かごめ
序章「因果律のユビキタス」
「じゃーね、コウ。また明日」
特別授業も終わり、夕飯の買いだしに行くと言う伊織と別れ、俺は校舎をぶらぶらと散歩することにした。教室から学食へのルート、屋上への行き方。他にも色々な場所の位置を把握していく。おおむね校舎の全体を回った俺は、ふと、大きく聳える時計塔が目にとまった。この学校の校舎は運動場が無い。代わりに大きなアリーナがあるからだ。そしてアリーナから少し離れて、教室などがある一般棟がある。これだけでも大分広い面積を取るのだが、それでも学校の敷地の3割程しかない。さらに遠く離れたところには緑が広がっていて、森のようになっている。その中に、木々さえも届かないほど大きな時計塔が立っているのだ。
「最後はあそこに行ってみるか」
一般棟を出て、しばらく歩く。10分ほど歩いたところで森の入口へと到着する。おおよそ1キロは離れているようだ。
森の中は綺麗に掃除されていて、道すらできている。その一本の道を歩いていくと、時計塔の根元にたどり着いた。円柱の塔で、直径は20mくらいはあるだろうか。
鳥籠塔。
表札にはそうかけられていた。扉は重厚な鉄の扉で、鍵はかかっていない。好奇心に駆られた俺は、中へと入る。ギシギシときしむような音を立てて扉が開いた。中は何も無く、ただ広い空間が広がっている。明りすらなく、夕暮れ時に差し掛かっている今では、中は薄暗い。
よく目を凝らしてみると、奥に階段がある。らせん階段になっていて、上まで登れるようだ。せっかくなので、登ってみる。
段々窓が増えてきて、外からの光を取りこんでいく。今はもう外とあまり変わらない明るさになり、足元もしっかりと見えるようになった。しかし、階段は終わらない。
およそ6階分くらいの階段を上ったところで、一つの扉にたどり着いた。木でできた扉で、人が一人通ることができるくらいの小さな扉だった。
扉を開けて中に入ると、そこには部屋が広がっていた。壁には窓か本棚が設置されていて、床は高級そうなカーペットが敷かれている。部屋の中央にはマホガニーの円テーブルが置いてあり、ティーセットが載っていた。まるで中世ヨーロッパの部屋のような異国情緒を漂わせるこの部屋は、しかし、どこか寒気を覚えた。
ふと気がつくと、一つの窓のそばに車いすが置いてある。その上には黒いワンピースを着た、長い銀髪の人形が乗っていた。膝に分厚い本を乗せ、外の風を受けながら、まるで本を読んでいるかのように……。
「……誰?」
「っ?!」
人形だと思っていたのはどうやら人間だったらしく、ゆっくりと本から顔を持ちあげ、こちらを見る。その目は左右の色が違っていた。右目が蒼、左目が紅。本当に人形だと錯覚するほどに整った顔立ち。くっきりした目と、小さな口が印象的だった。
「あなたは、誰?」
その口からつむがれる言葉の一つ一つはまるでオーケストラの演奏のように、俺の心に響いてくる。重く、はっきりと刻みこまれる。俺を射抜くその双眸は、まるで俺の全てを見透かすかのような、強い意志の力を感じ取れた。
「俺は……朝倉、孝平。今日から転校してきた」
「そう。なら、あなたに一つ、忠告……いいえ、警告をしておくわ」
すうっと息をため、こちらをしっかりと見る。合わせて、俺も彼女のオッドアイを見つめる。
「二度とこの塔に、そして私に、近づかないで」
低く、地の底から響くような。地獄の釜の煮える音だと言われれば納得してしまいそうなほどに恐ろしい雰囲気を纏わせた声で。彼女は、そう、告げた。
これで序章終了、次回から第2章になります
ご意見・ご感想等ございましたらよろしくお願いします