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かごめ  作者: らぷとる
9/25

夕餉

二章「全身全霊のディスケ」

「そういえば、あの賭けはどうするんですか?」

 俺は賭けに負けてしまった。だから俺は先輩の言うことを一つ聞かなければいけないのだが、結局バスの中では、これをしろ、というようなことは聞けなかった。裏切るな、とは言われたが、あれはどちらかというとお願いの部類だろう。

「そうたい、すっかり忘れとったばい」

 すると先輩は腕を組んで目を閉じた。少しの間悩んだようだが、やがて目を開けた。

「じゃあ今夜の飯ば作ってくれんね」

「え、夕飯をですか?」

「そうたい。孝平は料理ば出来るとやろ?一度食べてみたか。どげんね?」

「まあ、そんなことでよければ、喜んで」

 正直、もっとめちゃくちゃなことを要求されると思っていた俺は拍子抜けした。一杯酒に付き合え、とか言われると思っていたからな。

 先輩と一緒に部屋まで戻ると、なぜか部屋の前に林檎が立っていた。

「あ、先輩。おかえりなさい」

「ただいま。どうかしたのか?俺の部屋の前で」

「あの……これを……」

 と少し掲げた林檎の右手には,小さい鍋が握られていた。

「ちょっと作りすぎてしまったので、よければ一緒にどうかと思ったのですが……」

「肝心の俺がいなくてどうしようか迷ってた、ってとこか」

「はい……」

 しゅんと林檎はうなだれる。まるで悪いことをして叱られた子供のようだ。俺は林檎の頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でる。

「そんな顔するな。嬉しいよ」

「あ……」

 えへへ、と林檎は笑顔を浮かべた。うん、やはり林檎は笑顔がよく似合う。

 と、少しの間林檎の頭を撫で続けていると、もう一人の笑顔の似合う女性、つまりは天音先輩が俺の後ろから声をかけてきた。

「なんね。その子、孝平の彼女ね」

「か、かのっ!」

 あまりに突然の先輩の言葉に、林檎は音が出そうな勢いで顔を赤くした。瞬間湯沸かし器かなんかなのか。

「残念ながら違います。お隣さんなんですよ」

 肩をすくめてフォローを入れておく。

「ほぉん。見たことなか顔たい。一年生ね」

「あ、は、はい。そうです……」

 と、林檎はこそこそと俺の後ろに回り込む。どうやら怖がっているらしい。

「……ウチ、なんかしたと?」

 天音先輩はポリポリと頭の後ろを掻く。その表情はきょとんとしていた。

 俺は右手でカードキーを取りだして部屋のロックを解除しつつ、左手で後ろに回り込んだ林檎の腰を抱えてそっと先輩の前に押し出す。

「三年生の柿崎天音さん。ちょっと街で色々あって、その時に世話になった人だ。いい人だから、恐がらなくて大丈夫だぞ」

 ドアを開けつつ、林檎に微笑みかける。すると、林檎の身体に入っていた力がゆっくりと抜け、いくらかは落ち着いたようだ。

「柿崎……先、輩。よ、よろしくお願いします」

「ん。よろしく」

 さっき恐がられたことなどどこ吹く風、といった風情で、先輩は林檎と握手していた。俺は、というと、美少女と美人が握手をする構図を眺めながら、ドアを開けたまま待機していた。しかし、この二人は絵になるなあ。

「とりあえず、上がってください」

 手で中に入るように示す。

「おお、すまんすまん忘れとったばい。それじゃ、上がらせてもらうばい」

「あ、あの朝倉さん。どういう……ことなんですか?」

 ドアをホールドしている俺の服の裾を軽く引っ張り、林檎が訊ねてくる。

「ああ。色々あって、先輩に夕飯をおごることになったんだ」

「あ……そうなんです、か」

 すっと林檎は視線を足元に落とした。……いや、手に持っている鍋に、か。

「林檎も一緒にどうだ?」

 わずかに髪の間から覗くその寂しげな表情を見てしまった俺は、自然とそう口にしていた。

「い、いえそんな。私は、大丈夫ですから」

 何が大丈夫なのだろうか。

「いいから、ほら。2回も飯作ってもらったんだし、今日はそのお返しだ」

 ぽんと、また林檎の頭に手を乗せて撫でてやる。林檎はしばし目を細めた後。

「それでは……ご相伴にあずかります」

 と言って部屋に入ってくれた。



 二人にはテーブルについていてもらって、早速料理を始める。林檎が作ってきてくれた料理が肉じゃがだったので、それに合わせて和風を意識する。ちらりと二人の様子を見ると、少しずつではあるが打ち解けてきているようだ。よきかな、よきかな。手早く鍋に水を張り、火にかける。なんと、IHクッキングヒーター搭載だった。全く豪華な設備だ。人参を一口サイズにイチョウ切りし、白ネギを4cm程の長さに切りそろえていく。と、ここで部屋の扉が何者かにノックされた。俺が応対に出ようとすると、林檎がそれを制してくる。

「朝倉さんは料理を続けていてください。私が出ますから」

 と言って、パタパタとドアの方へかけていく。さっき天音先輩に対して人見知りをしたような反応をしていたのに大丈夫なのかと思っていると、林檎はすぐにパタパタと戻ってきた。

「朝倉さん。朝倉さんのお友達がお二人いらっしゃったんですけれど……」

「クラスの友達……名前は?」

「えっと、フォンさんと日比菜さん……です」

「ああ、じゃあいいや。入ってもらってくれ」

 俺がそう言うと林檎はこくりとうなずき、またドアの方へかけていく。作ろうとしたものが鍋物でよかったと思いながら椎茸に切れ目を入れたりと下ごしらえをしていく。すぐに林檎は戻ってきて、伊織と佳奈子も顔をみせた。

「やっほーコウ。遊びにきたよー」

「……やっほ」

 腰に手を当ててクシシと笑う伊織と、控えめに片手を掲げて挨拶をする佳奈子。ていうか、佳奈子ってそういう仕草もするのか。もっとお堅いイメージがあったんだが。

「あ、お夕飯の仕度してるの?手伝う?」

「いや、いいよ。客人はテーブルで待っててくれ」

 昼間と全く変わらないテンションの伊織と。

「……お邪魔、だった?」

「いやいや、そんなことないから。いらっしゃい」

 相変わらず無表情の佳奈子。

 この二人と、若干人見知りなところがあるらしい林檎と完全マイペースな天音先輩。

 今日の夕餉はにぎやかになりそうだと感じながら、俺は調理を進めていった。

『いただきます!』

 出来あがった料理を一人暮らしには不釣り合いな大きなテーブルに並べていく。ひょっとしたらこんなふうに、寮の友人たちと食卓を囲むことを想定しているのかもな。

「孝平は料理ばうまかねえ。よか嫁さんになれるったい」

 うんうんとうなずきながら少しずれたことを言う天音先輩。なるなら婿ですよ。

「おいしい、です。本当に」

 目を見開きながら一つ一つの食材を味わって食べる林檎。

「コウ、これおいしい!」

 と、俺の作ったすき焼きをぱくぱくと食べていく伊織。

「…………」

 ひょいぱくひょいぱくと次から次へ口に夕飯を運んでいく佳奈子。

 それぞれ違った食べ方ではあるが、皆に共通して言えることが一つ。喰いつきが半端じゃない。少し多めに作ったはずのすき焼きはあっさりと平らげられ、林檎が作ってきてくれた肉じゃがもすぐに無くなってしまった。

「しっかし、皆よく食べるなあ」

「だぁってぇ。コウの作ったすき焼きも林檎ちゃんの作った肉じゃがもすんごいおいしいんだもん」

「……絶品」

「だってさ。よかったな、林檎」

 ちらりと林檎を見ると、なぜか天音先輩の膝の上に乗せられていた。

「あ、ありがとうございます。あの、柿崎先輩?」

「んー?なんね?」

「私はいつまでこうしていればいいんでしょう?」

「んー。ウチが満足するまでたい」

 天音先輩は林檎にすりすりと頬ずりをする。

「孝平、この子可愛かねー。こげな可愛か子と隣同士とはうらやましかよ」

「同感です。ですが先輩、そろそろ離してあげたらどうですかね」

 空いた食器を片づけながら先輩に言うと、孝平に言われたらしょうがなかね、と言いつつ林檎を解放してくれた。

 そのまま食器を洗おうとすると、佳奈子が音もなく俺の隣に立った。

「……手伝う」

 そう短く言って、命令を待つ兵士のようにこっちをみたまま微動だにしない。

「大丈夫だ。向こうでゆっくりしててくれ」

「手伝う」

 少し語気を強められた。若干怒っているようにも見えなくもない。なぜ俺が咎められねばならんのか。

「わかったよ。じゃあ俺が皿を洗うから、それを拭いてくれ。タオルはこれな」

「……わかった」

 俺が差し出したタオルを受け取り、傍らに佳奈子は立った。手渡した食器はすぐに綺麗に水気を拭きとられ、積み上げられていく。しばらく無言の作業が続いたが、不思議とそれが苦痛に感じることはなかった。むしろ、沈黙が心地よいというか、落ち着くというか。これは佳奈子の持つ独特の雰囲気なんだろうなと思いながら、隣に立つ佳奈子をちらりと見る。

「……何?」

 視線に気づいたのか、はたまた偶然か。佳奈子もまたこちらを見た。視線がぶつかる。

「いや、なんでもない」

 妙に照れ臭かった俺はすぐに視線を戻し、皿を磨いていく。

「…………そう」

 佳奈子もまた、皿を拭いていく。ぼそりと聞こえた声が寂しそうな声音をしていたのは、きっと俺の妄想が作り出した都合のいい現実だろう。



 皿を洗った後は自然とお開きの流れとなり、まず伊織と佳奈子が帰って行った。

「じゃねー、コウ。また食べにくるよークシシ」

「……また、学校で」

 続いて天音先輩も席を立つ。

「ほいじゃ、ウチも帰るったい。長居ばしてしもてすまんかったね」

 しかし先輩も、また来るたい、といって帰って行った。

 こうして部屋には俺と林檎が残された。では私も、と立ちあがった林檎を、俺は呼びとめた。

「林檎、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

 林檎はきょとんとしたあと、いいですよ、と座ってくれた。

「それで、聞きたいことってなんですか?」

「ああ、これなんだけど」

 と言って、俺はPIASを取りだす。

「これで能力を解放したり、封印したりするだろ?どういう仕組みなのかを知っておきたくてな」

 模擬戦の時もそうだったが、PIASの機能の一つとして、能力の解放がある。授業の終了のときにはしっかり封印にしておくように指導された。だが、一体どうやって封印と解放をしているのか、ひょっとしたらそんなことをしなくても能力が使えてしまうのではないかという疑問が俺の中を駆け巡っていた。

 林檎は少し考えたあと、整理がついたのか、口を開いた。

「私達が使う超能力は、脳波と関係があるんです。γ波がある一定以上の数値を越えたときに、超能力が発現すると言われています」

 林檎もポケットからPIASを取りだす。

「このPIASの機能の一つが、そのγ波を打ち消すというものです。原理までは私はわからないです。ごめんなさい」

 よくわからん。γ波ってなんだ?

「γ波は人の集中力を表すんだそうです。集中すればするほど、γ波は強くなるみたいです。封印状態の時は、このPIASから集中力を乱すような電波が出されている……らしいです」

 それで先生も伊織も、能力を使う時に強くイメージしろ、って言ってたのか。

 しかし、伊織が戦っているときはそんなに集中しているような感じは無かった。まるで呼吸をするかのように自由に能力を使い、まあ、女の子をいじめていた。俺と戦った神原もまた、さほど集中することなく土柱を生やしていた。個人差があるのか?

「能力は使えば使うほど、脳がその使い方を覚えていくんです。そうすれば、さほど集中しなくても使えるようになるんですよ」

 てことは俺はその時点で出遅れてるのかと少し落胆する。一年というブランクの壁はこういうところでも立ちふさがるってのか。

 ため息をつく俺を見て、林檎は何を思ったのか、俺の右隣に席を移した。

「朝倉さん、大丈夫です。朝倉さんなら、きっと」

 そう言って、俺の左手をその小さな手で包み込む。

「模擬戦の話、伊織さんに聞きました。ブランクなんて関係ないです。朝倉さんは、十分強い力を持ってます」

 だから、大丈夫です。と、力強く俺の手を握る林檎。その瞳は一片の疑いもなく、俺を見据えていた。それを見ていると、心が落ち着いていく。不思議と、やれるという自信がついていった。

「サンキュ。おかげでなんとかなりそうだ」

「そうですか?なら、よかったです」

 名残惜しそうに林檎の手が離れていく。

「そういえばもう一つ聞きたいんだけど、林檎の能力って何なんだ?」

「私、ですか?私はタイプMです。未来予知の能力ですよ」

「へえ。便利そうだな」

「そうでもないんですよ」

 林檎によると、タイプMに分類される人はかなり多いらしい。タイプMに分類された後、その能力の範囲によってまた細かく分けられるんだとか。同じ未来予知でも、明日の天気を当てる、といった程度のものから、大災害を当てるといったものまで様々だ。また、能力の強さによって的中率も変わるという。

「私の場合は近い未来のことをかすかに見ることができる、というものです。その代わり、的中率は今のところ100%ですよ」

「やっぱり便利じゃないか」

「それが、意識して未来を見ることができないんです。お告げのように、ふわっと舞い込んでくるだけなので」

 そりゃ確かに不便かもしれん。

「そうか。悪かったな、引きとめて」

「気にしないでください。また何かあったらいつでも言って下さいね」

 そう言って、林檎もまた自分の部屋へと帰って行き、部屋には俺だけが残った。

 にぎやかだった空気も今は静まり返り、どことなく肌寒いような雰囲気さえ漂わせている。今までも一人でいることは多々あったが、こんな気分になった事は無かった。

 寂しい。

 今の俺の気持ちを素直に表現するなら、これ以上適切な言葉は見つからなかった。

「これが寂しいっていう気持ち、か」

 俺がこんな気分になったのは、やはり林檎や伊織達のせい、いや、おかげだろう。俺は改めて、この新しい生活に感謝をした。


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