知らされていた。
「久しぶりに会ったところで悪いんだが頼みがある」
「はい。なんでしょう?」
「その中の記録メディアと予備のメディア。全部俺に寄越せ。本体の内蔵メモリーに記録してある情報もだ。記録メディアにコピーしたら全部消せ。あとバッテリーも後で返してやるから俺に預けろ」
長谷部さんは私の機材一式を指さして矢継ぎ早に次々と命令した。
絶句した。
これは私が休日を潰してまで得た成果だ。
そして私の明るい未来への扉を開くための鍵でもある。
相手が長谷部さんと言えどもそう簡単に渡せるものではない。
そして私は長谷部さんが知っている頃の私ではない。
半年の間に私だって成長している。
絶句した私を見て長谷部さんは言った。
「村木と仲良くなりたいんだろ?」
思わず首肯した。
さすが長谷部さんだ。
恐らく私を観察していたのだろう。
だが私も長谷部さんの知っていた頃の私じゃない。
言葉ですり返る。
「長谷部さんなら私たちにとって対象の情報がどれほど重要なものかお分かりだと思いますけど」
「もちろんだ。ただでとは言わない。お前が大人しく言うことを聞いてくれればお茶位ならセッティングしてやれるんだが」
私が長谷部さんに言われたとおりに記録メディアとバッテリーを渡すと長谷部さんは村木君たちが佇む桜の木の下に向かって歩いて行った。
その背中に向かってアッカンベーをしてみた。
もちろん彼らの観察は続ける。
機材のバッテリーまで奪われた私には彼らの様子は双眼鏡で見るしかない。
記録こそできないが私が記憶すればいい。
私はこの半年の間に唇の動きから何を言っているか読み取る読唇術を完璧とは言えないまでもある程度は身につけていた。
村木君の前に桂木が立ちふさがった。私の位置から彼は見えなくなってしまった。
一旦双眼鏡から目を話して篠原の動向を確認する。長谷部さんに敬礼をしているのが見て取れた。
唇の動きを読む。
『教官。ありがとうございます』
というところまでは読み取れた。
そこまでだった。
長谷部さん微笑みながら篠原の頭をなでなでしたのに気が付いた。2回もだ。
私は長谷部さんに頭を小突かれることはあっても撫でてもらった記憶はない。
もちろん長谷部さんにそんなことは求めていないから私の胸に湧く感情は嫉妬などではない。
生まれつき恵まれた容姿と笑顔と媚びで世の中を渡っていけると思っている女に社会の厳しさを教えてやらねばならない。
そんな使命感を感じただけだ。
私は軽く舌打ちをすると双眼鏡から目を離し山川の姿を探した。
彼は少し離れたところでなぜか倉田学院の生徒の後ろを歩いていた。
そして桂木に蹴り倒された倉田学院の生徒を背負って歩いていた。
理由はわからない。
双眼鏡で彼の表情を確認する。
口元が動いていた。
『ジャンケンなんて。ジャンケンなんて……』
繰り返していた。
山川は蔵田学院の生徒たちに続いてそのままけもの道に消えていった。
私が長谷部さんと話している間に村木君たちは村木君たちで何か話し合いが持たれたのであろう。
倉田学院の生徒を背負っているのが村木君じゃなくてよかった。
心の底から思った。
汗をだらだらと流してつぶやきながら歩く山川の顔が脳裏をよぎる。
命令されて言うことを聞いたのではなく、あの長谷部さんと交渉して取引きをし、納得のいく成果を手に入れた自分がほんの少しだけ誇らしかった。
いつも読んでいただきありがとうございます
次回予告
人を背負って歩くことになり汗をダラダラとかいた山川が求めたものとは……
第49部分 「知りたい 守りたい 繋がりたい」
5月1日(木)午前7時掲載予定です
お楽しみに




