第12部分 電気仕掛けの魔法は翼を授けるか?
村木と桂木が夜空にハーモニーを響かせているあいだのこと。
無敵の萌えガールは俺の肩を叩き言った。
「疲れたでしょ? ありがとね」
彼女はいつの間にか俺の背中から降りていた。密着していた背中に春の夜風を感
じる。涼しくて気持ち良かった。俺の背中は汗だくだった。彼女はそれでも俺に密
着し続けてくれていたんだ。俺を気遣って自分から降りたその時まで。
ほんとにやさしい娘なんだな……
俺は痺れた腕を軽く揉みながら言ってみせた。
「大丈夫! あと3分は持たせみせる!」
視線を感じた。
だらしなく両手をだらんとぶら下げてこっち側を見ている桂木と偉そうに腕を組んで黙ってこっち側を見ている村木。
放っておいた。
俺は彼女と二人の時間を大切にしたかった。
彼女はクスッと俺に微笑みかけてゆっくりと跪いてからまっすぐ俺の分身と向き合った。
「大丈夫かな? 触るよ?」
彼女は俺を見上げていた。
「大丈夫。俺はいつでも大丈夫」
俺は微笑む。
下唇を軽く噛んで彼女も微笑む。
いや、はにかむ。
いい娘だ。
ホントは俺こそ跪きたい気持ちでいっぱいだ。だけど俺までそうすると彼女がやりにくいだろう。ここはあえて彼女の好意に甘えよう。
いや違う。
彼女のする全てのことをただ受け入れよう。
「よいしょ」
俺の分身をそっとつまんでトランクスの中に収納。俺の顔を見上げて一言。
「チャックはどうする? 挟んじゃうかな? もうちょっと待ったほうがいの?」
「そうだね。あとちょっとだけ」
本当はすでに俺の分身はチャックを閉めるには十分なほどに天使の前で恭しく跪いていた。彼女のやさしさに俺の分身は忠誠を誓ったからだ。
すでに俺の両手は空いてる。なのに彼女は腕がしびれた俺を気遣って……
忠誠を誓うには充分だった。
だけどもう少しこの甘美な時間に酔い痴れたい。
そのとき俺は彼女の背中に視線を奪われてしまっていたのだから……
こうして待っていれば天使の羽が生えてくるんじゃないか?
そんな気がしたんだ
笑ってもいいぜ?
「ごめん。ちょっと後ろを向いて両手を後ろにまわしてくれる?」
「うん、わかった」
言われたとおりに後ろを向いて両手を腰の辺りで交差させる。なんとなく夜空を見上げた。月が出ていた。彼女は月から来てたりして。そして彼女は俺に翼を授け二人揃って月まで飛ぶのだ。
そんな夢物語をロマンティックに考える。
すると聞こえてきた。するすると衣擦れの音。俺の手首に巻かれ始めた。なんだろう?彼女が持っているのはキラキラ光る魔法の杖と微かに見える天使の羽と小さな胸に秘めたもの。
まさか、ありえないとは思うけど……
パンツ?
彼女が履いてた?
パンツ?
指を伸ばして確かめたい!
パンツは素材も大事だし!
でも俺の指は届かなかった。腕もうまく動かせなくてもどかしい。どうやら俺の両手を翼に変えてくれたようだね。君は。
羽ばたけるようになるまでは時間がかかるものさ。
最初は誰でもそうだろう?
そんな思いで振り返って彼女の瞳を見つめた。彼女は言った。
「ベルトなくても大丈夫だよね? そのお腹だし」
「え? ああ…… うん、そうだね」
パンツじゃなかった。うん、なるほど。
俺のベルトはウェッテイ。
俺は飛べないただのデブ!
羽ばたく前に痩せなきゃな!
俺のベルトの先端を軽く引っ張り彼女は言った。その声は溌剌としていた。いつだって気づいたときには甘美な時間は終わってる。
「はい準備オッケー。移動しまーす。移動中はみなさんお口にチャック。おしゃべりした子はお仕置きです。それじゃあ、みなさん。おうちに帰るまでが遠足ですからね」
そしてチャックは閉ざされた。
お仕置き……か。
俺が両手を縛られているのは何かのお仕置きなのだろうか?
否!
構ってもらえない事こそお仕置きなのだ!
彼女に促されて桂木と村木が二人並んで先に歩く。構ってもらえない可愛そうなリア充共はさっきの説明で車がどこにあるかすぐにわかったらしい。そっか、あいつら、地元か。
彼女は俺のベルトの先端を握って俺のななめ後ろからついてくる。見知らぬ土地で不安なのかな?
隣に並べばいいのに。俺は、俺についてこい! なんていうタイプじゃないんだから。
あ。もしかして、俺がこんな風に思うのも彼女の仕掛けた恋の駆け引きなのか?
彼女には今朝から俺は振り回されっぱなしだ。何とかしないとまずいな。たかが一人の女にいいようにされているようじゃ、リア充の中のリア充、リア王なんて夢のまた夢……
まあ、いいさ。
『夢は見るものでも、追いかけるものでも、叶えるものでもない。共に人生を歩んでいく、ただの相棒さ』
いつか彼女の相談に乗る日が来たら、絶対コレ言おう。さらに続けてこう言おう。
『僕の夢は君なんだけど、僕は君の夢になれるかな?』
って、おいおい。これじゃ、まるでプロポーズじゃん。
ダメだ。こりゃ。
俺はリア王になってハーレムを作る男なんだから。
結婚なんかに縛られるわけには行かないっての!
そんなことを考えながら歩いているとあっというまに駐車場に着いてしまった。
だだっ広い駐車場には車は1台も止まっていない。
振り返って彼女を見る。
思いつめた顔をして右手でスマホをゆっくりと大きく円を描くように振っていた。スマホの画面が発光していて夜の青に染まった空中に光の軌跡を残す。
ああ、さっき、きらっと光ったのはスマホか。それをきらきらと彼女が輝いて見えると思い込むなんて、俺も相当だな。
ヤバイな。マジで好きになっちゃったのか。
俺はいつかハーレムを作る男なんだから、一人の女に夢中になってる場合じゃないんだけどな。どうしよう?
俺が彼女に見惚れていると村木の声が響いた。
「ふざけてるのか? こういうときはプロが待ち受けてるモノなんじゃないのか? 君みたいなアマチュアじゃなくて!」
プロが待ち受けてるモノって…… ホントにお前は贅沢なんだな!
いや違う。そこじゃない。確かに彼女は俺から金を取らなかった。プロになりきれてはいない。仕事とはいえ、気持ちが絡んで割り切れないアマチュアだ。
それはいい。
だが、なぜ、村木まで彼女の仕事の事を知ってる? しかもアマチュアだということを?
もしかして、奴も……
クソっ。何とか言ってくれよ! 俺の、俺だけの無敵の萌えガール!
俺の想いを知ってか知らずか、彼女は腕を加速して大きく廻す。残像が空気を切り取って彼女をその中に閉じ込めた。その光の額縁のなかで彼女は真剣な眼差しであちらこちらに顔を向けている。まるで悪い魔法使いに見えているのに触れられない、そんな不思議な空間に閉じ込められてしまった出口を探す憐れな少女。
俺は彼女から自由を奪うすべての者と戦うことをここに誓う!
俺は彼女に一歩近づいた。そして…… 言った。
「もういい。もういいんだ。もう頑張らなくていい。俺が何とかするから……」
彼女は寂しげな眼をして言った。何かをあきらめてしまった。そんな感じ。
「何ができるっていうのよ? 君に」
彼女は力尽きたように腕をおろしてたたずんだ。俺は彼女を村木たちの視線から守ろうと彼女を背にした。仁王立ちしてリア充どもに言ってやる。
奴らを誘った彼女の気持ちも汲んだつもりだ。
「ドライブは中止だ! 車が無いんじゃしょうがない。俺んちでパーティに変更! 大丈夫! うちの親は今日は帰って来ないから!」
誰も何も答えなかった。
不思議だった。
楽しければドライブだってパーティだってどっちだっていいんじゃねぇの? リア充は?
まあ、いい。ここでお開きならそれでもいい。
元々俺は彼女と二人っきりで過ごせた方がいいに決まってるんだ。
俺はこれからの予定をを相談しようと振り向いた。
彼女の後ろ姿はどんどん小さくなって闇に溶けて消えてしまった。
俺はただそれを見ていた。
気が付くと俺は駆け出していた。
何も考えちゃいなかった。
縛られた腕がもどかしい。
それでも俺は足を止めない!
すぐに転んだ。
誰かが俺の背中に乗っていた。
後ろからタックルされた。
気づいたときには遅かった。
俺の首に巻き付けられた長い腕。
「ちょっと話を聞かせろよ。豚野郎」
そうです。
あなたのおっしゃるとおりです。
俺ってホントにただのデブ。
なんにもできないただのデブ……
次回更新は3月23日(月)午前7時を予定しています




