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修羅の騎士団  作者: 翠嵐
7/8

青の休日

ブルー編


――顔を上げれば雲ひとつない青空。

汚れのない、こんな清んだ空を見たのは久しぶりだ。


しかしいつまでものんびりしてられない。

朝のうちに用事を終わらせなければ。





足を運んだのはストラテウマから少し離れた大きな国。専制政治が行われているこの国は貧富の差が激しい。上流階級は貴族のような生活が出来るが、それ以外は満足な生活をおくれる者すらほとんどいない。

生きるのもやっとな者だってたくさんいる。




朝からそこそこ賑やかな店通り。

朝仕入れた魚を売りさばく店主。それを買いにきた主婦。母親に連れられた眠そうな子供。




憎いほどの平和。

私が子供のころに何度願っても、奪おうとしても手に入らなかったもの。

壊してしまおうと思ったことは一度や二度ではない。

幸い力はあったから。


「……それが今では守る側が。」


小さな呟きは喧騒に紛れ、誰の耳にも届かなかった。

自嘲が零れそうになり、肩に巻いたマントを口元まで上げる。



今日の格好は何時もと違う雰囲気になっている。

騎士ナイト』の制服や戦闘時のホルダーネックとフレアスカート等の目立った格好はしない。


めったにしないパンツとシャツ。どちらも地味な色にして、さらにその上からカーキ色のマントを羽織った。

トレードマークの金髪は一纏めにしてマントのフードを深く被った。

腰までのマントは体のほとんどを隠してくれる。


とにかくここでは目立っていけない。

派手な行動は控えるのだ。




脇道に入ろうとすると、後ろの方で甲高い悲鳴が聞こえた。

とたんに人々がざわつく。何事かと思い、足を止め耳をすます。


近くにスラムがあるので物取りは珍しくない。それにしては騒がしい。


悲鳴、怒号、破壊音、銃声……。



ありきたりな窃盗ではなさそうだ。


気になったので見てみようと思う。野次馬根性はあまり良いものではないが。



……叫び声が近づいてきて人波が分かれる。その間から二人の男が走って現れた。

一人はナイフを持った屈強そうな大男。もう一人は何かを腕の中に抱えている背の低い男。



後ろを気にしているが、凄いスピードだ。


さらに二人を追って、今度は複数の人間が飛び出してきた。


銃や剣を振り回す灰色の軍服、左胸の銀色。追いつけないのか、止まれだの撃つだのと煩く叫ぶ集団が何なのか理解したとたん、大きくため息をつく。


兵士ソルジャー』たちだ。

情けないと思うより馬鹿らしくなってきた。

とりあえず、一般人がいる所で銃を無差別に撃たれても困るし、騒ぎが私の目的地まで拡がられると困るので止めることにする。

目立ちたくはなかったが仕方ない。




二人が真っ直ぐ私の方へ向かってきたので、道の真ん中で通せんぼをする。狭い道なので邪魔になる。


「どけぇええ!!」


ナイフを持った大男が気付き、突き刺すような体勢で突っ込んでくる。


また悲鳴が上がる。危ないと『兵士ソルジャー』が叫ぶ。



「……No problem.」


薄ら笑いを浮かべながらナイフから横に避ける。

そしてがら空きの脇腹に勢いをつけた膝げりを叩き込む。

悶絶しながら倒れた大男からナイフを奪いとり、すでに数メートル先に行ったもう一人に向かって投げる。


回転しながら飛んでいったナイフは男の左肩を抉った。

痛みに悲鳴をあげ、スピードが落ちたところでとどめ。


足のホルダーからナイフを取り出す。投げナイフ用の細めで短いやつ。

同じように投げつけると、今度は真っ直ぐ飛んで行き、足首に刺さった。


もう走れなくなり、倒れた所で追い付いた『兵士ソルジャー』によって御用。最初の大男も捕まった。




話を聞くと、こいつらは散歩をしていた王族のお嬢様からバックをひったくり、護衛の『兵士ソルジャー』たちから逃げていたと。


馬鹿らし。どっちも。




二人が連行されると、入れ替わりに二人の男女が現れた。


見るからに質が良い洋服で身を包んだ若い娘さんと、四十歳は超えてそうな『兵士ソルジャー』だった。


兵士ソルジャー』の方の左胸を見ると、銀色の盾形の中に十字に重ねられた剣がかかれたエンブレムは『兵士ソルジャー』の証拠。でもさらに、その上にダビデの星が付いている事から、こいつが隊長であることが分かる。



「……この度は、罪人の確保にご協力いただき、ありがとございます。」


感謝の気持ちなんてこれっぽっちもない礼ってのも珍しい。

若い娘は人をじろじろ見てくるだけで形だけの感謝すらしない。


めんどくさいな……。さっさと行っていいかな。ダメだよね。


「……それで、申し訳ないのですが、身分証明書と名前を教えて頂きたいのですが。」


疑われてんだね。もしかしたらさっきの二人の仲間かもしれないと。


時間がないのに……。



イライラしながら、懐から証明書を出し、男の目前につきだす。



それを見た男の顔が、真っ青になっていく。

その顔は面白かったが、急ぐのでさっさと終わらせる。




「ストラテウマ所属、階級『騎士ナイト』。称呼ブルームーン。今日のこと本部に報告されたくなかったらさっさと失せてちょうだい。」


騎士ナイト』のエンブレムをもう一度懐に仕舞った。










店通りの横道を抜け、少し歩いただけで周りの様子が一変する。

道にはゴミや人が転がり、腐敗臭がプンプンする。


生きているのか死んでいるのかわからない人間が暮らす貧民窟スラム




――私もここで生まれ育った。






ガリガリに痩せた物乞いの老婆の側を通り、さらに奥へ進む。

粗末なバラックの間を抜けながら歩いて行くと、突然今までと違う香りが鼻をつく。


甘いような、辛いような不思議な香り。

この香りが目的地についたことを報せる。




見た目はそこらのバラックと変わりない。しかしあきらかに違うのは香り。


悪臭は常にするスラムだが、香水や芳香剤などの香りはしない。

理由は簡単、つける者がいないからだ。生きるために必要ないから。そんなものを買う位ならパンを買う。


なのでこういったのはかなり珍しい。




……相変わらずか。


ため息をつくと、入り口のドア代わりの垂れ布を捲って中に入る。



入った瞬間、一際強くなる香り。一度は慣れたが、久しぶりなので少々辛い。

マントで口元を押さえて奥に進む。部屋の中には、大量の本と液体の入ったビンが所狭しと並んでいた。

最後にここに来たのは三ヶ月前。その時よりも狭くなったような気がする。



「イズル、居ないの?」


目的の人物が部屋の中に見当たらない。逃がしてしまったか?


「……誰かと思えばハルナか。」


床に積んであった本の陰から声がした。

聞き慣れた声を聞き、何故か心が和む。


声の主が立ち上がり姿をみせた。


イズル・クレンス。

無造作に束ねた黒髪、黄色の目。細い目ではあるが、レンヤと違って眠そうに見えるタレ目だ。

180以上はある長身がトレードマークといったところか。



「……だから、今はハルナじゃなくてブルームーン。そう呼ばないでよね。」


「まあ、座れ。」


「無視かよ。」


ボリボリと頭を掻きながらこちらに近づいて来て、私の目の前で腰を降ろす。

それにならい、その場に座りこむ。




「久しぶりだな、ハルナ。」


だめだ、話聞いてない。


「……ここに来たのは三ヶ月前だけど、話をしたのはついこの間でしょ。」


「あー……、だったな。」


こういうやつなんだ。つかみどころのない、考えてることを読み難いやつなんだ。



「で?わざわざここに来るとは何のようだい?」


そしてこいつの仕事は……


「率直に言う。グリム・リーパーのアサヒに特別部隊の情報を売った?」


――情報屋。


頼まれた事を調べあげ、金と引き換えにそれを教える。


言葉で言うほど簡単なものではない。よっぽどの世渡り上手じゃなければかなり危険だ。


しかし、この男はプロだ。

信頼と安全が確かなもので、さらに面倒なことはのらりくらりとかわすが、やるときにはやる奴だ。



ピクッと眉が動いた。

しかし、小さく息を吐くと、


「……だとしても、だ。そこで言ったら情報屋失格だろ。」


「確かにね。」


もとより言うとは思ってなかった。いくら昔からの付き合いでも、情に流されてしまったらおしまいだ。



「……まあ、俺も聞きたいことがあったし、それと交換ならいい。」



……前言撤回、意外と軽い奴だった。

へそを曲げられたら困るから突っ込まないでおくけど。


「良いよ。なに?」


そう言うと身を乗り出してきて、眠そうな目を精一杯開いて言った。


「連中が起こした大量殺戮が全く報じられないし、情報も入ってこない。どんな手を使ってもみ消した?」


言うと思った。内心ため息をつきながら表面では平然を装う。


「……『兵士ソルジャー』は丁度春で交代の時期だったから、誤魔化すのは簡単だった。別の国に行ったって言えば良かったからね。」


「それは想定内だ。確かにリシュス国だけ交代の日が変更になったしな。」


「で、一般人が面倒だった。家族とかに引っ越したとかは効かないし。

……なので死因を変えた。」


「お?」


「目撃者がいたり、商隊だけは誤魔化しようがないからそのままただの盗賊と言うことにして、『騎士ナイト』が倒したことにした。」


「ふんふん?」


「で、その他は、……火事、自然災害で死んだことにした。」


「あー、はいはい。」


「これならお手のものだからね。」


「確かに、事件性は薄くなるしな。」


自然災害なら世界にしれわたるようなものではないし、火事だって同じだ。


レッドと私で被害にあった所を燃やしたり竜巻をおこして殺戮という証拠を塗り替えた。


少々雑な所もあったが、その辺はレンヤがカバーしてくれた。


アサヒたちが望んだ醜態は晒されることはなかったわけだ。



「種を明かせばそんな所か。アイツも悔しがるだろうな。」


クックッと笑うイズル。


「やっぱり知ってたのね。」


睨み付けてやれば、肩をすくませて、おどけたポーズをとる。


「『知ってる』が『売った』とは限らねぇだろ?」


「……約束したわよね。ストラテウマでも『騎士ナイト』でも、あなたがどの情報を売ろうが関係ない。


でも、アオイについては絶対売るなと。


私はイズルを信用して話をしているの。でも、」




あなたが約束を破ったら



たとえ幼なじみであっても



親友であっても



元相棒であっても



命の恩人であっても




あなたがアオイに害をなせば







取り出したナイフの刃先を真っ直ぐ向ける





「殺すだけよ。」


長くなったのでふたつに分けました。

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