第13部分 泣いてたっていいじゃない!
俺は泣きそうな気持で彼女が消えてしまった空間を見つめていた。
体は押さえつけられているのに顔だけが前を向けさせられていた。
痛みは感じなかった。
彼女を吸い込んでしまった異世界への転送をただ祈る。
そんな俺の瞳に差し込む強い光。
祈りが通じた?
思わず顔をしかめて目をつぶる。
「顔。擦りむけてるな。大丈夫か? 山川」
村木の声には答えない。
俺の瞼の中で幾何学模様が蠢いている。
そのまま魔方陣を模って俺を異世界に送り込め!
祈った。
だって、彼女が俺を置いてダッシュで帰るわけないだろ?
彼女は異世界に閉じ込められて俺の助けを待っているんだ!
……
そういうことにした、ってことにして終わり!
俺はリア王になってハーレムを作るんだ。いつまでもたった一人の女、っていうか俺の飼い主、っていうか天使、っていうか小悪魔っていうか無敵の萌えガールにいつまでもこだわってるヒマはない! どうせ名前も知らない女だし! とっとと忘れて次にいこう。
って、できるかよ! そんな事が出来たら苦労しねぇんだよ!
なんだよ、俺。
もしかして…… 涙が出てきてないか?
「あーちゃん。やりすぎ。早く降りな。あとベルトも外してあげるんだよ」
「え、嫌よ。こんな奴のために何かするのやだもん」
「あーちゃん!」
村木の低く静かな声が響くと俺の首も背中も腕もすぐさま解放された。
何なの桂木? コイツのキレっぷりと村木への忠誠心。幼馴染のカップルなのかも知れないけれどさすがにちょっと引きますわ。別に怖くはないけれど。
それに村木の喋り方。人に命令するのに慣れた話し方。幼馴染のカップルなんだろ? ちょっと桂木が可哀想。なにお前? 強くて素直な美少女を使役する人智を超えた何かなの?
「山川。悪かったな。眩しかったろ? お前が怪我してないか気になってスマホで照らしたんだ。もう大丈夫だから目を開けていいぞ」
うん、わかった。って、できるか!
俺の涙が溢れちゃうでしょうが!
「何だよ、お前…… もしかして泣いてんのか?」
「泣いてないもん!」
「あははは、バーカ。泣いてないもんだって。何それ? バレバレなんですけどぉ」
「あーちゃん。怒るよ」
「はいはい。じゃあ私は帰るから。あとは村木君にお願いしまーす」
そして桂木の駆ける足音が響き始めた。
すぐに止まった。
「いいの? ホントに帰っちゃって?」
「ごめんね。あーちゃん。悪かったよ。山川のこと構いすぎた。だから、ね」
「わかってくれたならいいんだけど」
「そうだ。うち来なよ? お腹すいたでしょ? いいお肉があるんだ。美味しいよ!」
村木の誘いに桂木が応えるまでにほんの少しの間があった。俺は黙って二人のやり取りを聞いていた。
「こいつはどうすんの?」
「連れてくよ」
「ふーん」
「ほら、焼肉ってつい焼き過ぎちゃうから。こいつに食べさせればいいって」
これ以上は黙ってられない。
「ふざけんなよ。帰るよ。じゃあな」
俺は腕で両目を何度かこすると立ち上がって歩き出した。
どうでもいいけど村木。お前のアメとムチはベタすぎるぞ! でも教えてやるもんか! 俺はそんなコーチングをしてやるほどやさしくないからな! 自主トレでもしろ!
はあぁぁああ。
俺の無敵の萌えガール。
君に会いたい……
「いいのか? 俺、わかったんだよ。彼女の事。全部わかったとまでは言わないけどな。教えてやるから付き合えよ」
振り返って怒鳴ってやる。
「うそつけよ! お前みたいなリア充に1ミリだって彼女のことわかられてたまるかよ!」
奴らは黙り込んだ。ザマアみろ! 俺は歩みを強めて歩き出す。俺だって彼女の名前すら知らないんだ。こいつが何をわかったって言うんだ。わかったっていうなら証拠を見せろ。
まあ、村木は俺と違って頭が良さげだから何かわかったのかもしれないけどさ。
「なあ、山川。知りたいだろ? 彼女が……」
「俺、喰うことだけはハンパねえぞ。覚悟しとけよ!」
奴の言葉にかぶせて言ってやった。
こうして彼女の情報を求めた俺は村木の自宅にタクシーで転送される運びとなったのであった。
タクシーのなかでは誰も何もしゃべらなかった。
三者三様の想いに沈み込んでいた。冒険の前の緊張がそうさせていたのだ。
そして勇者である俺は転送先の村木の自宅で彼女の真実を知ることとなる!
って、いい加減に現実に帰らなきゃな 俺。




