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第36部分 桜とカメラと唐揚げと

今回の文字数は空白、改行含めて3396字です

「うわあ、ほんとに気持ちがいいね。歩いた甲斐があるよ。綾乃いいところ知ってるね!」


「そうでしょ。頂上もいいけど。私はここの方が好き」


「学校も見えるしね。篠原さん。満開の桜の下で食べるランチってサイコーでしょ」


「奈緒。わたしね、嫌なことあるとここにきて下界を見下ろすの。悩みがちっぽけに感じるよ」


「うん、つまんないことなんかどうでもよくなるね」


 篠原さんと村木と桂木のはしゃぐ声が聞こえてきた。


 俺だけ遅れていた。当たり前だ。四人分の荷物を持っているんだ。


 舗装されていないからキャリーバックも引っ張って歩けない。


 桂木のリュックを背負って、俺のリュックは前から担ぐ。


 篠原さんのキャリーバックを頭に乗せて左手で抑えて村木のキャリーバックを右手に持って歩く。


 っていうか、村木のキャリーバックはもうキャリーバックの向こう側を超えて小型のスーツケースって言ったほうがしっくりくる。


 俺は遥か遠い大地にあるという伝説のコーラの泉にコーラを汲みに行くんじゃないっての!


 もう、腕がちぎれそうだ。何をこんなに持って来てるんだよ、村木。桂木。


 篠原さんの荷物はいくら重くても構わないけど。


 なんなら村木と桂木の荷物を放り出して彼女をおんぶしたいくらいだけど。


 また、耳とか乳首をいじられたらこんなけもの道なんか余裕でかっ飛ばせるのに。


「あはははは! まるで二人は獣のようだ!」


 ってな!


 けもの道を登りきると俺にもそこがどんなところかやっと見渡せた。


 小さな児童公園くらいのスペース。周りは木々に囲われていた。


 けもの道から正面の方向の景色は開けていて、俺の位置からでも遠くの小さな街並みが見えた。


 そして、そのスペースの真ん中あたりに一本の立派な桜の木。満開だった。


「すげえ」


 俺は思わず声に出すと、脇に荷物を置いて目を閉じた。そして両手を広げてみると脇の下を風が撫でた。気持ち良かった。しばらくそうしていた。


「おい、俺のバッグ返せよ」


 村木の一言でいい気分が台無しだ。


「お、お前らが持たせたんだろ。おかげで、こっちは汗だくだよ」


「ふき。ふき」


 篠原さんが…… 篠原さんがジャージの袖を伸ばして俺の汗を。俺の汚い汗を!


 しかも。あえて、口に出しての『ふきふき』……


 これをウザっ! なんていう奴はホントの恋を知らないに違いない。


 俺はされるがままに甘美なひと時を味わっていた。


「奈緒。いいよ。あんたまで汚れちゃうよ」


「別に山川汚くないし。平気だもん。そういうのよくないよ」


「違いますぅ。コイツが自分で『俺は汚い』言ったんですぅ」


「言うなよ? 桂木」


「えー? 私には教えてくれないんだぁ」


「いや。君はもう知ってるから! 昨日嫌というほど俺の汚いところ見せちゃったから!」


「ふーん。なんのこと言ってるかわかんないけど…… いまここで教えてよ」


「あ。いや。それは。また今度ね。二人の時に。さ」


「別に言ってくれなくてもいいですけど?」


 篠原さんは一瞬真顔で俺を見た。すぐに微笑んで俺に手を振ってプイと振り返る。


 桜の方に歩いて行ってしまった。


 見事なフェイドアウト。


 俺の心に残響がさざめく。


 このもやもやした気持ち。


 クソっ。桂木にぶつけてやる!


「なんだよ桂木。お前だって汚い真似したじゃないか」


「違いますぅ。うちらはちゃんと言ったとおりにパーをだしましたぁ」


「その通りだけどさぁ」


「ウチラのこと信じてれば勝てたのにね」


 ニコっとさわやかに笑う桂木。


 コーラが似合いそうだ。


 こいつはオレンジジュースが好きだけど。


「じゃあ、帰りはそうしてくれよ」


「いやよ。帰りもさっきのジャンケンで負けた人が持っていくんでしょ。あんたが言ったことなんですけど。自業自得って奴」


「そうだけど」


 全然納得できない。


 俺はそんなに悪いのかなぁ。


「まあ、そう怒んなよ。それより汗。全然拭き取られてないぞ」


 村木が俺にタオルを差し出した。黙って受け取り顔を拭く。ふんわりしていていい匂いがした。うちの薄っぺらい、黒い点々のカビが生えた使い古しのタオルとは大違いだ。惨めな気がした。そんな気持ちを打ち消すために明るく言った。


「サンキュ」


「気にすんなよ。汚れても洗えばいいし」


 村木がニヤケて言う。


「そうそう、落ちない汚れは自分の一部って言うしね」


「言わねえよ」


 俺と桂木が言いあっていると、村木が俺の足元にしゃがみこんだ。


 バッグから何かを取り出そうとゴソゴソやっている。


 何だか白くてかわいらしいもの。小動物でも抱くようにそっと、持ち上げた。


「何それ」


「写真撮ろうぜ。このカメラ、こう見えてすごくきれいに撮れるんだぜ」


 村木が目の前でカメラを構えてシャッターをきった。


「あれ、でもコレ、四人一緒に撮れるの?」


 桂木がチラチラと俺を見ながら村木に尋ねた。


「大丈夫。ホラ」


 そう言いて村木がバッグから取り出したのは、小型ながらもごつい三脚だ。


 記念写真を撮るときにカメラを支える台。伸ばしたり縮めたりできる三本足がついている。


 そんなもんがキャリーバックに入ってたら、そりゃ、重いっての。


 四人で桜の木を背景に写真を撮ることにした。村木がセッティングをする。


 桜の咲き方がどうのとか、光の加減がどうだとか、ブツブツ言いながら、あちこち動きまわってカメラを構えてはまた移動するってことを繰り返していた。


 俺と桂木はそれを黙って見ていた。


 気の短い桂木がなにか言うかと待っていたけど何も言いそうになかった。


 いい加減待ちくたびれてきた俺は村木の後ろから声をかけた。


「いいから早く撮って飯にしようぜ」


「カメラを持っているときに後ろに立つな」


 真顔で言われてしまった。その迫力に思わず後ずさりする。


 お前はどこかの一流スナイパーか!


 なんてツッコめる雰囲気じゃなかった。桂木に耳元で囁かれた。


「カメラ持ってる時のあー君は別人だから。黙って言うこと聞いておいた方がいいわよ」


「先に言えっての」


「唐揚げ食べてる時のアンタと一緒だから。わかるでしょ?」


「わからねぇっての」


 しばらく、黙って見ているとやっと納得したのか、いろいろ注文をつけながら撮影を始めてくれた。


「いいね! いいよ! その感じ! もっとちょうだい! キュート! ビューティホー! ワンダホー!」


 村木はキャラが崩壊していた……


 でもすっごく楽しそう!


 篠原さんも桂木もノリノリでポーズを決める。


 ダサいジャージ姿だけど。


 そんなの関係なかった。


 舞い散る桜の花びらのなかポーズを決める二人。


 ときにあえてのせつなげ。


 ときに元気いっぱいはじけてた。


 ときどき放り込まれる変顔だってキュート。


 すげえ!


 アイドルのプロモーションビデオを生で見ている感じ!


 サイコーにイカしてた。


 そして。そんな3人を見ている俺。


 なんだろう?


 アイドルのプロモーションビデオのメイキングを部屋で一人で見ている感じ?


 リアルにせつなげ。


 ときにカラ元気ではじけて。


 ときどき変に顔が痙攣していた……


 俺も仲間に入りたくなった。


「村木! 俺にも撮らしてくれ」


「オッケー。山ちゃん! いいね! のってきたね! そこのカメラ使っていいから! 好きに撮っちゃってぇ」


「お前はどこかのギョーカイ人か!」


 俺は村木のキャリーバックからから黒くてごついカメラを取出して篠原さんと村木と桂木の3人を撮ってやる。


 適当にやってるだけだから上手く撮れてるかわからないけど、シャッターの音が気持ち良くて何枚も撮ってしまった。


 でも。俺は『一緒に写ろう』


 その一言が言えなかった。


 ほら、俺って表に出るより裏で人を動かすタイプじゃん?


 恋するみんなを応援しちゃう演出家? みたいな?


 ギョーカイ人風に自分を慰めてみた……


 空しくなった。

次回予告

写真撮影が終わり結果を確認すると……

第37部分 『裏ピースには慣れがいる』

4月18日(土)午前7時掲載予定です

お楽しみに


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