忌み子
二章「全身全霊のディスケ」
「近づくな……って、どういう意味だ?」
少女の剣呑な雰囲気にのみ込まれそうになりながらも、俺は口を開いた。少女はなおもこちらを凍りつかせるような視線で見据えている。
「そのままの意味よ。ここに二度と来ないで」
「なんでだよ。別に立ち入り禁止とも何とも書いてなかったぞ」
「……はぁ」
少女は少しうつ向き、ため息をついた。まるで聞き分けのない子供をあやすことに疲れた母親のような、苛立ちを含んだ表情をしている。
「もう一度言うから、よく聞きなさい。二度とこの塔に近寄らないで」
「理由を教えてくれ。いきなりそんなことを言われても納得できない」
「死ぬわよ?」
少女は再びこちらを見る。左右の色違いの瞳が俺を見る。
「いいわ、理由を教えてあげる」
少女は手で車いすを押してテーブルまで移動し、ティーカップを手に取る。
「私は呪われし忌み子。ここは私を隔離するために作られた鳥籠なのよ。人は鳥籠の外から餌を与えるだけ。決して中には入ってこないわ。あなたは人間でしょう?なら、ここには入ってはいけない存在。これが理由よ」
あっさりと少女は言ってのける。そういえばこの塔の名前は“鳥籠塔”だったと思いだしつつ、しかしやっぱり納得できない理由に首をひねる。
「悪いが、それじゃあ納得できないな」
「そう。なら別に止めはしないわ。忠告はしたものね」
「また明日来てもいいか?」
「好きにしなさい。いずれにせよ苦しむのはあなたで、私ではないもの」
心底興味がなさそうに少女は言い放つ。目を閉じて紅茶をすする姿はまるで西洋画のように芸術的で、見るものすべての心をとりこにしてしまうかのような美しさを携えていた。
「いつまでそこで見ている気なの?」
「え?ああ、悪い。……それじゃ、また明日」
俺の言葉には口で答えず、少女はカップを掲げて挨拶をした。
部屋を後にして、元来た道を戻る。長い長い螺旋階段を下り、塔の外へと出たところでふと思いだした。
「名前聞くの忘れてたなあ」
まあ明日があるさ、と気持ちを切り替え、寮へと向かって歩きだすのだった。
遠ざかる彼の後姿を、私は窓から見ていた。誰も近寄ろうともしないここへとわざわざ足を運んだ物好きな男子生徒。朝倉、孝平。
「……本当、変な人」
空になったティーカップをコースターに置きながら、彼の残した言葉を反芻する。
「また明日、ね……」
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