模擬戦
序章「因果律のユビキタス」
「今日の特別授業は模擬戦だ。」
教室に入ってきた特別授業担当の先生――唐草先生は、開口一番、そう告げた。
そして今、俺たちはアリーナと呼ばれる特殊な施設にやってきている。ここは特別授業のための、特別に金がかかった施設である。ボタンの操作一つで、200m四方の地形が変わり、様々な状況を再現可能という、超ハイテクな施設だ。ホログラムと物理演算、そして特殊な力場発生装置による疑似的地形再現システムだとかなんとか、難しい言葉で説明された。
「さっきも言ったが、今日は模擬戦を行う。トーナメントも近いからな。地形は普通の運動場だ。やりたい奴は前に出ろ。誰かいないか?」
と先生は声をかけるが、誰も手をあげようとはしない。と思ったら、伊織が俺の脇を小突く。
「コウ、やってみたら?」
「バカ言え、さっき使えなかっただろうが。俺にはまだ無理だ」
「実戦で学ぶことも多いと思うよ。えっちだって、本で読むより実戦の方が上達はやいっしょ?クシシ」
「ああ、確かに……っていきなりお前何言ってんだ」
この微妙なところで堂々と下ネタを言ってくるクラスメートは、扱いが難しそうだなと思いつつ前を向く。すると、唐草先生と目があった。
「よし、転校生の実力を測ろう。おい朝倉、こっちに来い」
「え、俺?」
「他に朝倉はいない。いいからこっちに来い」
厄介なことになった。まずい。とてもまずい。
「相手は……そうだな、神原、お前がいい」
一人の男子生徒を唐草先生は選びだした。
神原と呼ばれた彼は、よろしく、といって反対側の開始線に向かった。
「いいか、朝倉。難しく考えるな。お前の能力はお前が望んだものの大半を叶えてくれる。強くイメージしろ。祈れ。身体中を流れるエネルギーが能力を発現させたいところに集中する感じだ。後は……慣れろ」
開始線に付き、軽く地面を踏みしめる。ホログラムとは思えないほどリアルな地面がそこにあった。軽く蹴り上げれば、ちゃんと砂煙も立つ。その様子を見ながら俺は、気分が高揚するのを感じていた。と同時に、思考がクリアになっていく。自分が何をすべきなのか。それがまるでパズルのように組み合わさっていく。
ああ、過去の経験は後々になってから活きることもあるのだと納得しながら、相手を見据える。距離、およそ50m。
「準備はいいか!能力リミッターを解除しろ!」
PIASを取りだし、能力のリミッターを外す。しかしこれ、どういう仕組みになってんだ?今度聞いてみよう。
「よし……始め!」
先生の合図とほぼ同時に、足元がぐらつくのを感じた。地震?
考える前に足が動く。横に跳んで走る。後ろではゴゴゴという音と共に、地面が持ち上がっているのが見えた。どうやら相手は土を自在に操る能力のようだ。この“グラウンド”というフィールドではとても有利ってわけだ。
(ま、それならそれでいい。なんとかするさ)
ジグザグに、時に真っすぐ、あるいは後ろへとステップを踏みながら相手に近づいていく。なおも地面は持ち上がり、3m程の土の柱が俺の後方に乱立していた。
(フィールドが段々小さくなっていくのはちょっとヤバいな)
短期決戦、これしかない。
だが、こちらが接近しようとすると相手は土の柱を生やして牽制してくる。近づくのは容易じゃない。もっと早く移動する必要がある。
(くそっ。せめてなんか能力が使えたら……)
無い物ねだりをしても仕方がない。左右にステップを踏みながら、少しずつ、少しずつ接敵していく。時に小さく左へ、時に大きく右へ。くるくると舞い踊る花びらのごとく。
なかなか土柱に当たらない俺に業を煮やしたのか、神原は新たな技を繰り出してくる。生やした土の柱から、土で出来た塊が射出された。すんでのところでかわすことができたが、あたると相当に痛そうだ。射程も10mくらいはある。
「これは……まずいな」
周りには何十という柱が屹立している。これらの全てからあの球が発射されるとすると……かわしきれない。
「コウー!頑張ってー!」
離れたところにある観客席では伊織がこっちに向かって手を振っていた。すると、それを見た神原がなぜかいきり立つ。
「くそっ……くそっくそっくそっ!なんでお前が……お前なんかをフォンが応援するんだ!」
激昂した神原が一斉に土球を発射する。狙いは俺の頭部だ。全方位から迫る球をしゃがんでかわす。頭上で土がはじけた。土が身体に振りかかる前に前に跳ぶ。
「やるねえ。がんじがらめにしようかとも思ったんだけど……これならDo-Dai!」
お次は柱が変形する。柱に対して直角、地面に対して平行に針が伸びる。
「グラウンド・ジャングル!」
技名まであんのかよ。ご苦労なことだ。
針同士が触れ合い、周りを覆う。四方をあっという間に囲まれ、逃げ場がなくなる。俺に残された行動範囲は3m四方といったところしかない。今あの土の球を撃たれれば確実に当たる。
絶望的な状況の中で、思考だけが妙に冷静に働く。
逃げ場なら、あるじゃないか。上を見る。覆われていない。青空が見えた。
(やって、みるか)
集中。足元に電気が流れるイメージ。
(筋肉に指令を出すのは電気信号。なら、俺の能力で指令を作り出す!)
跳躍。3mはある土の檻を、上に跳んで――いや、飛んで――抜ける。5mは飛んでいるような感覚だ。
着地。前に転がり、受け身を取る。そのまますぐに起き上がり、神原に向かって走る。先ほどの電流がまだ効力を発揮しているのか、異様な速さで駆け抜ける。30mの距離を一気に詰め、神原の目の前に。
足元が揺れるのを感じる。が、気にしない。戦っていてわかったが、この能力は発現させるまでに時間がかかる。柱が生えるより、こちらの方が速い。
腰だめに構えた右こぶしを突きだす。同時に身体を反時計回りにひねり、体重全体をこぶしに乗せるイメージ。神原は能力を使うことに集中していたせいか対応しきれず、まともに腹に受けた。素早く腕を引き、衝撃を最大限伝える。
「ぐ……っがはっ」
神原はえづいて地面に倒れ、気を失った。
ああ、やりすぎたかもしれんと後悔するが、もう遅かった。後ろで試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
「朝倉、お前一体何をした?」
「足に弱く電流を流しただけです」
試合後、唐草先生に質問をされた。試合の中で、どこで、どんなふうに能力を使ったのか。
「なるほど。電気刺激によるドーピングか。いい発想をしているな。だが、それは諸刃の剣だ、気をつけろ」
「どういうことですか?」
「人間の体ってのは電気的な抵抗が高い。なぜだかわかるか?」
「いえ、わかりません」
「脳からの電気信号を弱めるためだ。人間の体には常時リミッターがかけられている。なぜか。それは筋肉が全力を出すと身体を壊すからだ。火事場の馬鹿力ってのはこのリミッターが外れた状態のことを指す。お前がやったのは能力を使って、このリミッターを外したんだ。使い続ければ確実に身体を壊す。肝に銘じておけ」
言われてみると、両足が少し痛む。ビリビリと、寒い日に風呂に入った時のような痛みが続いていた。
「ああそれから神原だがな。気にしなくていい。よくあることだ。次にああなるのは、お前かも知れんぞ?へっへっへ」
そう言い残して唐草先生は次の試合の指示を出しに行った。俺も観客席に戻ると、レイジが声をかけてきた。
「孝平、お前いきなり超能力使ってたろ。才能あんなあ、羨ましいぜ」
「まあ、伊織の特別授業のおかげでな」
あの時は使えなかったけど。
「そのフォンだがな、次の試合だぜ、見ててみろ。上級者の戦い方ってのが見れるはずだ」
言われてフィールドを見ると、地形は湖に浮かぶ小島へと変貌していた。どうなってんだよこれ本当に。対戦相手は女学生だ。
始めの合図と共に、湖から何本もの触手が伸びる。太さも長さもバラバラだ。すると伊織はこっちを見て、なぜかウィンクをする。すると触手が一斉に動き出し、統率のとれた鋭い動きであっというまに女生徒を絡め取る。あっけない試合終了だった。
はずだった。
女生徒を絡め取った触手はなおも動き続ける。細い触手を巧みに操り、女生徒のスカートをまくりあげ……って何してんの?!
「おいこら伊織!何やってんだお前は!」
「サービスシーンだよコウ!」
にこやかに答えながらも触手は休めない。女生徒は顔を真っ赤にしながら抵抗するが、なんの意味もなしていない。
「レイジ」
「おう」
「上級者の戦い方って、これか?」
「いや、……スマン」
結局伊織は唐草先生にこってりと絞られ、げっそりした顔で戻ってきた。
「コウー怒られたー」
「当たり前だ。自業自得だろうが」
「ちぇー。ちょっとしたいたずらなのにー」
人をひんむこうとしておいて何がいたずらだ。
「でもでも、コウってば強かったねー。最後の突き、普通のパンチじゃなかったもん。何かやってたの?」
「ああ、まあな。昔色々あってさ」
小さい頃の嫌な記憶がフラッシュバックする。少し眉をひそめた俺を見て、伊織はあわてて言った。
「いいよいいよ、言わなくて。コウ、辛そうだもん。聞かないよ」
そして、いきなり抱きついてくる。
「大丈夫。何があったのかは知らないけど、今は私がいるよ。安心して」
子供をあやすように、優しく、背中をなでてくるのだった。
初の戦闘シーンです
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