正しい力
二章「全身全霊のディスケ」
鳥籠塔を後にした俺は一度寮に戻り、制服から私服に着替えてまた寮の外へと出る。目的は食材を買うためだ。
「いつまでも林檎の世話になるわけにもいかねえしな」
ちょうどやってきたバスに乗って駅前へ。そして駅前にある商店街へと足を運ぶ。林檎曰く、駅から少し離れたところにあるスーパーに行くよりも近く、安く、かつ良質な食材がそろっているそうだ。なんでも、商店街の近くに出店した大型チェーンのスーパーは1年と持たずに撤退したという逸話があるらしい。
ひとまず米と肉、それから野菜をいくつか買い、重たくなった手荷物を抱えてバス停へと戻ろうと歩いていると、後ろから声をかけられた。
「おーい、孝平じゃなかね?」
振り返ると、やはり荷物を抱えた天音先輩がそこにいた。
「なんね、孝平も買い物ばしに来たとね」
「まあ、そんなところです」
荷物をかかげて見せる。
「ほぉ、食材ばっかじゃね。孝平は料理ばできると?」
「ええ、まあ少しは。簡単なものしか作れませんよ。先輩は何を買ったんですか?」
「ああ、これね」
ビニール袋には縦長で長方形をした箱がいくつか入っていた。うっすら見えるラベルにはやけに達筆な漢字が書かれていた。
「これはウチの地元の酒たい。こっちでも買える聞いたばってんが、なかなか見つからんかったったい。ようやくここで見つけたとよ」
「酒って……先輩未成年じゃ」
「固いことば言うんやなかたい。週末に少しばかり飲むだけったい」
ふいっと天音先輩はそっぽを向いた。若干ばつが悪そうな表情なのは、本人も悪いことだとはわかっているのか。
「まあ、いいですよ。先輩これから帰りですか?」
「そうたい。酒ば持ってうろついちょってもよかことのなかけん」
こちらを見て少しはにかむ。
「なら、一緒に帰りませんか?」
「そうね。ちょうどよかことやし一緒に帰るばい」
うんうんとうなずく先輩と一緒に、俺たちはバスに乗った。都合よく空いていた二人掛けのシートに並んで座ると,先輩はこちらの顔を覗き込んで言った。
「今日は孝平の初登校たい。自分の能力ば把握したと?」
「ええ、まあ。タイプEって言われました」
「タイプEか。よか力たい」
目を閉じ,口角を少し上げる。子供の成長を喜ぶような、優しさにあふれた笑みだ。
「先輩の力はどんなのですか?」
「ウチ?ウチの能力は……」
と、そこで先輩は一度言葉を切った。すると、何かを閃いたような表情をして、身体を起こした。
「孝平、当ててみんしゃい」
「え?」
「ウチの能力ば当ててみんしゃい。見事当てられたらウチがご褒美ばあげるたい。その代わり外れたらウチの言うことば一つ聞いてもらう。どげんね?」
首を軽くかしげて先輩はこちらを見つめる。今度は先ほどの優しげな表情とは打って変わって、こちらを挑発するような笑い方だ。よく表情が変わる人だと思いつつ、俺はその挑発に乗ることにした。
「いいですよ。そのゲーム、乗りましょう」
「よかよか。それでこそ男ばい。それで、孝平の答えはなんね?」
俺は思いだす。柿崎天音という人の、俺の知りうる限りの全てを。
まず、キックが強い。次、笑顔がまぶしい。いつも凛とした雰囲気を携えている。なぜか酒飲み。しかし、いくら思いだしても能力がわかるような情報は何もない。もっともそれが当然なのだが。
「んー、火を操る……とかですか?」
「残念、ハズレたい」
チッチッチ、と先輩は人差し指を立て、横に振った。
「ウチの能力はタイプF。身体能力の向上たい。学校じゃどこにでもあるような平凡な能力たい」
ばってんが、と続けて、先輩は少し表情を引き締めた。
「ウチらみたいに力を発現させられる人間は数ば限られとる。中でも、ウチや孝平みたいな力は直接人を傷つけられる力ば持っとるたい」
ふと見ると、先輩の両手は強く握りしめられていた。
「力は正しく使わないかんばい。それがたとえ、どがん強か力であってもばい。そのことば忘れてはいかん」
先輩はそこまで言うと、ふっと表情を緩めた。
「ばってん、ウチは孝平のことば気に入っとうたい。そげなことばする男やなかと思っとる」
だから、と先輩は続ける。
「ウチの期待、裏切らんとって」
またふっと、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。気がつくとバスはすでに寮の前に止まっていた。随分と時が経つのが早く感じられて、人と話していることの楽しさを俺は実感していた。
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