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修羅の騎士団  作者: 翠嵐
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青の休日後編

ブルー編、後半です。

私には名前が二つある。


『これからよろしく!……あぁ、名前がなかったな。』


『全てを捨て、私の部下になり付き従え。……未来を、お前の希望を見せてやろう。』



どちらも大切な人がくれた、大切な名前。




『よし!お前はいまからハルナだ!いい名前だろ?な、ハルナ。』


『新たな名はブルームーン。貴女に似合う美しい名前でしょ?ちょうど諜報員が欲しかったんだ。よろしく、ブルー。』



どちらも私に居場所をくれた人。護ろうと決めた人。




――だけど、

私は片方を捨てた。裏切りの傷とともに。



**


右目を青色に変えることが出来る。生まれつきだった。


自分が起こした風なら操れた。竜巻を起こすことも、自分の体に風を纏い、空を飛ぶことも。




――何も知らなかったけど、狭い世界しか知らなかったけど、……自分が異端であったのは分かった。




親はいなかった。

死んだか、捨てられたか。

ともかく、物心ついた頃から汚くて残酷なスラムで一人で生きていた。


名前はなかった。

呼ばれることもなかった。

ただ、蔑みと薄気味悪さが混ざった目を向けられてきた。


スラムでの鉄則、『情けをかけてはいけない。』『誰も信じてはいけない。』これだけを守りながら生きていた。


だから一人で生きていた。何もかもを奪いながら。

食べ物も金も命も。

いつしか、化け物と呼ばれるようになっていた。


呼び名の通り、化け物らしく振る舞っていた。




けど、

そんな化け物に手を差し伸べてくれる人がいた。


『初めまして。俺はイズルってんだ。』


不器用な笑顔を浮かべた、自分より少し年上そうな男。




このイズルと名乗った胡散臭い男に、出会った時から何故か惹かれた。


私が七歳くらいの時だから、その時は十二くらいのはず。


とにかく、この頃から変わっている男だった。

生気を無くした人間が集まるスラムでキラキラした目をしていて、そもそもスラムの人間でもなくて、化け物に話かけて………。


上げればきりがないくらいある。一言で言えば酔狂。これに限る。


まず、クレンスという姓を持っていること。スラムで姓名をもつ奴なんてそうそう居ない。職かなにかで失敗して堕ちてきたやつら等はたまに持っていることもあるが。

何処から来たか知らないが、スラムで生活しなければならないわけではないはずだ。何故好き好んでスラムに来たのか分からない。


……と本人に聞いた所、『やりたいことがあったから。』と返された。


その『やりたいこと』のために私を勧誘したとのこと。


『強くて素早い奴が欲しかったんだ。噂でスラムに化け物みたいに強い奴が居るって聞いてな。……実際に来てみて驚いたよ。こんな可愛い女の子だったなんて。』


そう言って笑ったのを覚えている。



本当に、変わっていた。

化け物に手を差し伸べて、名を与えて、笑いかけて……。


本当に、可笑しい人。

だけど、その可笑しい人に惹かれたのは私。


その人のために戦い方をがむしゃらに覚えたのも私。


生まれつきの大嫌いだった力に『風乱』と名前を付けて技を磨いたのも事実。



――護ろうとした。



恩返しのつもりでもなく、この人の利益のためでもなく

……傍に居たくて。





イズルのために何でもやった。

小さなナイフを振り回しながら、彼が望むことのために何処にでも行った。


スラムで二人で暮らすことになった。常に不思議な香りがする小屋に、花の香りに惹き付けられるように、必ず誰かが訪ねてきた。

何かを持ってくる者、難しい話をしにくる者、……命を狙ってくる者。


何をやっているのか、私には理解出来なかった。

分からなくてもいいと思った。


私は、イズルを護れればそれでよかった。


居場所をくれた大切な人だったから。


……だけど、私は忘れていた。

スラムでは誰も信じてはいけないことを。





**


「もう一度聞く。アオイの情報を売った?」


ナイフの刃先はブレない。意志の強さが感じられる。

一度絶縁したとはいえ、昔馴染みの仲間に刃を向ける……返答次第では本当に殺す気だろう。


「……売っちゃあいない。」


「嘘。」


「まあ聞け。俺は『売ってはいない』んだ。」


「……その心は。」


「『忠告』しただけだ。」


カシャン。


「………。」


「………。」


「……とりあえず、こんな狭い所でナイフ投げないでくれ。あーあ、やっとてにいれたストング産の香水のビンが割れちまった。」


「だったら避けないでよ。」


「ムチャ言うな。」


忠告と言った瞬間、俺に向けていたナイフを持っていない方の手から別のナイフが放たれた。

眉間を狙って飛んできたナイフを間一髪で避ければ、後ろにあった香水のビンに刺さった。


室内に新たな甘い香りが漂い始めた。


「だから、情報は売ってない。無償で教えてあげただけ。」


「……慈善活動はしないんじゃなかったの?」


「あまりにも死に急ぐもんだから、ちょっとだけ注意しただけだ。お得意様だったからな。」


「………。」


「まあ、特別部隊の存在をちょこっと教えただけだ。アオイ・ナイトウォーカー個人のことは教えてない。」


「……アオイを見て特別部隊と思うのは、初めての奴には無理でしょ。特徴とか教えない限り。」


「『死神』、『子ども』。」


「………。」


「これしか教えてない。」


「………。」


「………。」


「………はぁ。」


数秒のにらめっこの後、ため息をつきながら視線を反らしてナイフを仕舞った。

もうどうでもいいという顔だ。


さすがに様々な香りが混ざり過ぎて、吸いにくくなった空気を窓を開けて入れ換える。


スラムの空気は爽やかとは言えないが、朝の空気はやはり澄んでいる。





「……アンチ・ストラテウマ」


深呼吸をしているところにかけられた声。誰の者か言わずとも分かる。


「最近、派手になってきたわね。」


「依頼も多いよ。」


「アサヒもだったんでしょ?」


「そうだか、アイツは何かと理由をつけて暴れたかっただけなんだがな。」


「ここに来るまで二人、それらしいのもいた。」


「知ってる。頭を使わないやつらだ。かっぱらいしたところで何も変わらないってこと分かんなかったんだろうな。」


「……いつも思うけど、あなたって何かの黒幕?」


「否定はしない。」


それだけ言うと、傍にあった本を枕にその場で横になった。




「……まあ、もう良いわ。」


そう告げると立ち上がり、体を軽く払うと懐から折り畳まれた紙を取り出した。


「依頼。」


寝転がったまま、差し出してきた紙を受け取り開く。


「……お前、諜報員だろ?情報屋頼ってばっかでいいのか?」


「私のモットーはスピードと信用。手段は選ばないの。……それに、今回は顔割れしてるから難しいの。」


数名の名前だけが走り書きで書かれている。

ストラテウマのお偉いさん方だと直ぐに分かった。


「りょーかい。一週間くらいしたらまた来い。」


「いや、前と同じ所で待ち合わせ。」


「………へいへい。」


「じゃ、よろしく。」


それだけ淡々と告げるとマントを巻き直し、出入り口の布を捲って外に出ようとした。


「おいおい、もう帰るのか?もう少しゆっくりしていけよ。」


上半身だけ起こして呼び止める。

しかし、振り返ることなくため息をつくと、ひどく冷めた声で言った。



「……私は此処に一分一秒でも長く居たくない。今日だって好きできた訳じゃない。横暴な上司に言われてきただけ。あ、アオイじゃない方の奴よ。」



――居たくない、か。先ほど突き付けられたナイフよりも、ひどく鋭利に感じられる。

締め付けられるような心の痛みを悟られぬよう、平然を装う。まあ、後ろを振り返られることはないのだろうけど。


「色々と大変な副官殿で。苦労してんだな。」


「まあね。……忙しいから帰るわ。頼んだわよ。」


そう言うと、今度こそ出ていった。

未練の欠片も見せずに。





しばらくぼんやりと入り口を見つめていたが、小さく息を吐くともう一度寝転がった。


「……俺が悪かったんだよな。」


一人残された男の小さな懺悔とも聞こえる呟きは、神にも、誰にも届くことはなかった。




**


香り高い小屋から出ると、その足でスラムを抜けた。

先ほどの喧騒は忘れ去られた店通りを、きた道を逆に進む。人通りがかなり増えており、一層賑やかになっている。

人の間を潜りながら素早く抜ける。


……正直、さっきのは言い過ぎたとは少し思ってる。少しだけ。

だけど、嘘はついていない。

――会いたくもなかった。




一年前、イズルは私を裏切った。

……否、裏切られたと思っているのは私だけかもしれない。


イズルは最初から正直で、ただ私が、自惚れていただけなのだろう。


――勝手に自惚れて、勝手に傷ついて、勝手に壊れて、勝手に死に場所を求めて…………でもそこでアオイと出会って。




『つまらない過去など捨てろ。幸福も絶望の記憶も全て。生きるのは『今』だけでいい。でも、見据えるのは『未来』だ。今は生きるだけでいい。』


『この下らない世界の未来を、共に観にいかないか?』


冷たい地面に組み伏せられ、無慈悲な銃口を突き付けられながら聞いた、問いかける優しい声。




心が、震えた。

深淵の炎が浮かぶ瞳。美しい立ち姿。恐れなどない、強い口調。

惹かれた、なんてものじゃなかった。

その魅力に、のみ込まれた。


『下らぬ未来を私達と旅しよう、ブルー。』


強いけれど、儚くて、

残酷だけど、優しい。

その先が地獄だろうと進み続ける危なっかさ。




尽きぬ魅力に、未だに魅了され続けている。

イズルとはまた違う、だけど同じように護りたい人。


きっと貴女は、裏切られようとも、裏切ろうとも、何も変わらず美しく立っているのだろう。


――でも、貴女は裏切らない。

言わなくても分かっているよ。

そんなところに、私達は惚れ込んだんだもの。






「……アオイにお菓子でも買っていこうかしら。」


年相応に甘いものが好きな上司の笑顔を思い浮かべると、自然と口角が上がる。


賑やかな人通り、ふと足を止めて空を見上げる。


――嗚呼、とても美しい青空。


この空を飛んで

貴女のために

戦おう





この命が尽きるまで。




思ったより長くなってしまいました。

次、気を付けます。

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