第1部分 噂の復讐請負人、サーティーン登場
3月16日 一部加筆、修正を行いました
3月24日 一部修正及びスマートフォンで読みやすくするために改行を増やしました
3月25日 一部修正を行いました
「ご注文を繰り返します。コーラをSサイズでお一つ。店内でお召し上がりですね。ストローは挿してしまってよろしいですか?」
俺は初々しい笑顔の女性店員に、にっこりと微笑んでみせた。こちらの思惑通りにストローは紙コップの蓋に挿される。声を出さなくても伝わる物は伝わる。
もちろん、ここがファストフード店で、客と店員という立場だからこその話だ。ここではカウンターのメニューを人差し指で示しながら、微笑みと頷きと金があれば目当てのものを手に入れられる。
夕方の帰宅ラッシュの前の中途半端な時間の店内は客もまばらで、狙い通りに駅の改札口がよく見える席を確保できた。ポケットからスマホを取出して任務開始までの残り時間を確認する。俺の下調べ通りならあと5分程で今日の標的が改札から現れるはずだ。
イヤホンを耳に挿し入れ、音楽プレイヤーアプリを立ち上げて曲が流れてくるのを待つ。スタンダードなジャズナンバーだ。愛していると伝えたいのに、それでもなかなか言えなくて、月に連れて行ってと願う歌。様々なアレンジバージョンがあり、これからイヤホンから流れてくるのは男性歌手の多少アップテンポなバージョンだ。
曲が流れてきたことをきっかけに、コーラを口に含んだ。炭酸の刺激と甘みを味わう。口の中でコーラを生暖かく感じ始めると、ストローをもう一度咥えてコーラを少しずつ紙コップに戻していく。
これから大事な任務がある。胃の中に何も入れる気にはなれない。口の中に残るコーラの甘みを味わっていると、このことを任務のパートナーである沙羅に話したきのことが頭に浮かんだ。
「汚いわねぇ。余計なこと考えてないで、ただ使命を全うしなさいよ。サーティーン」
沙羅はそう言って口の端を軽くあげて微笑えんだ。
この頃の沙羅はそんな笑い方しか見せてくれない。最後に沙羅の無邪気な笑顔を見たのはいつのことかも思い出せずに思わず軽く舌打ちが出た。
気を取り直して、窓越しに駅の改札口に目を移す。しばらく眺めていると今日の標的が現れた。
胸と背中に金糸の大きな刺繍をあしらった黒のジャージに巨体を包み、太い首には太くて目を引く金の首飾り。携帯電話で話しながら歩いている。大声で喋っているのだろう。すれ違う人々は目を逸らしながら道を譲っていた。今日の標的はそんな男だ。
どんな恨みを買って俺の標的になったかは知らない。興味もない。この男に限らず俺に標的が働いた悪事について知らされることはなかった。
未練がましいが、かつて俺を捨てた沙羅とも繋がっていられてまともな職についても稼げない報酬がもらえる。それだけで十分に危険を冒して戦う理由になった。もう他の安全な仕事に就く気はない。
頭を切り替えて任務の段取りをイメージする。いつもそうやって不安を抑えつけた。
窓ガラスに映る自分の姿を見て軽く顎を引く。
喋らなければ、奴が俺の正体に気が付くはずがない。
自分に言い聞かせた。
窓ガラスにうっすら映る俺の姿は制服に身を包み眼鏡をかけた地味で真面目な女子高生だ。可愛いとはお世辞にも言えないが構わない。
ハニートラップを使わなくても俺は結果を出せるのだから。




