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第17部分 何ごとも遊び心は忘れずに

「まず結論から言うぞ」


「えっ?」


 村木の言葉に桂木が反応した。


「なに? あーちゃん」


「ごめんね。話の途中なのに。でも…… あえて、もっと焦らしてほしいっていうか…… やっぱり、そう! ためて、ためて、ドン! だと思うわけ!」


 桂木は立ち上がって力説する。だけどどうしてほしいかイマイチわからない。村木はわかるのか?

 

「もう許してよ。あーちゃん。それに説明ってのは結論から言った方が相手に伝わりやすいと思うよ。いいかな? 続けても」


 軽く手を振り座るように伝える村木を上から見ていた桂木。軽く頬をふくらませていた。


「はぁい。村木君の邪魔しちゃってスイマセンでしたぁ」


 桂木は大人しく座って、オレンジジュースを一口飲んで応接セットのテーブルにコップを置くとまた飲んだ。口をもごもご動かしている。ボリボリと音が聞こえてくる…… 

 

 こいつ……


 クラッシュアイスを噛み砕いてやがる! 


 って、それほど驚くことでもないか。俺もよくやる。

 

 そんな桂木の様子を見ていた村木は俺の視線に気が付くと咳払いをして俺の目を見て言った。


「いいんだよ。期待に応えられない俺が悪いよ。じゃあ、始めるぞ」

 

「ああ」

 

 村木は立ち上がり、左手をポケットに突っ込み、右手をあげて立てた人差し指を振りながら説明を始めた。


「えー、みなさんもうすでにご存じの、我々を大いに悩ませた少女拉致未遂事件について説明したいと思います。えー、まず、拉致が未遂で済み、我々が無事にここにいられるのは、えー、勇気を持って悪漢に立ち向かった少女探偵あーちゃんの活躍によるところが大きいのであります! えー、まずは彼女にお礼を言わせてください。ありがとうございます」

 

 そして、村木は深々と、恭しく桂木に頭を下げた。桂木は小さな、それでいて素早い拍手でそれに答える。村木は顔を上げて咳払いをすると俺にウィンク。


 村木のモノマネは誰のモノマネをしようとしているかはわかったけれど、全然似ていなかった。

 

 まあいいか。桂木は喜んでいるみたいだし。


 よし。村木よ。俺も乗ってやるぜ。いい振りもってこいよ。俺が最高のオチを決めてやるから。

 

 「えー、みなさん。ご存じでしょうが、改めてここで事件の概要を確認しておきたいと思います。えー、公園で楽しく語らっていた少年と少女。えー、彼らは平和な午後の公園で、そんな場所には似合わない異質なものを見てしまったんですねぇ。はい。そう、これが事件の始まりだったのです」


 そう言うと村木は桂木の方を見た。桂木はうんうんと頷いている。出だしは好調のようだ。

 

 だが村木よ。甘いな。


「いや、困りますよぅ。ヘヘッ。村木のだんな。君のようなどこの馬の骨かもわからないような男を名探偵などという少女探偵の話を信じたこの儂が! 愚かだったとでも仰るつもりなの! お姉さま!」


 俺はキャラ設定すら甘かった。自分で誰のマネをしてるかわからない。性別だって怪しいし!


「なによ。バカなの? くだらないことして、あー君の邪魔すんじゃないの。いいよ。二人ともフツ―にやってよ。ありがと」


 桂木の声は笑っていた。なるほどね。こういうのが好きなのか。それとも俺と村木が桂木の希望に寄せようと頑張ったのが嬉しいのか。俺を指さして笑う時と違ってこういう笑顔も見せるんだな。桂木も。


 あれ?

 

 なんだろう? 

 

 桂木が……


 きらきらしてきたぞ。

 

 とりあえず俺は心の中で桂木を大部屋その他大勢スィートルームから引きずり出してロビーで待機させた。

 

 俺は状況の変化に対応できる瞬発力を持つ男!

 俺は結論を急がない持久力も持っている男!

 俺はリア充の中のリア充、リア王になる男!

 

 ∴ 桂木をどのスィートルームにエスコートしてやるか再検討の必要性を認める!


「悪いな。村木。俺、こういうのダメだわ」

 

「そうか? それぞれ演じ分けるっていうのは素直にすごいと思うぞ。上手いかどうかは別にして。まあ言いたいことはわかったから気にするな。で? 俺の言ったことで何が不満だ? でも全くと言っていいほど説明してないぞ?」


「いや、最初から。なんだよ? 拉致未遂事件って。この事件にタイトルを付けるとしたら…… そうだな美少女失踪事件だろ? 彼女、俺たちの目の前で異世界に転送されちゃったんだから」


「何だよ? 異世界に転送って。それに彼女のこと拉致ろうとしてたのお前だろ?」


「なんでだよ? 俺のルックスが悲しいモンスターみたいだったから、とか言うなよ?」


「いや、そんなことは言わないよ。ただ俺たちさ。彼女が男子用トイレから出てきてフラフラ歩いてたの見てたし、お前と何かモメてから歩き出したらすぐに転んだろ? トイレでなんかヤバイ薬でも…… ってな」


「ってなって! お前らどんな風に俺と彼女をみてるんだよ。そんなことするわけないっての」


「俺たちあんな写真見てるんだぞ? お前はちゃんと話さないし。…… 疑われても仕方がないと思うぞ。まさかとは思ったけどとにかく確かめようって。それにお前、思いつめた顔してたし」 


「なんで俺の顔までわかるんだよ?」


「ああ、カメラ使ったんだ。俺はさ、写真撮るのが好きでカメラ持ち歩いているんだ。それでそのカメラ結構遠くまで大きく写せてさ」


「なんだよ。お前、盗撮なんて趣味悪いぞ!」


 村木は右手の人差し指を口元に寄せて俺の目をじっと見てからシーっと小さく歯を見せた。


「悪いな。そう怒るな。あとでお前に画像を送ってやるから。夕陽が照らす儚げで美しい少女のポートレート。自分でも驚いたよ。彼女の許可が取れればコンテストに送りたいくらいだ」


 そう言って村木は俺にウィンク。


 意味が分からなかった。


 俺は眉をしかめて唇を尖らせて首を傾げた。


 そんな俺を見て村木はやれやれという風に肩を竦めた。


「まあ、無理だろうけどな。彼女と連絡取れないんじゃ。それにいくら写真のためでもドラッグ中毒の奴とは関わりたくないし」


「言い過ぎだぞ!」


 立ち上がった俺の前に桂木。近づいたことすら気が付けなかった。笑顔だった。それが余計に怖かった。


「ちょっと。あー君の話を最後まで聞かせなさいよ」


「あーちゃん。ゴメン。その前に水。喉がカラカラ。キッチンで水を飲んでからね」


 何か空気が変わった。そんなことしか分からない俺は桂木に軽く肩を叩かれるとそのまま、ソファに座ってしまった。


 目の前の桂木に怯えながら何も言えずに村木を待っていた。


 村木よ。早く桂木に『ハウスっ』って言ってくれ!


 よし、大丈夫だ。完全にこの状況に飲み込まれたわけじゃない。

 

 冷静さを取り戻した俺はキッチンから戻ってきた村木の様子を観察することにした。


 村木はボウルを持っていた。俺が残した村木の気まぐれぶち込みサラダオリーブオイル仕立て、ドレッシングはお好みで…… の3杯目。俺の目の前に突き出すと言った。


「これ、残ってたぞ? もったいないから喰っちゃえよ。喰えるだろ? 慌てないでよく噛んで喰えよ」


 嫌だった。でも桂木の目が気になって、食べることにした。


 これマジで『サラダ無間地獄』とかいう俺をオモチャにした奴らの遊びじゃないだろうな?


 俺はそんなことを考えながらゆっくりと時間をかけてフォークでサラダを掬った。繰り返して口の中に詰めるだけ詰め込んで何度も噛みしめる。早くサラダから解放されたいのにお代わりの入ったボウルを突き出されるのも怖かった。

 

 時間稼ぎのためにボウルの中を見つめてみた。ボウルのそこにあるメモ用紙に気が付いた。俺は口の中いっぱいに拡がるサラダを噛むことをやめて村木の顔を見た。村木はウィンクしただけだった。

 

 俺は恐る恐るそのメモを取り上げた。読んでみた。2度見した。


『お前の元カノが盗聴してるかも。何も言わずに俺たちの芝居に合わせてくれ』

 

 そんなこと言われても……

 

 っていうか……

 

 ボウル一杯のサラダを口に詰め込まされてる意味がわからん。

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