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第22部分 サーティーンの回想 自分の常識は他人の非常識

4月1日  一部修正、加筆を行いました

5月20日 一部修正、加筆を行いました

「1、不注意から任務の計画を大きく狂わせた。2、命令を無視して独断で行動した。3、さらにその行動も失敗だった。結果として大きな問題にはならなかったからよかったけど。困るのよこれじゃ。ねえ。言い訳くらいはしてくれるんでしょ? サーティーン」


 沙羅は軽く顎をパソコンのモニターに向けてみせた。俺は下唇を軽く噛み沙羅を見つめ返した。


 盗聴に使用したスマホは金庫にしまわれた。


 村木たちの会話が聞こえなくなってからわずか数秒の間のことだった。


 沙羅は俺に考える時間を与えない。


 俺たちは若い女が好むような明るい色調の壁紙や同じく統一されインテリアに囲まれたリビング。俺の住処として組織に宛がわれたマンションのリビングで向かい合っている。


 俺は毛足の長い白いゆったりしたセーターと黒のレギンス。沙羅はジーンズにフードの付いたパーカー。そして室内だというのにキャップを被っている。


 そんなスタイルで俺たちはテーブルの上に置かれたノートパソコンから聞こえてくる会話に耳を傾けていた。


 沙羅がキャップを被っているのはマンションの防犯カメラに顔が写るのを警戒したからだ。


 それでも俺の前でキャップを脱ぐのか気になった。

 

「悪かったな」


「なによそれだけ? あたしだって上の人に説明しなきゃいけないんだから。ちゃんとやってよ」


「無理だ」


「なんでよ?」


「俺はお前と違って頭が悪いからな。考えるなんて上等なことはできない」


 嘘だった。ただ喋るのが億劫なだけだ。今日は疲れた。それに自分でしでかしたこととはいえ、なぜそうなってしまったかなんて上手く説明できない。

 

「拗ねないでよ。私も手伝うから」


「疲れてるんだ。頼む」


 沙羅は俺を軽く睨みつけた。


 軽く息を吐き、両目を強く閉じて己の頬を軽く叩いた。


「いいわ。仕事は結果が大事なんだもの。簡単に済ませられるならそのほうがいいわよね。じゃあ、私シャワー借りるから。その間に考えをまとめておいて」


 沙羅はそう言うとバッグを手に取り、リビングから消えていった。


 廊下から聞こえてきた。


「勘違いしないでよ。ただの気分転換なんだから」


「わかってる!」


 俺は怒鳴り返すとキッチンの冷蔵庫からノンアルコールビールを取出して蓋を開けようとした。


 伸ばし始めた爪が気になった。


 俺はフォークを使い、てこの原理で蓋を開けた。


 こんなことにも慣れなきゃならない。爪を傷めずにプルトップを開けることにも。


 舌打ちを抑え俺は缶をリビングに持ち込み今日一日を振り返ることにした。


 いつ、どこで、だれが、どのようにして、なにをする。任務に必要なのははそれだけだ。なぜ? は必要ない。考えたところで行動が遅れるだけだ。


 俺は今朝からの事を振り返る。


 俺は今朝スマホと学生鞄だけを持って家を出た。マンションに送られてきたスマホと学生鞄。スマホは今日から長期間に渡る任務のために支給されたもの。


 沙羅からスマホのロックはかけないように指示されていた。上の奴らの目的なんて俺は興味がない。俺はただ沙羅に言われたとおりにするだけだ。


 そして学生鞄。これを倉田高校の1年A組の教室に置いて立ち去り、あとで鞄を回収すればいい。


 簡単な任務のはずだった。


 だが俺は学生鞄をクソガキどもに奪われるというミスを犯した。


 そこから全てが狂っていった。


 今朝、駅の中にあるファストフード店で朝食を済ませながら、改札口から吐き出される倉田高校の生徒たちに身を紛らわせようとタイミングを計っていた。


 そんな俺をナンパしてきたガキどもがいた。住み始めるまで倉田市に縁のなかった俺でも知っていた。荒れていることで有名な高校。その制服をだらしなく着崩した、忙しい朝からナンパをするような人の都合を想像できないクソガキどもだ。

 

『すいません。学校がありますから……』 


 控えめな声で断り、外に出ようと歩き始めた。いきなりスカートを捲られた。思わず両手でスカートを抑えた。

 

 そして鞄を奪われた。


「学校バックレて遊ぼうぜ!」


 その声に反応した俺の視線に気が付くと奴らは突然駆け出した。もちろんすぐに追いかけた。奴らは店を出て周囲の目を気にするそぶりも見せず、駅のなかを全力で走っていた。奴らの足は早く、通勤ラッシュのピークを過ぎたとはいえ通勤や通学で込み合う駅の中で奴らに簡単に追いつくことは出来なかった。


「こっこまで、おいでー」


 あざけるように笑うと二人組は駅の男子トイレに入って行った。


 躊躇うことなくあとを追って男子トイレに入っていく。自分が他人には女子高生にしか見られない。そのことは頭から消えていた。


 俺が男子トイレに入れず困る所でも見たかったのか、追い詰められて焦ったのかはわからない。俺が男子トイレに入ったところで奴らは突然キレだした。そして、個室に誰かいることに気が付いた。


 姿を見られたくなかった。個室から出ないように外から声をかけた。だが、個室を乗り越えてまで無関係な奴を巻き込もうとしている奴に気が付いた。相手は一人になった。当然殴る。


 人は顔の生傷や鼻血に目ざとく気付く。事を荒立てたくなかった俺は腹を狙った。拳も痛めたくなかった。


 だが不意を付けず、ナックルガードを装着していなかった俺の拳は奴の右腕にあっさりとガードされた。

 

 拳を戻して奴の出方を窺った。そこへ個室からクソガキの片割れが出て来る気配。


 俺は一旦女子トイレに逃げ込んで奴らが男子トイレから俺を探して出て行くのを待つつもりだった。


 そして、鞄を持っているようであれば不意を突き取り返す。持っていなければ男子トイレから回収すればいい。さすがに人目もある朝の時間帯に女子トイレに入って来ない。自分の事は棚に上げて、そう思い込んでいた。


 人間は自分だったらそうする。


 ただそれだけの根拠で他人の行動を予測することがある。


 焦っていた俺はさらにそんなミスを重ねた。


 奴らは俺を追うように女子トイレに入ってきた。いかれた笑い声を響かせて。気が付くとトイレには俺たち以外に誰もいなくなっていた。


 追い詰められた俺は両拳を上げて牽制する。左ジャブを放つ。だが止められなかった。


 壁に押し付けられた。胸倉をつかまれ胸のボタンが跳んだ。思わずボタンの行方を目で追った。視界が歪んだ。壁に頭を打ちつけられたことに気が付いた。力が抜け、膝が笑った。倒れることは出来なかった。女のように伸ばした髪を掴まれていた。


 歪む視界の中で桂木が舞った。


 俺はそこまで思い出すと眼鏡に偽装した盗撮用カメラから取り出した極小の記録メディアをノートパソコンの挿入口に挿し入れた。本来ならこの記録メディアが桂木の動きを記録していてくれたはずだった。


 何度か試しているがやはり水に濡れた記録メディアをノートパソコンが認識してくれることはなかった。


 俺は気を取り直して頭の中で桂木の動きを再生する。歪む視界で捉えたのは2発。回し蹴り。自らをコマのように回転させて遠心力を加えたハイキック。


 そして床に転がるクソガキども。失神していた。


 無邪気な笑顔を浮かべて桂木は俺に尋ねた。


『サイン、どうする? 私がやってもいいかな? どうせこいつらも獲物なんでしょ?』

 

 何も言わずにただ床にへたり込んでみせている俺に桂木はポケットからペンを取出し振って見せた。


『ポケットからナックルガードが見えてるよ』


 俺はポケットに目線を移すような真似はしない。いつだって警察の職務質問を警戒していた。


 こんな安い誘導尋問にひっかかるわけが無い。


『ごめんなさい。よく意味がわかりません。でも本当にありがとうございました』


『ふーん。徹底してるんだね。こいつ鼻血がでてるけど?』


 思わずクソガキの顔を見た。


 やられた!

 

 そう思ったときには遅かった。

  

 鼻血なんか出ているわけがなかった。左ジャブが奴の勢いに敗けたことを俺は思い知っていたはずだった。


『よし。勝った。ひっかっかったでしょ? 』


『ごめんなさい。よく意味が…… 彼氏がトイレにいるから行きますね。無事かどうか気になっちゃって』


 俺は鞄を取り返さなくてはならなかった。クソガキどもが鞄を持っていなかったということは男子トイレにあるはずだ。そう踏んでいた。ふらついた。脳震盪でもおこしていたのかもしれない。だが、床に転がるクソガキどもよりはましだ。


 桂木が何者で何の目的で親しげに俺に話しかけるのは知らないがこの時は桂木の名前も知らなかった。鞄も取り返さなくてはならない。友好的な気分になるわけがなかった。

 

 俺の背中に桂木の声が響く。


『ねぇ! 大丈夫? 連れてってあげるよ!』


 俺は振り返り笑顔を作ってみせた。


『もう大丈夫です。助けてもらってこんなことは言いたくないけど、危ないことはしない方がいいですよ』


 お前がクソガキにやったことは相手に鼻血を出させてもおかしくはない。少なくとも俺がそう思っても不自然ではない。


 そんな意味も含ませた。


『大丈夫。私、強いから。少なくてもサーティーンよりはね』


 桂木は挑発するように口元だけで笑った。


 俺が言葉に含ませた意味。その意味に桂木が気付いているのか無視をしているのかわからなかった。


 束の間、桂木と見つめ合った。 


 桂木の言葉に乗せられてクソガキの顔を見てしまったことを取り繕う時間も意味も無いことに気が付いた。

 

『ごめんなさい。私、急がなきゃ』


 踵を返し歩き出した俺の背中に桂木は言う。


『ねぇ! 13番がいるんなら14番がいてもいいでしょう?』


 そんなこと考えたこともなかった。

 

 そしてどうでもよかった。


 俺のボディブローをブロックで防いでみせたクソガキ。そんなクソガキを背後からの不意打ちとはいえ軽く倒してみせた桂木。自分の方が強いと挑発する桂木。


 『勘違いするなよ』


 俺はただ呟くだけだった。

 

 俺は桂木を無視して女子トイレを出て、男子トイレに向かった。クソガキどもは鞄を持っていなかった。男子トイレに放置されてるはずだ。トイレに入れば床に転がっている鞄がすぐに目に入るはず。そう思っていた。だが見当たらなかった。


 鞄が転がっていることを期待して俺は個室のドアを一つ一つ開けた。転がっていたのは山川だけだった。


 放っておくことはできなかった。女子トイレに転がるクソガキどもの事を思い出す。山川に罪は無い。それに山川を倒したのは俺じゃない。誰かに見咎められても『揉めてるみたいだから気になった』それで済むはずだ。


 万が一のことを想定してナックルガードを装着した。


 そして、俺は山川に声をかけた。


 太った体を伸ばし切り、鼻血を出しながら倒れていた山川。女に相手にされないタイプ。一目で分かった。見る者が見れば滑稽で、見る者が見れば憐れを誘うそんな姿。


 何かしてやりたくなった。


『女の子に恨まれるようなことでもしたんじゃない?』


 そう言う女の本音は別にして、言い方次第で男にとっての褒め言葉。そんな言葉をかけてやった。復讐請負人サーティーンのお墨付きで。


 そして俺はそのまま立ち去り鞄を探すはずだった。


 立ち去ろうと歩き始めたその瞬間、俺の脳裏に舞うように蹴りを放つ桂木の姿が浮かんだ。俺を挑発する桂木のにやけた笑顔が次に浮かんだ。


 俺は人を支配できる力があることを俺自身に証明しなければならないことに気が付いた。

 

 俺の魂が桂木を格上と認めることを許さなかった。


 殴ってもよかった。山川の反撃は考えた。格闘で体重は大きな武器だ。そのため現代の格闘技は厳密に体重で階級を分けている。山川に敗けるリスク、人に見られるリスク。


 だが、どんなリスクがあろうと俺が俺であるために誰かを支配してみせることが必要だった。


 気が付いたら言っていた。


『可愛そうになっちゃった。いいことしてあげるよ』


 恍惚の表情を浮かべる山川。


 俺は支配する快感に酔った。


 奴の射精が俺を現実に引きもどす。


 俺は初めて自分が壊れ始めていることを感じた。


 写真を撮った。 


 勝者の俺と敗者の山川。その姿が見られるはずだった。


 俺と山川は傍から見たら等しく被害者にしか見えないことに気が付くだけだった。

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