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さよならキャット 【修正版】  作者: 京本葉一
スイーツタイム
30/35

27 それぞれの選択

 進一が思い浮かべたのは、文恵とプータローがつくる見慣れた情景。

 膝の上でくつろぐキャラメル色の猫が、やさしく撫でられてグルグルと鳴いている。慈愛に満ちた眼差しと微笑みが、まったりとした猫に向けられている。

 心に刻まれた一枚の絵は、忘れようもなく、疑うようなものでもない。

 だからこそ。


 なんでそっち?


 進一はプータローに目で訴える。なぜ理香の膝なのか。いつもと状況は違うにせよ、そこは彼女の膝でないとおかしくはないか。なぜ初対面である理香の膝で落ち着いているのか。もしかして幻なのか。目の前にある光景は現実ではないのか。


 プータローは気だるそうに睨み返してきたが、動く気配はまったくない。


 進一はとりあえず考えてみた。もとより常識が通じる相手ではないが、もしかしたら間違っているのは自分の常識かもしれない。たしかに猫の生態についてくわしく知っているわけではない。こういう状況下において、一般的な猫はどのような選択をするのだろうか。これまで投げかけられてきた愛情など一切関係なく、その場で適当に良さそうな膝を判断するのだろうか。


 進一にはわからない。

 なにがどうなっているのか、なにひとつわかってはいない。


 わずかに悩んであきらめて、今度は、泣いている文恵をみつけた。


 潤んだ瞳から涙をこぼして。

 唇を噛みながら、声を閉じこめて。

 シャツの裾を握り締めながら、少し震えて。

 喜びもなく、幸せもなく、怖くて哀しくて、ひとりぼっちで泣いていた。


 頬を濡らした文恵が、その涙目で進一をとらえる。すぐに泣き顔を隠すと、背をむけて立ち上がり、文恵は逃げ出した。携帯電話やバイクの鍵も、なにもかも置き去りにしてドアへと向かい、そのまま部屋を飛び出していった。


 進一は、予測も、対処もできなかった。

 声も出ない。なにが起こっているのか、現状をなにひとつとして理解していない。プータローのことも。文恵のことも。理香のことも。自分自身のことも。

 わからなくなっている。

 わからないままに、進一は立ち上がっていた。


 ……彼女を、追いかけないと……俺が、追いかけないと……


 進一はふらりと六畳間から足を踏み出した。

 背後で動く気配がした。振り返ると、理香が見ていた。動いてはいない。プータローを膝にのせたまま、座ったままの状態で進一を見上げていた。

 彼女を追いかけないといけない。

 なのに、理香がいつもより幼くみえて、進一はその場から動くことができなかった。 


 わずかに潤んでいた理香の瞳は、戸惑いを含んで繊細に輝き、とてもきれいだった。

 儚く崩れそうでありながら、それでも理香は美しくあった。



 震えるほどに美しかった舞台上の理香は、このまま消えてしまうのだろうか。



 進一は忘れない。もっとも大切な人は、誰よりも美しく輝いてみせる。

 舞台の華に心を奪われたとき、導き出した答えは「終わり」だった。理香と出会うために生れてきたと信じることはできたのに、ふたりで生きるために出会ったと信じることができなかった。

 自分の役割は終わったのかもしれない。

 生きる意味を奪うほどに、華は美しく咲いていた。


 プータローのふくよかな身体を、理香の両腕がやさしく包み込む。眠たげに細くなっていた蜂蜜色の瞳が、ゆっくりと開かれていった。気だるそうな半眼で、プータローは進一を見上げる。


 猫に、選択を迫られているような気がした。


 お前は理香を捨てろというのか? 守らなきゃいけない理香を、置いていけというのか?

 進一は心でプータローに問うた。


 また少し、蜂蜜色の瞳が開かれる。


 進一をみる蜂蜜色の瞳は、やわらかな光を放っていた。

 はじめてみせた大きな瞳は、優しい光を帯びて、透き通るような美しさで輝いていた。



 ◇



 秒針の乾いた足音が、淡々としたリズムで響いていた。


 理香は畳に座ったまま、ぐるりと進一の部屋を見回した。時計の活動音が聞こえる静かな部屋の中は、すっきりと片付けられており、古くはあるけれど清潔だった。部屋はきれいになっている。たしかな変化を感じながら、理香はテレビのうえに時計を見つけた。


 変わらない場所で、変わることのない淡々とした響きで、時計は理香に訴えかける。


 だいじょうぶ。

 理香は弱々しく笑ってみせる。

 心配なんてしてない。進一のことなら、ちゃんとわかってる。


「……けど、失敗しちゃったよね」


 理香は耳をすませながら、膝にのっかる温もりを感じた。




 ドアの向こうに立っていたのは、笑顔のかわいい文恵さんだった。誰だろうって、この可愛い人は誰なんだろうって、本気で考えた自分が怖い。あのとき私はどれくらいニヤニヤしていたのだろう。文恵さんの眼にはどう映ったのだろう。私たちは何も言えなくて、動くこともできないでいた。そして、ふらふらの進一が出てきた。私が誰なのかを知って、文恵さんは慌てていた。


 態度とか雰囲気を見ていて、ああ、これはもう間違いないなと思った。樹理さんの読みどおり、文恵さんは進一のことが好きなんだろう。そして困ったことに、なんだか健気で可愛くて、とても悪い女には見えなかった。どうしてくれようとは思えなくて、どうしようと思ってしまう相手だった。


 進一がいなかったら、たぶん展開は違ったのだろう。文恵さんと一対一で向かいあえたなら、お互いに本音を伝えられたかもしれない。進一って鈍感だよね、みたいな会話をして、感謝してるんだよって伝えて……同じ人を好きになって、仲良くなれたかはわからないけれど、あきらめてくれたかはわからないけれど、泣きながら部屋を飛び出していくなんてことにはならなかったと思う。


 文恵さんは動きやすい服が好みなのかもしれない。黒猫いっぱいのシャツにストレートジーンズ、白のロングパーカー、黒髪がつやめいて、何も言わずにうつむいている姿は、すこし色っぽくもあった。それで、なんだかいろんなやりとりがあって、文恵さんは可哀想なくらい落ち込んでしまった。


 進一の何気ない言葉に、ああ、今のはちょっと傷つくんじゃないかなと思ったけれど、私はなにも言えなかった。繊細な人なのだろう。言葉のナイフがつけた小さな傷から、文恵さんは光を失いつづけた。たぶん、よくはわからないけれど、文恵さんは怯えていたような気がする。少しずつ、判決を待つ被告のようになって、裁きを待つ罪人のようになって、最後には光を吸い込みそうなくらい暗く沈みこんでしまった。


 なんだか申し訳ない気持ちになって、私は文恵さんの顔を見れなくなった。

 それに、進一の顔も見れなくなっていた。


 そもそも二人を同時に相手するなんてことは考えていない。イメージトレーニングもできていない状況なのに、長期休養の話を進一にしたのは間違いだったのだろう。進一がすぐに受け入れてくれるとは思っていなかったけれど、そこのところはイメージ通りだったけれど、まさか文恵さんがいる前でラブシーンに突入するわけにもいかない。やっぱり進一は困るよねって。やっぱりそうなっちゃうんだよねって。そんなことしか考えられなくて、ものすごい空気になってしまって……だから、待つしかなかった。


 進一はきっと受け入れてくれると信じていた。

 待っていればそれでよかった。

 文恵さんには悪いけれど、黙って待ってさえいれば進一は動いてくれたとおもう。


 たぶん、進一は動こうとしていた。

 プーちゃんがあらわれなければ、進一は受け入れてくれたのだと思う。



「プーちゃん、だよね?」


 理香は膝の温もりに問いかけた。キャラメル色の猫は頭をかかれグルグルと鳴いている。


「なんで進一の部屋(ここ)にいるの?」


 満足のいく返事はなかったが、答えはなんとなくわかっている。信じられないけれど、奇跡だとは思えないけれど、きっとそういうことなのだろう。


 とても気持ち良さそうに、猫は喉鳴らしを続ける。



 進一が目を閉じて何を考えていたのかはわからないけれど、顔をあげたときには強さがあった。

 なにか音がして、様子が変わった。

 進一は頭をかきながら何かを見据えていた。なんだろうと思って進一の視線の先にある、開け放たれた窓の方をみて、窓枠のうえにプーちゃんをみつけた。


 なんでプーちゃんがいるの? 私を心配して助けに来てくれたの? なんてことを考えているうちにプーちゃんが部屋の中に入ってきて、文恵さんがプーちゃんって名前をつぶやいたような気がして、そのあたりから記憶が曖昧になっている。


 わからなかった。なんでプーちゃんがいるのかもわからなかったし、なんで進一や文恵さんが驚いていないのかもわからなかった。ちがうんじゃないの? この子はうちのプーちゃんですけど? みたいなことを言ったのか言わなかったのかも覚えてはいない。


 でも、やっぱりそうなのだろう。

 いまにも泣きそうだった文恵さんは、少し微笑みながらプーちゃんを見ていた。


 進一の部屋にあらわれる、文恵さんが夢中になっている猫は、私の部屋にやってくる猫。


 全身で伸びをしたプーちゃんは、長い尻尾を振りまわしながら畳で爪を研いでいた。プーちゃんが動いて、ゆっくりとこっちに歩み寄り、私のひざに脚をのせて、ふくよかな身体を預けてきた。いつものように体勢をととのえて、わけがわからないままに落ち着いてしまった。


 泣き声が漏れ聞こえて、文恵さんがこっちを見ながら涙をこぼしていることに気づいた。私よりも、プーちゃんを見ていたような気がする。文恵さんは進一のほうを気にして、涙をこぼしながら立ち上がって。


 部屋には私と進一と、プーちゃんが残された。


 文恵さんが泣き出したのは、可愛がっていた猫に裏切られたと感じたから? もしもプーちゃんが文恵さんの膝にのっていたら……取り乱すかもしれないけれど、泣いたりはしないかな。裏切られたと感じる前に、そっくり猫の可能性を考えていたような気がする。ずっと進一の部屋で可愛がっていた、文恵さんとは立場が違う。文恵さんの立場からしたら、ここは当然……。



「プーちゃん、ほんと、なんで私の膝のうえ(ここ)にいるの?」


 文恵さんを泣かせちゃったんだよ?

 プータローは派手なくしゃみで答え、理香は怯えていた文恵を思い出した。


 ずっと堪えていたものが崩れてしまい、進一の前から、涙をみせて立ち去ってしまった。


 繊細な人ではある。でも、たぶん、それだけじゃない。進一と同じように、文恵さんにも過去があったのかもしれない。そうしなければならない理由が、文恵さんにはあったのかもしれない。


 進一は、閉まってゆくドアを呆然とながめていた。


 プーちゃんの行動には、進一も驚いていたはずだ。文恵さんと同じように、進一は私とプーちゃんの関係を知らない。だから文恵さんが崩れたとき、進一はリアクションもとれない心境だったのだろう。泣きながら立ち去ってゆく文恵さんに対して、進一はなにもできなかった。


 ドアは閉じられ、取り残されて、進一はゆらりと立ち上がる。


 私は、進一がドアに向かって足を踏み出したとき、不安に襲われた。

 追いかけるのはわかっている。泣きながら立ち去った文恵さんを、進一が追いかけないはずはない。私が好きになったのは、そういう優しい人だ。文恵さんを放っておくなんて、進一にできるわけがない。

 捨てられるわけでもなんでもなくて、待っていればいいだけのことで、問題なんて何もない。

 わかっていたのに、置いていかれるのが怖かった。


 いかないで。そばにいて。


 願い、進一を引きとめようとして、私は、動いた……私は、立ち上がっているはずだった。



 理香は膝のうえにいる、ふくよかなキャラメル色の猫を優しく撫でた。

 あのとき立ち上がれなかったのは、膝にのるプータローが重かったせいだろうか。すっかり慣れたとおもっていたけれど、たしかに重量感はたっぷりとある。


「プーちゃん、ちょっと太った?」


 理香はわずかに吐息をもらした。落ち着いてさえいれば、なんてことはなかったのかもしれない。思ったような動きがとれなくても、動けないわけではなかった。ためらうことさえしなければ、立ち上がることはできたのかもしれない。


 怖かった理由は今ならわかる。志穂さんを追いかけることができなかった進一は、ずっと後悔していた進一の目には、ふたりの姿が重なって見えていたのだろう。かつての恋人に負けるとは思わないけれど、文恵さんに負けるとも思わないけれど、彼女たちを重ねた進一の目に、私の姿はどこにもなかった。


 私は、私をみていない進一に不安を感じていた。


 振り返った進一は、動けずにいた私に気づいた。私をみて、私だけを真っ直ぐにみていた。

 遠くを見るような眼差しで、私ではない私をみていた。


 進一の迷いが伝わってきて、プーちゃんの温もりが伝わってくる。

 進一はプーちゃんをみていた。

 プーちゃんをみていて、進一の表情は変わっていった。


 そして部屋には、私とプーちゃんだけが残された。


 あんなに悲しい顔をした進一を、私はいままで見たことがなかった。全身から熱が奪われて、どこにも力がいれられなくて、声をあげることさえできない。

 私はただ、プータローの温もりに救われながら、去っていく進一を見ていることしかできなかった。




 秒針の乾いた足音が、淡々としたリズムで響いている。

 変わらない場所で、変わることのない淡々とした響きで、時計は理香に訴えかける。


 だいじょうぶ。

 理香は小さく笑ってみせる。

 心配なんてしていない。進一のことなら、ちゃんとわかってる。


 待っていれば、進一は帰ってくる。置いていかれたというだけで、捨てられたわけでもなんでもない。志穂さんなんて関係ない。たとえ過去の古傷がなかったとしても、進一に追いかける以外の選択肢なんてなかった。「いってくる」とか「待っててくれ」とか、そういう言葉を残して、進一は私を残していってしまうだろう。そういう人を好きになったのだから、恋人として、部屋で帰りを待てばいい。


 そう、待っていればそれでいい。


 進一の迷いはわかっている。なんで悲しい顔をしていたのかも、ちゃんとわかっている。大丈夫。問題なんてなにもない。帰ってくるのを待っていて、ずっと進一のそばにいたなら、進一は必ず受け入れてくれる。他のなにを失ったとしても、恋人である私を望んでくれる。


「私は進一のために生きていたい。これからは、ずっとそばにいて、進一の支えになるから」


 だから、お願い。


「それでいいよね?」




 開け放たれた窓から、部屋に冷気が流れ込んでくる。理香は畳に座ったまま、猫を抱きかかえて温もりを感じた。全身へ伝わってゆく温かさが、寒さと不安から守ってくれる。いくらでも待っていれられるような気がして、理香は喜びを抱いていた。


 時は静かに流れてゆき、ベランダ側の大きな窓から西日が射し込み、部屋と理香の背中を暖める。


 プータローがもぞもぞと動き、理香のささやかな抵抗を振り払った。畳に着地して、軽く身体を振るわせると、尻尾をむけて歩きはじめる。

 とつとつ歩いてゆく猫を、理香は四つん這いで追いかける。

 プータローは畳部屋を離れてダイニングキッチンに入った。理香がゆっくりと立ち上がったときには、ステンレスラックのまえで座っている。蜂蜜色の瞳が、まっすぐに理香を見上げていた。


 理香は歩み寄り、しゃがみこんで棚をしらべた。

 ステンレスラックの下段には、猫皿セットと各種のキャットフードパックが並んでいる。


「いっぱいあるね」


 棚からごっそり取り出して、「どれにしようか?」と理香は考える。迷っているうちに、プータローが器用に前脚で選んだ。肉球は二パックを押さえていた。理香はひとつを戻そうとしたが、肉球はまったく譲らなかった。


 理香は猫皿にかつお節入りマグロとささみのパックをあけた。行儀よく待っているキャラメル色の猫に微笑み、もうひとつの猫皿には水を用意して、ふくよかな猫の前においた。


 進一の部屋で、プータローの食事を世話している。


 夢の欠片を手に入れて、少し違うかなと理香は思う。思い描いていたイメージとは何かが違う。進一がいないから? 理香はキャットフードに喰らいつくプータローをながめながら、「進一の部屋なのにね」とつぶやき寂しそうに笑っていた。



 プータローは、さっさと六畳間へ戻っていった。

 理香は、きれいになったキッチンで後片付けをしながら、夢をみようとしている。


 夢は、理香と進一とプータローの世界。


 繰り返し思い描いたイメージのひとつ、『新生活~進一の部屋編~』は、記憶をもとに舞台背景をつくりだしている。そして現実のダイニングキッチンは、美化されたイメージそのままの姿をしていた。冷蔵庫やステンレスラック、電子レンジや炊飯器も、記憶にあるものと同じで、配置もまったく変わってはいない。思い描いていた夢の舞台と、現実との間に、ほとんど差異はみられない。


 理香はいままで知らなかった。進一の部屋を訪れる、猫好きの可愛い後輩も、野良猫も、その姿をイメージすることができずにいた。進一の部屋で、見知らぬ女が、見知らぬ猫の世話をする姿など、これまでに想像したことはなかった。

 理香はすでに知っている。文恵のことも、文恵が世話をしていた猫が、プータローであることも知っている。同じことをしている文恵が、ほんとうにあっさりとイメージできる。


 進一の部屋で、プーちゃんのために食事を用意して、猫皿を洗う、この行為を、文恵さんは何度繰り返してきたのだろう。


 存在したであろう現実を意識するほどに、夢の世界に違和感をおぼえる。



 六畳間に戻ると、収納庫の扉が開いていた。なかには布団のうえで毛づくろいをするプータローがいて、ドライタイプの袋詰めキャットフードがあり、缶詰があり、ステンレスラックにあったものと同種のパックが倍量あり、釣竿と昆虫採集セットが端のほうに置かれていた。


「うん。収納スペースはすっごく変わった」


 文恵の痕跡が過去を知らせる。猫好きレベルでは負けるとしても、文恵の気持ちはなんとなくわかる。同じことをしていたような気もして、理香は苦笑した。

 進一のことならよくわかる。きっと押し切られたに違いない。困ったような顔をして、それでいて文句は言えそうにない進一に、文恵さんはどんな言い訳をしたのだろう。

 理香はイメージを広げる。

 自分ならどうしたか、文恵に自身を重ねていく。


 理香は、窓を閉めた。

 温もりが恋しくなり、布団からプータローを抱き上げる。

 猫を抱えながら、ふたたびベランダ側に腰を下ろした。まだ太陽は沈んでいない。部屋には西日が射し込んでいて、明かりをつける必要はない。


「遅いよね」


 まだ、進一は帰らない。

 進一は携帯電話も置いていった。文恵と同じように、後のことを考えずに出ていった。


「外は寒いのに」


 財布もカギも携帯電話も置いていった文恵には、どこにも帰る場所がない。誰にも連絡はとれず、自分の部屋にも帰れず、だからといって、荷物を取りに進一の部屋へ戻ってくるとは考えられない。おそらく進一は、見つけるまで戻ってはこないだろう。たとえ真夜中になっても、ひとりで帰ってはこない。暗くなるほど、寒さが厳しくなるほど、ひとりでいる文恵を心配するに違いない。


「ふらふらなのに」


 走り回っているのだろう。進一の体調を、理香は気にした。まさか倒れてはいないとは思うが、心配になり、不安が膨らむ。はやく探し出せればいいとも思う。しかし、そのあと、二人はどうなるのだろう。


 文恵に対して、進一も好意はもっている。今回、文恵のことを考えつづける状況において、これまでになく真剣に、その気持ちを強めるのかもしれない。時間が経つほどに、進一は文恵を想うのかもしれない。

 文恵を見つけだしたとき、どんな言葉をかけるのだろう。

 文恵の気持ちに気づいているのかは疑わしいが、進一は、どのような答えを示すのだろう。


「待っているのも、けっこうつらいね」


 余計なことしか考えない。

 ずっと待っていてくれた進一を、そばにいて支えたいと願いながら、考えたくないことを考える。


 理香はプータローを抱きしめて耐える。


 思い出される進一の言葉。

「彼女には感謝している」

「彼女がいなかったら、もしかしたら、後悔することになっていたかもしれない」

 進一の支えとなっていた文恵に対する、進一の好意。

 進一の選択。


 理香はプータローを抱きしめて願う。

 そばにいて、支えになれるのは同じだとしても、誰よりも力になれるのは、文恵ではないと。



 大人しくしていたプータローが、どうにも落ち着かなくなった。毛づくろいが中途半端なのではなく、ただプリンが食べたかったらしい。またしても束縛から脱すると、理香の持ってきた紙袋に頭を突っ込んだ。


 理香は濃厚カスタードプリンをキャラメル色の猫と分け合って食べた。


 進一がいない進一の部屋で、プータローと一緒にスイーツタイムを過ごしている。理香は寂しさの理由を探して、幸せそうにプリンを食べる猫のことを、進一はすでに知っているのだと気がついた。

 もうすでに、進一の部屋にはプータローがいた。

 プータローがいて、進一がいた。

 思い描いていた夢の舞台は、もうすでに完成していた。


 夢は、理香と進一とプータローの世界。

 現実は、文恵と進一とプータロー。理香はどこにも存在しない。


 理香は考えを振り払う。そんなはずはない。そんなことはありえない。もしも進一とプータローとの生活が、もうすでに始まっていたのだとすれば、なぜ、私はそこにいないのだろう。幕を開けた舞台に立ち続けていたすれば、それは、私でなければおかしいのだから。


 理香は夢をみようとして、夢に似た情景を思い浮かべた。


 進一がいて、プータローがいて、文恵がいる。

 その情景は、誰にも踏み入れることができない幸せな生活、そのものにおもえた。




 プリンの容器から鼻先を引っこ抜き、ひと息ついていたプータローが、とつとつ歩いて離れていった。ダイニングキッチンを抜けて、ドアの前で振り返り、蜂蜜色の瞳で理香に訴える。


「行っちゃうの?」


 理香の呼び声に、蜂蜜色の瞳が柔らかく光る。

 探しに行くの?

 視線での問いかけに、プータローはのんびりと欠伸で答えた。


 理香は立ち上がり、プータローに近づいた。プリンの容器をゴミ箱に片付けて、ドアの前でプータローを見下ろす。ドアが開くのを待っている、プータローとは、いつも一緒に部屋を出ている。見上げてくる猫に、居るべき場所ではないと言われているような気がして、理香はしゃがみ込みプータローにふれた。


 プータローは理香をみていた。

 蜂蜜色の瞳のなかには、微笑みを浮かべた理香が映っていた。


「それでも」


 待っていたいと理香はいった。

 居るべき場所ではないのだとしても、遅すぎたのだとしても、まだ、終わりだとは思いたくない。


「迎えに、行くんだよね」


 理香はプータローをやさしく撫でる。この猫ならば、あっさり文恵を見つけ出して、ふたりを連れ戻してくる。そんな予感がしている。感じたとおりなら、止めないほうがいい。進一に無理はしてほしくない。けれど、わかってはいても、行かないでほしいと理香は願う。


 そばにいてほしい。ひとりでは耐えられない。


 弱さを自覚するほどに、文恵の存在が大きくなる。進一のそばにいなかった、自身の罪を知らされる。もうすでに、進一の力になれると信じることができない。そばにいていいのかさえ、わからなくなっている。


 蜂蜜色の瞳が、やわらかな光を揺らしていた。

 理香は小さく笑いかける。


「それでも待っていたいだなんて、あきらめが悪いっていうか、自分勝手っていうか……いっしょに待っていてほしいけど、それも難しいんだろうね。わがままっぷりなら、プーちゃんも負けてないから」


 そっと猫から手を離して、理香は静かに立ち上がる。


 ドアが開いても、プータローは動く気配をみせなかった。

 じっと見上げてくるキャラメル色の猫に、いまはダメだよと理香は伝える。


「どんなわがままでも、進一が受け入れてくれることだけは、ちゃんと信じていられるから」


 今はまだ、待っていられる。

 夢を見失ってしまっても、すべてを失ったとは思いたくないから。



 理香は、ドアを閉めて孤独(ひとり)になった。


 振り返ると、猫もいない寂しい部屋に、光が落ちていく瞬間がみえた。肌寒さも、匂いも、静けさも、知らない場所であるかのようで、心細さを感じさせる。口のなかに残るプリンの甘さも、幸せをもたらしてはくれそうにない。


 探して、お気に入りのマグカップをみつけた。お湯を沸かして、砂糖たっぷりのインスタントコーヒーをつくった。淹れたてのコーヒーを少しだけ口にすると、手のひらを服の袖で守りながら、熱くなった進一のマグカップに温もりを感じる。元気をもらえたような気がして、だいじょうぶだと思えたような気がして、火傷しそうなコーヒーを口もとに運びながら、失わないように、冷めてしまわないように、両手でマグカップを大切に守った。


 変わらない場所で、変わることのない淡々とした響きで、時計は理香に思い出を語る。


 理香はマグカップを手に入れて六畳間にもどった。


「忘れてないよ」


 忘れるわけないよ。

 理香はテレビのまえに立ち、時計にむけて小さく笑った。



 薄暗くなった進一の部屋に、明かりをつけることができなかった。目を背けたい現実に囲まれて、膝を抱えて震えている。逃げ出すこともできず、身体を冷やして帰ってくる二人のために、部屋を暖めておくこともできない。


 慰めるのではなく、慰めてほしかった。

 ひどいわがままだと理解できても、愛されていると感じたかった。


 アナログ時計は淡々と、乾いた音を響かせていた。


 理香はうずくまり、聞きなれた音に耳を澄ました。目を閉じて、時計の活動音に意識をむけると、進一のそばにいることができた、幸せがよみがえる。次から次へとあらわれる、忘れられない大切な日々が、甘い感情をのこして姿をかくした。

 私はもう、一生分愛されたのかもしれない。

 心と身体に染み込んだ想いに、笑みさえこぼれて顔をあげる。


 居るべき場所ではないと思った。進一の帰りを待ち望みながら、文恵を連れて帰ってくる進一を、どうやって迎えればいいのかわからないでいる。

 支えることができないのならば、せめて、困らせることだけはしたくなかった。




 理香はアパートの前で立ち止まり、犬小屋をみようと振り返った。暗くてはっきりとはわからなかったが、柴犬タローと戯れる進一の姿が思い出される。

 離れて、アパートから遠ざかる。

 耳に残る淡々とした響きが、理香の歩みに力をあたえている。


 誰もいない進一の部屋には、ふたつのプリンと一枚のチケットを残していった。


 合鍵はまだ持っている。進一が手ぶらで出ていったのならカギをかけることはできない、と、ドアを閉めるときに気がついて悩んだ。無用心だからと理由をつけても、進一の部屋で待つことはできそうにない。手放すことも考えはしたが、もう一度なかに入り、合鍵を置いていくことはできなかった。



 理香は坂道を下りていく。

 まっすぐ道なりに歩いて、児童公園のまえを通った。

 交差地点まで抜ければ駅がみえる。ここからみる景色も、これで最後になるかもしれない。いくつもの過去を抱きながら、理香はマンションに帰るため駅に向かう。


 淡々とした時計の音が、一秒として止むことなく、理香のなかで響いている。


 もうひとつの時計を求めて、理香は改札口を通りぬける。騒々しいはずの駅のホームでも、時計の音は聞こえている。世界は動いてみえるのに、周囲の話し声も、電車の到着を告げるアナウンスも、ドアの閉まる音もない。

 すべてが虚構に思えてくる、誰もいないに等しい、偽物のような現実の世界。

 理香はひとり揺られながら、車窓にうつる自身の姿をながめていた。寂しそうではあるけれど、たしかな幸せも感じている。「わるくないよ」とつぶやいて、なんでもないように笑ってみせる。嘘をついたつもりはないのに、寂しさだけが取り残される。


 二駅目で電車を降りる。どこにも寄らずマンションに帰った。エレベーターに乗りこむ。三階についた。ドアの前にプータローはいない。ひとりで部屋に入り、ドアを閉めた。帰ってきたと理香は思った。帰ってきてしまったと理香は震えた。足が動かなくなり、玄関でしゃがみこむ。


 時計の音が聞こえない。


 理香はバッグから携帯電話を取り出した。待ってなくてごめん? いますぐ会いたい? 何を話すことができるのだろう。戸惑い、悩んで、それでも理香は進一を呼び出した。まだ戻ってはいないのか、電話はつながらなかった。


 理香は着信履歴だけを残して携帯電話をしまった。


 後悔している。帰ってきたことも、進一に電話をしたことも、なにもかも間違いにおもえる。きっと、なにをしても後悔をともなうのだろう。そばにいないことが罪だった。ずっと前から間違っていて、いまある現実は償いなのだ。


 どうしようもなくて、どうしたいのかもわからない。

 ただ、進一の声が聞きたかった。



 冷えた身体に熱いシャワーを浴びせて、リラックスできる部屋着をまとう。甘いココアをつくり、クリームレモン色のソファーに身体を沈めた。今夜はもう、誰にも会わない。進一のそばにはいられない。ココアを口にすることもなく、意識は、テーブルに置いた携帯電話に向けられている。


 まだ、心のなかでは進一を待っている。


 十分に愛されたはずなのに、終わらせてもいいと思えたはずなのに、進一の連絡を期待している。

 進一が選んでくれることを、いまでもまだ期待している。


 失いたくはなかった。困らせたくないと考えたのも、なにもかも、過去にしか幸せを探せない自分を慰めるための、言い訳に過ぎなかったのかもしれない。ほんとは誰を傷つけることになっても、傷つくことになっても、進一が不幸になっても、わがままを押し通したいのかもしれない。


 理香はソファーで待っていた。


 離れた距離が遠すぎて、恋人に呼びかけることはできない。進一が無事に帰ったかどうか、文恵とはどうなったのか、プリンとチケットが残された部屋でなにを思うのか、着信に気づいたかどうか、連絡をしてくれるかどうか。


 着信音が鳴り響く。


 瞬間、怖気づいて身体が強張った。進一だろうか? だとしても、望む言葉が得られるとは思わない。別れの言葉を聞かされるのかもしれない。ためらいながらテーブルに向かい、佐山進一の名が表示された、液晶画面を確認する。


 呼び出しに応えて、理香は待った。


 話しかける勇気をもてず、進一の声を待っていた理香の耳元に、文恵の悲痛な声がとどく。

 向こう側で泣いている、文恵の苦しみを知った。



 ふたりで部屋に戻ったと文恵はいった。理香がいなくなった空っぽの部屋に、明かりをつけて、進一は立っていることができなくなったらしい。ごめんなさいと文恵はいった。いままでのこと全部と、勝手に進一の携帯電話をつかい電話したことを理香に謝った。そして、来てください、と理香に頼んだ。布団で寝込んでいる進一が、理香の名を口にしていたらしい。涙をみせて、眠りに落ちるまで謝っていたらしい。


 そばにいてほしいのは誰なのか。声をつまらせながら文恵は告げた。


 進一は突き放したことを悔やんでいる。

 傷つけたことを悔やみ、泣いていたのは、失ったことを受け入れるために。


 理香は、すべてを伝えてくれた文恵に語りかける。


 ありがとう。でも、ダメだよ。わたしはいけない。いま、進一のそばにいるのはあなただから。進一が弱りきっているときに、わたしは何もできない場所にいる。だから、きっとこれでいいんだとおもう。わたしはいかない。進一が無事なら、それでいいから。


 進一は、すぐに新しい恋人をつくれるような、さっぱりとした性格はしていないけど、それでも文恵さんが必要で、これからもっと、あなたのことを好きになっていくとおもう。


 だから、お願い、文恵さん。進一のそばにいてほしい。ずっとそばにいて進一を助けてほしい。寂しがらないように、進一が距離をとろうとしても、けっして離れずについていてほしい。わたしにはできなかったことを、あなたならできるとおもうから。



 これからもずっと、進一を好きでいてくれるでしょ?



 進一は未練を抱えて日々を過ごすだろう。昔の女が消えてはくれない、文恵さんにはつらい状況がつづくけれど、ふたりなら、きっとだいじょうぶ。


 進一は過去(わたし)を手放して、現在(ふみえさん)を受け入れる。


 進一は文恵さんを守ることに意識を向けるだろう。

 ふたりはきっと幸せになれる。


 電話を切って、理香は思う。


 かっこいい女を演じたつもりはない。

 どうしようもなく、終わりを感じてしまっただけだ。


 もう、待っていても意味はない。わかっているのに、理香は携帯電話を手にしたまま、寝室の前に立っていた。もう二度と、触れ合える距離にいられないのなら、せめて、すべてを忘れてしまいたい。抗いながら、失ったものを求めてドアノブに手をかける。目を閉じながら寝室に入れば、時計の淡々とした響きが聞こえてくる。


 寂しくて、心細くて、閉じた両目から涙がこぼれた。


 出窓に置いた安っぽい時計。歩み寄り、そっと手にする、進一から贈られた思い出の時計。こみあげる想いが胸に迫り、嗚咽になってあふれ出した。


 進一の部屋で待っていたなら、進一は選んでくれたかもしれない。

 もう少しぐらい、ちゃんとした終わり方ができたのかもしれない。


 どれだけ涙を流しても、後悔ばかりが押し寄せる。


 失いたくはなかった。出会った頃に戻れるのなら、もう一度、同じ時計を贈り合う。忘れられない思い出を抱えて、どうやって生きていけばいいのだろう。やり直せるのなら、「いっしょに暮らそうか」と告げられた、あのときの答えを。


 別れたくはなかった。

 こんなにも愛しい人と、どうして別れなければいけないのだろう。


「やだよ」


 理香は涙をぬぐい時計から離れた。寝室を出ると、財布とコートだけ探してまわる。

 いまならまだ、間に合うかもしれない。

 いまならまだ、進一のもとへ戻れるかもしれない。

 着替える時間が惜しくて、鏡をみることもなく、泣き顔のままで玄関に向かう。練習用のスニーカーを履いて、走り出す勢いでドアを開ける。


 待ち構えていたかように、部屋の外には猫がいた。


 キャラメル色のふくよかな猫が、やたらと長い尻尾を揺らしながら、蜂蜜色の瞳で理香をみていた。

 理香は立ち止まり勢いを失う。

 眠たそうな眼をしたプータローを前に、ふいに訪れる安心感。消えていく願い。終わりのとき。


 理香は一歩も動けずに、その場で静かに泣き崩れた。


 近づく猫は涙でみえない。

 ぬくもりを肌で感じたとき、寄り添う猫がいることを知った。





 ふたりは喫茶『糸杉』で出会った。


 進一が孝雄につれられて、美咲と会うために『糸杉』を訪れたとき、理香がいたのは偶然ではない。進一が、友人である孝雄が惚れた雪村美咲を知りたかったように、理香はビアンであるはずの美咲が興味をもった、一条孝雄を見てみたかった。


 誰もがそうであるように、進一は美咲に釘付けだった。


 ちゃっかり居合わせていた理香は、美咲の男をそれなりに観察したあと、進一のことばかり見ていた。

 佐山進一の存在は、美咲から聞いた話に出てくる。

 このへんは同じだよね、と理香は思った。イメージ通りの優しそうな人だ。美咲の下僕になりたがるような、哀れな男たちとは違う感じがする。けれど、美咲がそこにいるのなら、私や樹理さんの存在なんて、この人の目には映らない。

 理香は自分が残念に思い、少しばかり落ち込んでいることに気づいてはいない。

 出会う前から関心があったことなど、まったく気づいてはいなかった。


 四人が座るテーブルに、樹理が紅茶を運んでくる。


 甘味好きであることは知られており、進一の前には、理香のお気に入りミルクティーが置かれる。進一は美咲に魅了されたまま、無意識の反応でカップを口もとに運んだ。

 そして、進一は美咲から視線を外した。

 ミルクティーのおいしさに驚いて、感心して、もう一口味わって、ようやく向かい側の席から見られていることに気がついた。


 我に返った進一は、理香の存在に気づいて、理香だけを見つめる。


 はじめて見てもらえた理香は、うれしくなって笑顔が溢れて、照れ隠しにミルクティーを楽しんだ。

 おいしいでしょ?

 相手に視線で伝えてみると、甘味仲間はミルクティーを味わい、「ほんと、おいしい」、とうれしそうに微笑みかえした。


 理香と進一は、お互いに意識を向けあい、ふたりだけで会話を弾ませる。


 美咲と孝雄が席をたったことも、ふたりにとっては些細なことで、記憶にさえ残ってはいない。

 劇団の稽古時間が迫ってくると、また会えないかどうか進一が訊いた。

 舞い上がる気持ちに戸惑いながら、明日また会うことを約束して、理香は『糸杉』を後にした。


 ふたりで会話を楽しんでいるとき。

 ふたりで見つめ合っているとき。

 自分をみてくれたとき。

 お気に入りのミルクティーを気に入ってくれたとき。

 向かい合って座ったとき。

 初めて目にしたとき。


 いつからなのか、どの瞬間だったのかはわからない。

 理香は稽古場の鏡に映った自身の姿をみたとき、「私は恋をしている」と知った。





 美咲に群がる愚かな男たちを見つづけてきたことで、美しい純愛など現実には存在しないと思うようになった。物語のような恋に落ちることを、密かに期待して、期待を大きく膨らませてもいた。


 私をみてくれる人なんて、いるわけないよね。


 樹理にも語らない密かな願望。

 恋愛も、誰かを好きになることも、理香にとっては遠い存在。

 あるわけないと思っていた夢物語。



 夢のような恋をした。


 寄り添うプータローを胸に抱いて、理香は終わりを受け入れた。

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