第2部分 サーティーン任務開始
3月16日 一部修正、加筆を行いました
3月24日 一部修正及びスマートフォンで読みやすくするために改行を増やしました
3月25日 一部修正を行いました
店を出て標的の後を追う。歩きながらイヤホンを耳から外して上着の内ポケットにねじ込む。制服のミニスカートのポケットの上からナックルガードに触れる。
俺の武器は拳だ。ナックル―ガードは両手に装着するもので、俺の拳を守り、さらに攻撃力を増加するために使う。ポケットに入れて持ち歩け、そう簡単に使いこなせるものではない。
街中で目立たぬように持ち歩け、相手に奪われても奪った相手が使いこなせる恐れが低い、という理由でナックルガードは俺にとっての理想の武器だった。
狙われた方はたまったもんじゃないだろうが、男として体格に恵まれていない俺はこれを装着して、標的に不意打ちを食らわすことで任務をこなしてきた。
正義を主張するつもりもないが卑怯だとも思わない。結構な大金を払ってまで標的に制裁を加えたいという奴がいれば成り立つ商売だ。今のところ成り立っているのだから俺の存在を必要とする奴はいるのだろう。
そして、そういう奴がいるということは恨みを買うようなことをする奴もいる。俺にとってはただそれだけの話だ。
もし、俺が返り討ちにあったとしても、人から恨みを買うような奴には俺より喧嘩が強い奴がいる。それもまた、ただそれだけの話だ。
俺はただ任務の遂行のために全力を尽くせばいい。
いつものように沙羅から聞いた話を自分に言い聞かせると、体の強張りがほどけ、肩の力が抜けたのがわかる。肺も必要なだけの空気を取り込めるようになった。標的を観察するゆとりを感じ始めたころには、今日の勝利を確信していた。
そろそろだな。
下見の時に決めたポイントに差し掛かる。
周囲に人影はない。念のために自分の影で太陽の位置を確認した。秋の夕暮れ時の西日を背負っている。標的が振り向いたとしても、まぶしくて俺の動きに対応するのは無理だろう。
ナックルガードを両手に装着しながら、奴との距離を目測する。標的の足の動きと合わせてタイミングを計った。
右足で地面を蹴り、左足に体重を移して、右の拳に体重を乗せ加速する。
奴の背中、右側の腎臓を狙った。
拳が奴の体に触れた。そのまま、体重を乗せて押し込む。右の拳を引き、次に備える。奴が体を捩じりながらも、そのまま前に倒れこむ。小刻みに足を運び距離を調整した。がら空きの奴の脇腹をつま先で蹴り挙げる。のけ反り、剥き出しになったのど仏を踏みつけ、ゆっくりと体重をかけていった。途中で止めてしばらく待った。
「テメー、何すんだっ」
標的の罵声が響く。
俺はポケットから油性のペンを取出し、軽く振って見せた。
「お前。まさかサーティーンかよ。マジで女だったのか」
奴は、しばらく目を見開いていたが、我に返ったように叫んだ。
「てめえ、誰に頼まれたんだよ、こらぁっ。」
俺はただ微笑んで見せた。
「なめんな、このアマァ。仲間呼んで、てめぇもマワすぞっ。」
標的が起き上がろうと体を捩じる。やりやすいように足をどけてやると、少し離れたところで、起ち上がり、俺の姿を一目見て、言った。
「細いな。ねじ伏せて、かわいがってやんよ」
両頬を膨らませたり、へこませたりしながら何度か息を吐くと標的は地面を蹴り、俺に向かって駆け出してきた。
標的の笑顔には反省も後悔も感じられなかった。
迷いは消えた。
俺はサディスティックな標的の笑顔に向けて右ストレートを放つ。
一瞬、白眼になった奴の顔。数歩ふらつき崩れ落ちた巨体。いわゆるヤバい倒れ方。
俺は拳に油性ペンを握りこんでいた。
やりすぎたかもしれない。
束の間考えたが、奴の顔に油性ペンで数字の13を書き、スマホで撮影した。そのまま振り返ることなく通りを抜け、大通りからバスに乗り沙羅の待つカフェに向かった。
復讐だろうが、返り討ちだろうが、人を襲う時にはさまざまなリスクが伴う。
俺は、そのリスクの内の一つを排除した。
ただそれだけの話だ。
標的が死んだとしても後悔はしない、はずだ。
駅に向かうバスの車内には中学生の男女のグループがいた。男子も女子も競うように大きな声を出してはしゃいでいる。
視線を感じて顔を上げると男子中学生がまっすぐにこちらを見ているのに気が付いた。俺は視線を外して軽く左胸に手をあてる。思春期の女子のようにわずかに張り出した胸の鼓動は平静を取り戻していた。
胸が張り出したのは沙羅に紹介された医者に注射を打たれ始めてからだ。どんな成分なのかはわからないが目的だけは理解した。いつの日か護衛を付けているような大物を狩る日が来る。その日のために声も体も女として通じるようにしておくためだ。俺は迷った末に受け入れた。格闘術で勝負できると証明できれば注射を止めるという話も聞かされた。
この世界には恵まれた境遇に生まれ落ちた奴とそうじゃない奴の2種類しかいない。どんなに頑張ってもその差は埋めようがない。
そんな腐った世界を俺の力で変えて、無邪気な笑顔を浮かべる沙羅ともう一度やり直す。
夢も希望もなくただエネルギーを持て余して衝動的に周囲の人々を傷つけてきた俺がやっと見つけた生きる理由だ。
そう簡単に手放すことは出来なかった。
視線を感じて、物思いは中断された。はしゃぐ男子がチラチラと俺のことを見ていた。俺は窓の外に視線をやり、相手にしないことを言外に伝えた。
「あんな高校生なら俺らにも調教できんじゃね?」
そんな言葉に続く中学生たちのはしゃぎ声を無視して思った。
沙羅はこんな俺のことをどう思っているのだろう。