死神部隊、出動 4
「全員、武器をおろしなさい。」
腹の底に響く低めのハスキーボイス。感情の読み取れない無表情。
有無を言わせない命令は、アオイがこの場の支配者となったように思わせる。
柱の陰からホールを覗き見れば、苦々しい顔のアサヒと無表情のまま腕を組んだアオイが睨みあっている。
二人の間で燃えている男はもう灰になりかけている。
あんまり今関係ないが、生きたまま焼くのは実は効率が良い。
気分悪いかもしれないが、ホントのこと。だって、死ねば火葬直行だぜ。後始末がかなり楽。
まあ、さっきのはあんまし関係なかったがな。
「……まあ、武器はいいわ。それより、一つ質問。」
沈黙の中、口を開いたのはアオイ。口元以外はポーカーフェイスのまま。
「……300以上の『兵士』及び一般人の大量殺戮の理由。」
ひどく冷たい声。心に刺さるような鋭さ。
……怒ってんなぁ、アオイ。
「……別に、『兵士』以外は餌だよ。ただのな。」
ヘッ、とアサヒが吐き捨てる。
その話振りからは良心の欠片も、後悔も感じない。
「ただ、ストラテウマの鼻っ柱をへし折ってやるために『兵士』の雑魚どもを誘き寄せて殺すためにな。」
ハハッと乾いた笑いをわざとらしく呟く。
そうやって自分を奮い立たせようとしているのがよーく分かる。
「そうすれば全世界にストラテウマの無様な姿がさらせるだろ?『烏合の衆の強盗から一般人を守れず、全滅までしてしまった。』ってとこかな?」
「ふんふん。」
相づちいらんよアオイ。
「……かなり死んでんだ、誤魔化せないだろ。醜態さらしな。」
なるほど。そういう事か。
ストラテウマの社会的地位を揺るがしたいと、いや、潰す気か。
酔狂なこった。
でも……
「無駄なことをしたね。」
ハァとため息をついたアオイがあきれ顔で頭を振る。
それにイラついたアサヒが目敏く反応する。
「なにがだ?今さらてめぇらが足掻いたって噂は広まり、明日にはメディアが世界中に撒き散らしてくれる。俺たちを殺したって解決しねえぞ。」
血走った眼に興奮で上がった息。現状を忘れるほどの狂喜か。
「……だから、惨めなプライド背負う前に死んじまいな、お嬢さん。」
そう言ってアサヒが懐から拳銃を取り出し、真っ直ぐアオイに銃口を向ける。
口を歪めてほくそ笑む。
だが、アオイは笑わない。
小さくため息をもう一度つくと、目を閉じて、離れた位置でも分かるほど大きく息を吸う。
そして
「レンヤ!スナイプA、B!エイム!」
目を見開くと空気が震えるほどの大音量で叫んだ。
その声に連中が怯む。
アサヒもビックリしている。
――そのスキを見逃さない。
柱の陰から飛び足す。
数名、気付いて撃ってきた。
一直線に向かってくる弾丸を転がるように避け、体勢を立て直すと銃を構え、引き金をひく。
発砲音と同時に、ガキンッと音をたてながら落下した拳銃。
くぐもった悲鳴をあげ、右手を押さえるアサヒ。
血は出ていないが、痺れる痛みに直ぐには銃を持ち直すことは出来なかろう。
そして、
ドカッ、ドカッと連続した発砲音。
アオイの後ろ、崩れ落ちてくる二人の狙撃手。
グシャッと柔らかい物が潰れる音を出して、朽ちた。
「……ナイス、レンヤ。」
後ろを振り向きもしないでそう言うと、
「終わらせろ、ブルー。」
そう続けて後ろに数歩下がった。
「yeah.」
肯定の声は空から聞こえた。
誰もが頭上を仰ぐ。
地上から十メートルほど、吹き抜けの中、浮かんでいる女がいた。
鮮やかな金糸、黒のフレアスカートを風に靡かせながら浮かんで――いや、飛んでいた。
「な……!!」
再びざわつくアサヒたち。
しかし、そんなことを気にする素振りを見せず、女……ブルーは、妖美な笑みを浮かべると、右手に持っていた扇子を開いた。
黒地に桜と蝶が描かれた美しい扇子を、頭上高く掲げると、
――深緑の右目が、青色に変わる。
そして扇子を降り下ろす。扇いだとは言えない、シャッと空を切る音をだしながら。
その、直後。
ザシュッ、ガキッ、バキッ……
不快な破壊音、さらに
「ギャァァァアアアア!?」
「う、腕が……!?俺の腕がぁぁああ!!」
阿鼻叫喚。
甲高い風切り音が通りすぎると同時に、目に見えぬ刃で切り落とされたように転がる首や手足。
瞬く間に鮮血が広がり、次々と物言わぬ骸が出来上がる。
――ほんの数分で、ホールに立つ者は三人だけになった。
降り立ったブルー、スナイパーライフルを担いで現れたレンヤを入れると五人になった。
謎の斬撃はアオイ、レッド、アサヒを傷付けることなく、周りにいた者を全て殺した。
「な……何者だよ、てめぇら!!」
ガタガタと膝を震わせ、涙目で最後の勇気を振り絞り、なんとか立って叫ぶアサヒに、冷酷な笑みを向けながら一歩ずつ近づく。
「言ったでしょ?『死神』よ。あ、懺悔は聞かないよ?神様じゃないからね。」
アオイが一歩近づけば、アサヒがふらふらとおぼつかない足取りで一歩下がる。
「あなたは知ってたね、騎士特別部隊の名を。あんまりその名前を知ってるの、ストラテウマ以外ではいないんだけどね。
……どういうやつなのか知りたい?」
下がっていたアサヒが死体に足を引っ掛け、ハデに転ぶ。
近づいたアオイを見上げる体制になり、その顔を覗きこんでくるアオイから目を離せない。
「……簡単に言えば特殊能力者の集まり。見たでしょ?私たちの『眼』。あれが証拠よ。
人でありながら人ではない。
悪魔か鬼かと言えばそれも違う。
人でも悪魔でも鬼でも神でもない。
それでも強い。
そんな出来損ないをまとめたのが騎士特別部隊。」
目を見開き、わなわなと震駭しているアサヒに、ニコッと効果音がつくような微笑みをかけ、話を続けた。
「依頼があれば、護衛から暗殺までなんでも引き受ける。
戦争が起これば止めにいき、あなたたちみたいなのが出てくれば潰しにいく。
おかげでいろんな名前がついちゃったわ。
えーと、粛清隊に鬼人娘子隊?
まあ、有名なのはあとの二つかな。」
空中に視線をさまよわせ、思い出そうとしている。
「あなたたちみたいなのからは、死神部隊。言わずもがな、このタトゥーからだとおもうけど。
もうひとつ、これは最近着いたんだけど、かなり有名だよね。
にしても、面白い名前だよね。
『修羅の騎士団』なんて。」
修羅の騎士団、そう言ったとたん、アサヒの目が飛び足すんじゃないかと思うくらい見開いた。
それに気にすることなく、アオイは話を続けた。
「知ってるでしょ?五万の兵をたった四人で全滅させた話。記者さんも酔狂なひとだよねー、こんな名前着けるなんて。」
あははと楽しそうに話すアオイに、ただただ驚愕の眼差しを向けるだけのアサヒ。
話終わったアオイは一歩下がって腰の刀を抜いた。
黒の鞘から白刃が出てくる。
「分かったでしょ?私たちが背負ってる命の重さ。
たった300と比べ物にならない。
それが死神を名乗る理由。」
それが罪の証。
「まだまだ青二才だったね。」
刃を振り上げ、固まったままのアサヒに降り下ろす。
新たな首が転がった。
「やっと終わったわね。」
ぼそっと呟いたブルー。疲れの色がうかがえる。
「あとは後片付けだけだな。」
そう言ったレンヤは懐中時計を見ながら何か書き物をしている。
「かったりぃなぁ〜。」
心底めんどくさそうに言い、地面に腰を下ろすレッド。
「さっさと頼むよ、レッド。」
刀を一振りし、血を払ったアオイがつかつかとこちらに戻ってくる。
「うぇ〜い。」
気の抜けた返事をして立ち上がろうとしたレッドの脳天にレンヤの踵落としがヒットする。
「い……!」
「……黙ってさっさとやれ。アオイの命令は絶対だ。」
「っう………、アオイ!この暴力副官なんとかしてくれ。」
「レッド、早く片付けて。」
「無視!?」
翌日、新聞の片隅にある古城が火事になり崩れたと報じられていた。
やっと完結しました。