第4部分 山川とサーティーンの出会い
3月15日 一部修正、加筆を行いました
3月24日 一部修正及びスマートフォンで読みやすくするために改行を増やしました
3月25日 一部修正を行いました
「昨日までモテなかったからって、今日からもモテないとは限らないだろうが!」
俺は駅の男子トイレの個室の中で和式の便器を跨ぎながら、何度目か数えるのもあきらめるほど冒頭のセリフを繰り返していた。緊張で腹を下している自分自身を繰り返し叱咤激励していたのだ。
俺は中学時代に失恋した。
その日に誓ったのだ。
高校に入ったらスクールカーストの底辺からリア充の頂点、リア王にまでステップアップするんじゃあ!
腕時計で時刻を確認する。午前八時半を表示していた。安物のデジタルウオッチ。高校の入学祝いとして母親に買ってもらったもの。本当はもっと欲しい時計があった。だけど、わがまま言ってストパーをかけさせてもらったばかりの俺は、女手一つで俺を育ててくれている母親にそれ以上は何も言えなかった。
「これがいいです」
プラスチックのケースに入れられ、フックに吊るされている沢山の腕時計。その中からあっさりと一つを選ぶと、若くて綺麗な女の店員さんにそう言ってみた。母親は少し驚いた顔をしただけで、特に何も言わなかった。
「デザインが可愛いから女の子にも人気なんですよ。入学式で女の子から注目されるかもね」
お姉さんが時計をラッピングしながら俺に微笑んでくれた。このお姉さんの微笑はプライスレスだ。遠慮なく受け取っておくことにした。こんな綺麗なお姉さんが微笑みかけてくれる俺だ。高校に入学したら女の子に囲まれるリア充生活が待っているに違いない。その時はそう思っていた。
って、回想してる場合じゃねえよ! 俺。今日はその入学式だろうが。早くしねぇと始まっちまう。トイレに籠っている場合じゃねぇんだよ。クソっ。
入学式だし、高校デビューしなきゃで、自己紹介のシミュレーションで眠れなかったし、しかも、朝から腹の調子が悪い。一応、家から予備のパンツは持ってきておいたけど、学校に行く途中で漏らしちまったら俺の人生台無しだ。そう思うと恐ろしくて、とてもじゃないけど、トイレから出る気になんてなれなかった。
そんな非常事態中に、追い打ちをかける緊急事態。
「てめぇ、なめてんじゃねえぞ。コラァ」
「やっちまうぞ、コラァ」
なにも、こんな時に喧嘩なんか勘弁してくれよ。頼むから俺を巻き込まないで。
「まあ、そう興奮すんなよ。少年」
場馴れした感じの余裕たっぷりの男前なセリフ。でも、その声はどう聞いても、若い女の人の声だった。気になった。どうしても顔が見たい。ちょっとだけ考えた。奴らにバレないように、ほんのちょっとだけ、ゆっくりと慎重にドアを開けた。
「あれっ。誰かクソしてねえか?」
いきなりバレた。急いでドアを閉める。
バタン。
思いのほか大きな音がする。
「オイ、テメエ、出てこいよ」
叫び声がする。ドアが激しく叩かれる。どうしよう。
「大丈夫だからそこにいて。何とかするから」
落ち着いた女の人の声が響いた。
いや、無理。
だって、トイレのドアの上から純度100%のヤンキーがこっちを覗いているんだもの。
「今からそっちに行ってやるよ」
そいつは、ニヤニヤしながら言うと、あっさりと個室の壁を乗り越え、俺の目の前に降りてきた。何も言えないでいる俺にそいつは言った。
「キッタネー。お前、そんなにデブだからクソもすげえ出てんだろ?」
思わず俯く。便器の中身が目に入る。たぶん臭いんだろうな。他人事のようにそう思った。
「イテッ」
髪を掴まれた。そのまま、頭を下に押し下げられる。思わず床に膝をついた。床の冷たさが伝わってくる。縮こまっている俺の分身が目に入る。見られたくなかった。あわてて両手で隠す。
「顔をあげろよ。このクソデブ野郎」
言われたとおりに顔を上げる。俺に拒否権はない。あったとしても、発動できるわけがない!
目の前に何かが近づいてきた。咄嗟に両腕で顔を覆う。奴の靴底だった。溢れる鼻血を一舐めした。視界がぼやけている。涙のせいだと思いたい。頭を打ったせいならやばすぎる。狭い個室の中で、自分の呼吸と心臓の音だけが聞こえる。とにかく、外に出たかった。
カシャ。
場違いな音が響いた。顔を上げる。スマホが振られていた。
「この写真、拡散させてもらうわ」
そう言いながら、ヤンキーはドアを開けて出て行った。そして、出て行く時にドアを激しく閉めた。思わず身を竦めた。そして、奴らの爆笑。女の人の声は聞こえない。彼女が逃げる時間稼ぎにはなったらしい。俺は立ち上がる気にもなれずに、そのまま床に座り込んで壁にもたれて、目を閉じた。入学式なんてどうでもよくなっていた。
生暖かい空気が頬にあたる。頬をなにかがくすぐる。何度も繰り返す。少しの間、気を失っていたのかもしれない。薄く眼をあけた。
「大丈夫? 自分がどこにいるかわかる?」
女の人の声。目のピントが徐々に合う。俺の目の前には大人っぽい雰囲気の美少女の顔。いい匂いがする。たぶんこの娘のシャンプー。
「大丈夫? 自分の名前言える?」
心配そうに顔を覗き込んでくる。腕のあたりに柔らかい感触。
やばい。
この娘、可愛い上に俺好みの微乳だ。しかも、よく見ると、ブラウスのボタンがいくつか外れていて、胸の谷間が丸見えだ。いや、微乳のせいかブラがでかいのか、微かなふくらみとその先端まで見えるではないか。しかも、メガネっ娘。ブラは白とピンクのギンガムチェック。一体なんなの?この無敵の萌えガール。
いや、待て。大事なのはこの娘が何者か、などということではない。俺の目の前にこの娘がいる、ということなのだ。今はただ、この出会いにすべてをかける。
「山川です。今日、倉田高校に入学します」
「大丈夫、みたいだね」
嫌な予感がした。彼女の目線を追う。そこには、剥き出しの俺の分身。力強く主張していた。
「山川は、今日もこんなに大丈夫」
って、勃ってる場合じゃないだろ、俺。
恐る恐る彼女の顔を見た。彼女と目が合う。勇気を振り絞った。
「大丈夫です。多分」
俺たちの間に一瞬の沈黙。
そして、彼女は手を叩いて無邪気に笑った。
腹を抱えながら彼女は言う。
「それだけ元気があるなら大丈夫だね。奴らは片づけたから。写真も消させたし。君も安心して学校に行きなさい」
「え? さっきの奴らを片づけたって?一人で?素手で?」
彼女は武器になりそうなものどころか、何も持っていなかった。
「まあね」
彼女はウィンクして不敵に笑った。
ホントなんなの? この無敵の萌えガール。
「さて、じゃあ、私も用を済ませたら行くよ。ところで、山川君で間違いなんだよね?倉田高校の」
そう言って、彼女はポケットからマジックを取り出すと俺のおでこになにやら書き付けた。そしてスマホのレンズを俺に向ける。
「ハイ、ポーズ」
カシャっとシャッターを切る音がトイレに響く。
思わず固まってしまった。
「なんですか。コレ」
彼女はにっこりと笑っていった。
「君、女の子から恨まれるようなことでもしたんじゃない?」
俺は全力で首を横に振る。
「そうなんだぁ。でもゴメンね。お姉さんもお仕事だから。簡単に済むならそれでいいの」
そう言うと彼女はすっくと立ち上がり行ってしまった。その後ろ姿に見とれてしまう。倉田高校の制服だ。ミニスカートから、まっすぐ伸びる足がキレイだった。なぜか指出しグローブをつけていたけど、それはそれでこの場合はプラスに働く。そう言って差し支えないだろう。
とりあえず、パンツを履こう、そう決めた時だ。彼女の声が俺の脳天に響いた。
「ちょっと可哀想になっちゃった。いいことしてあげるよ」
「え、いいことって?」
彼女は俺の質問には耳を貸さず、慣れた手つきで指出しグローブを外すと俺の分身をぎこちなく握った。もちろん俺はされるがままに受け入れた。
彼女のピンク色に染まり始めた頬。揺れる髪から漂う香り。少し汗をかき始めてピタッと吸い付く彼女の右手。
我慢の限界。
腰のあたりから何かが突き上げる。何度も繰り返す。直後の気怠い感じ。俯く。彼女の右手が目に入る。白く汚れていた。
「ハハハ」
乾いた笑いが聞こえた。顔を上げた。彼女は眼帯をつけていた。違った。彼女の眼鏡の半分は俺の白い衝動に染まっていた。
「ごめん」
とにかく謝る。
彼女は呟くように言った。
「なにやってんだかなぁ。私は」
思わず俯く彼女の顔を覗き込む。彼女は上目づかいに俺の瞳を覗き込む。彼女の瞳は汚れた眼鏡のせいでよく見えなかった。
俺がただ身を固めていると予想外の質問を聞いてきた。
「ねえ、山川君。ある日、自分が女になっていたらどうする?」
何を言っているかわからなかった。とりあえず、思いついたことを言う。
「まずは、鏡を見る、かなぁ」
裸になって、とは言わないでおく。
「なるほど」
そう言って彼女は洗面台の前に立つ。俺も隣に並んだ。
「君には私がどう見えているのかな」
「可愛いよ、すごく。足も長くてスタイルもいい」
彼女は無反応だった。
「あ、あとやさしい、俺のこと助けてくれたし。あんなことまで」
だから、慌てて付け加えた。
「気にしないで。私がそうしてみたかっただけだから」
彼女はふと思いついたように、ポケットからスマホを取り出した。
「ちょっと、鏡に写っている私たちを撮影してくれる? まずは、二人並んでいるところ」
言われたままにそうする。
「次は、私の顔と全身。あと、君のことも撮らせてくれるかな?」
画像を確認する彼女の横顔を見て思う。眼鏡を洗ってからにすればって、言ってあげればよかった。
「ごめん、先に言ってあげればよかった」
彼女が言った。
「え、何を?」
「早くそれをしまうように」
彼女の人差指は俺の股間を指していた。あわてて、パンツをつかむ。そんな俺を置いて彼女はフラフラした足取りでトイレから出て行ってしまった。
「あ、スマホ」
鏡の前に置きっぱなしだった。急いで追いかけようとしたけど、トイレの外に出てみるともう姿は見えなかった。その代わりに、真新しい学生鞄が入口の脇に置いてある。もう、学校は始まっている時間だ。
この辺りをうろついている高校生は俺と彼女ぐらいしかいない。彼女は俺と同じ学校だ。学校に持って行ってあげることにした。名前ぐらい聞いておけばよかったな。
鞄を開けてみた。名前のわかる物があるかもしれない。中身は豪華な封筒とお菓子といくつかのプリント、人気キャラクターが描かれたポーチ。名前がわかるような物は無かった。とりあえず、ポーチを開けてみる。中身を取り出してみた。なんとなく予感はあった。
生理用品だった。
ふと、人の気配を感じた。やばい。誤解される。慌てて振り向いた。トイレに入ってきたのは背広を着たサラリーマン風のごついおじさんだ。小便器の前に立つとチラチラと俺を見ていた。成程、俺の顔は鼻血で汚れたままだった。
「あいつはやさしいなぁ。血を止めるのに使えるからって、こんなものくれるなんて」
俺はおじさんに聞こえるように大きな独り言を言ってから、生理用品のパッケージを破って鼻に宛がった。
スティック状の生理用品はどんなに頑張っても俺の鼻の中に入ることはなかった。
そして、鼻の中に生理用品を突っ込もうとする俺の姿は、どう見てもヘンタイだった。
しかも、俺、ダイエット間に合わなかったし!