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かごめ  作者: らぷとる
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街の探索

序章「因果律のユビキタス」

 次の日。

 俺は調理器具を求めて、10時過ぎくらいに外出することにした。さしあたって、いくつかの鍋とフライパン、まな板、包丁があればなんとでもなるかとアタリをつけ、それならばホームセンターを探そうと、駅前に行くことにしたのだが。

「まさか、最寄り駅まではバスで移動とはね……」

 昨日も駅からはバスで移動したのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、この寮、駅までは少しばかり遠い。必然とバスで移動することになってしまう。帰りは、というと、やはり荷物を持ったままバスで移動することになるのだろう。本数が多いのが救いだ。




 駅前というのは大体なんでもあるらしく。

 ホームセンターを探し歩くうちに、本屋、スーパー、ファストフード店、コンビニ等々、生活する上でお世話になりそうな店を次々と見つけた。

 目的であるホームセンターもさほど見つけるのに時間はかからず、購入した鍋やフライパンを背負っていたバックパックに入れ、そろそろ帰るか、と思いバス停に向かおうとしたまさにその時である。

「おい兄ちゃん。ちょいとこっち来てくれねえか」

 金髪の髪を肩まで伸ばし、三角形にも見えるサングラスにリング状のピアスを耳にぶら下げた、まるでテレビの中の悪役といった出で立ちの、恐らく種族的には人間であろう男に声をかけられた。

「俺これからデートなんだけどよぅ、金がなくてよぅ。ちょいと貸してくれねぇか、必ず返すからよぅ」

 と、ニヤニヤしながらにじり寄ってくる。

 正直あまりこういうのには関わり合いたくないが、ふと辺りを見渡すと、ここは大通りを外れ、やや薄暗い路地だった。人通りはお約束というか、ほとんどない。どうやらフラフラと歩いているうちに迷い込んでしまったらしい。

「なぁ、別にいいだろ?俺達友達じゃねえかよぅ」

 なおもじりじりと近づいてくる男。こんなやつと友達になるくらいならいっそ一人ぼっちの方がなんぼかマシだと叫びたくなるのをこらえ、映画か何かの台詞を思い出していた。

 常にクールでいろ。怒りは勇気を与えるが、同時に判断を曇らせる。戦場ではクールに行こうぜ相棒。

 戦争物の映画と今の状況とでは緊迫感に月とすっぽんほどの差があるが、努めてクールに対処しようと試みる。まずは現状の把握だ。

 ここは裏通りで人気は無し。俺は丸腰。相手はナイフを手に持っている。……ナイフ?

「金を出せっつってんだろうがよぅ!」

 いつの間にか取りだしたであろうバタフライナイフを構え、3m程離れた位置からいきなり切りかかってきた。ここまで考えるのに必死で、一切の応答をしなかったのがいけなかったのであろうか。

 ともかく、なるべくダメージを減らそうと受け流しの構えを取るが、いかんせんナイフの軌道が読みづらい。この男が強いというわけではない。素人すぎて予測不能なのだ。

 これはもう駄目かもわからんね、と、新生活二日目にして人生の幕を下ろすことを覚悟し、ナイフが振り下ろされる瞬間、俺は目をつむった。


 ……静寂。

 いつまでたっても、想像した衝撃はやってこなかった。

 ……苦悶。

 代わりに耳に届いたのは、俺ではない誰かがうめき苦しむ声。

恐る恐る目を開けると飛び込んできたのは、すらりと伸びたしなやかな生足だった。そのつま先は延ばされ、金髪男のもつナイフ――正確には持っている手の親指――を的確にとらえていた。

「おんしゃあ天下の往来でなんばしよっとかね!」

 そのままの体勢で、この足の持ち主は声を張り上げた。とても片足で立っているとは思えぬその大声は表通りまで響いたらしく、何人かの人が何事かとこちらに集まってきていた。

「くそっこのアマ……」

 ギリギリと歯ぎしりが聞こえてきそうなほど金髪男は歯を食いしばり、先ほど取り落としたナイフを拾ってそそくさと逃げて行った。

「あんた、大丈夫かい?」

 両足でしっかりと地面を踏みしめ、こちらを向いた恩人は、髪を肩口でバッサリと切りそろえた女性だった。

「気をつけた方がよかよ。この辺はああいう輩の縄張りたいね。あんたみたいにおとなしそうな人ば見たらまず声ばかけてくるけん、うろつかん方がよか」

 にかっと笑うその人は、一見したところでは恐らく、同年代だろう。

「っと、自己紹介ばしとらんかったったいね。ウチは柿崎天音(カキザキアマネ)。天音でよかよ。風丘学園の3年たい」

「あ、俺は風丘学園2年の朝倉孝平です。本当、助かりました。ありがとうございます」

 天音と名乗った女性は少し目を丸くした後、またにかっと笑って、

「よかよか。お礼ばきちんと言える後輩を持って、ウチは果報もんたい。どげんね、連絡先ば交換せんと?」

 言いながら携帯を取り出してくる。赤外線でぱぱっと連絡先を交換し終えた俺たちは、お互い寮に帰るところだったということもあり、一緒に帰ることになった。



「ほぉーん。孝平は転校生ね」

「ええ。明日から学校に通うことになってます」

 帰りのバスの中で、俺たちはお互いのことを聞きあった。それによると天音さんは、遠くの地方からこっちに一人で上京してきたらしい。向こうにいたころに空手を習っていて、さっきのすさまじいと形容するに足る蹴り技はそのときに磨いたものらしい。

 あまり自慢できるようなものじゃない、と、天音さんは苦笑いをしていたが。

 駅に向かうときは長く感じた移動時間も、話をしているとあっというまに過ぎ去って。気がつくとバスは、学生寮前についていた。

「ウチはB棟ばってんが、孝平の部屋はどこね?」

「俺はC棟ですね。C-332です」

「ほいじゃあ、ここでお別れたい。ウチはB-202やけん、いつでも来たらよか。またな」

 太陽のような満面の笑みを浮かべて、天音さんはB棟の方へと歩いていった。

「なんか、すごくさっぱりした人だったな」

 部屋へと戻る道すがら、天音さんのことを思い出していた。天音さんの印象……サバサバしていて、凛としていて、キックが強くて。笑顔がとてもまぶしい。……あと、スタイルがいい。巨乳だった。

「って、何考えてるんだ俺は」

 煩悩にまみれそうになっていた頭を振り、夕飯は何にしようかと考え、そこで俺は思いだした。

「食材、買ってねえや」



「はい、出来ましたよ」

「いやほんと、悪いな」

 今日も今日とて林檎の部屋で夕食を取ることになった。決して俺から言いだしたわけではなく、林檎の方から誘ってきたのだ。断じて、たかっているわけではない。

「いいんですよ、私がお誘いしたんですから。それより、早く食べてください」

 差し出されたのは、エビのカルパッチョ、コーンスープ、麻姥豆腐に白米といった、和洋折衷どころか中華までこんにちはするというメニューだった。が、それぞれのレベルがとても高く、組み合わせが気にならないくらい絶品だった。

「しかし、林檎はほんとに料理が上手いな」

 そんなことないです、と謙遜しながら、テキパキと皿を片づけていく。一切の無駄がないその動きは、とても家事をやり始めて2カ月、とは思えなかった。

「なあ、林檎はよく家の手伝いとかしてたのか?」

「そうですね……普通くらい、でしょうか」

 どうやらしばらく水につけておくことにしたらしく、林檎はすぐに戻ってきた。

「私は一人っ子でしたし、両親も忙しかったので。大きくなるにつれて、私がやらなきゃいけなかったんです」

 そう話す林檎の表情はどこか遠くを見ているようで、切ないような、苦しいような表情をしていた。辛い思い出でもあるのかもしれないと思った俺は、

「そうか。えらいな」

 林檎の頭を、そっと、優しく撫でてやることくらいしかできなかった。

 まあ、また撫でてやるって約束もしたしな。


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