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第3部分 サーティーンを追う女

3月16日 一部修正、加筆を行いました

3月24日 一部修正及びスマートフォンで読みやすくするために改行を増やしました

3月25日 一部修正を行いました

 私は手元の紙コップに視線を落とした。舌を噛んでしまいそうなやたらと長い名前の飲み物はもう残っていない。

 

 午前の早い時間からカフェに腰を落ち着けて小一時間。持ち込んだ雑誌も読み終えてしまい、自然と周囲の他の客に視線が移る。休日だというのに、特にやりたいこともない。洗濯や掃除などのやるべきことはすでに終わってしまっている。

 

 社会に出て1年もたたないが『学生のころに戻りたい』それが私の口癖だった。

 

 ため息をつき、顔を上げると一組のカップルが目を引いた。絵に描いたような美少年と美少女。まだ高校生くらいだろうが、綺麗で落ち着いたファッション。少女漫画にでも出てきそうだ。だが、二人の雰囲気はあまり明るいものではなかった。

 

 痴話喧嘩だろうか。自分でも下世話だとは思いつつも、漏れ聞こえる声に耳をそばだてた。ポツリ、ポツリと聞こえる会話の中に、聞き逃せない単語があった。


「ねえ、警棒君って知ってる?」


「あ? ケイゴ君? いや、知らねぇな。誰だよ、そいつ? お前の知り合いか?」


「違うわよ。バカね。警官が使う警棒ってあるでしょ? あの警棒。ちゃんと聞きなさいよ」

 

 警棒君。夜の公園で少年たちがたむろしていると現れる、白いマスクに白い手袋、髪を振り乱しながら、警棒で人に襲い掛かり、その間ずっと、俺はライオンと呟き続けているという異常な男。

 

 実際に襲われたという少年は語った。噂通りだったという。少年は、警棒で人を殴るなんてどうかしている、捕まえてくれと興奮気味に喋っていた。警察に相談するようにアドバイスをしたが、実行したかどうかまではわからない。


「で? その変な名前の警棒君がどうしたってんだよ?」


「上の人たちが気にしてるんだって。ウチラの活動の邪魔になるんじゃいないかって」


「ああ、そっちね。で? 依頼は来てるのか?」


「さあ? 正体がわかんないんじゃね。ま、そのうち、警察が捕まえるでしょ」


「ふうん、ヤバそうな奴なんだな」


「で、どう?」


「どう? って」


「もし、やりあったら勝てると思う?」


「そんなの、やってみなきゃわかねぇよ」


「ふーん、相手は武器を持ってるのよ。それでも勝てる可能性あるんだぁ?」


「今、初めて武器の話を聞いたんだけどな。まあ、関係ねえよ。任務なら標的を調べて、状況を作って、ってお前の方が詳しいだろ? 試すような真似すんなよ」


「さぁ? 私は上の人から言われたことを伝えてるだけだし」


『警棒君の噂、知ってる?』


『上の人たちが気にしてる』


『やりあったら勝てると思う?』


『任務なら関係ない』

 

 私の頭の中で、警棒君とサーティーンという単語が浮かぶ。夜中に警棒を振りまわして人を襲う男と突然現れ不意打ちで人を殴りつける女。

 

 頭が仕事モードに切り替わる。

 

 サーティーンが捕まらないのは被害届が出されることがなく、警察も動きようがないからだ。襲われるのは大抵ヤンキー上がりの地元のワルだ。他者から舐められないことが人生の最優先事項である彼らに、女に喧嘩で敗けたあげくに警察に泣きつくなんて真似ができるはずがない。

 

 だが、復讐はしたい。

 

 そこで我が社の出番となった。

 

 クライアントがどんな復讐をするつもりなのかは知らされていない。それでも私はサーティーンを探し出す。それが私の仕事なのだから。 

 

 だが、今日は休日だ。

 

 私は先輩の長谷部さんに連絡を取るか迷ったが、止めた。長谷部さんに連絡を取ると確実に今日の休日は確実に潰れる。第一、仕事で追いかけている調査対象と偶然カフェに居合わせるなんてありえない。

 

 それに二人の会話のなかで任務などと言っていたのは男の子ほうだし、サーティーンは女だ。任務と言うからには何かの組織の一員であるのかもしれないが、普通に考えれば単純に不良グループの喧嘩の話だろう。

 

 学生時代も社会人になった今でも目上の人の言うことを大人しく聞く、真面目だけが取り柄の私とは縁の無い世界の話だ。しかも、彼らはヤンキーとは思えないオシャレで美男美女のカップルだ。

 

 深く考えもせずにただ手あたり次第の就職活動をするなかで、唯一内定をくれた興信所に入社した私。そんな私がそこで得たものといったら、他人の会話の盗み聞ぎや盗み撮り、そして多少の尾行の技術ぐらいだ。

 

 長谷部さんは他にも熱心にいろいろ教えてくれるけれども、それに反比例して私は仕事に情熱を失っていった。なかなか上達できない自分自身が歯がゆくてこの頃は長谷部さんのことも鬱陶しく感じるようになっていた。完全なる逆恨み。私の性根は腐リ始めていた。

 

 そうは思うがどうにもできずにただやり過ごすだけで時間だけが過ぎていく。私は両目を閉じて束の間考えた。

 

 よし、美男美女のデートを相手に自分が得た技術を試すのも悪くない。一つでも美少女の男を惹きつけるテクニックを盗めれば上出来だ。無駄に終わっても構わない。

 

 私は一人でどこまでできるかやってみることに決めた。

 

 久しぶりに積極的に行動しようと思えた自分がほんの少しだけ誇らしかった。

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