戦闘員Aの交戦記録
「タマァ殺ったるけぇのォ! おんどりゃああぁぁぁっ!」
「ってみろ、ゴルァア! ワイのドラゴンボールはハナから神龍もセットじゃい!」
鈍い音と共に両者の顔に硬い拳がめり込み、弾かれた頭に引かれて仰け反った。
敵をロストした視界が周囲の乱戦の様子を捉える。
しかし、そんなことは気にしない。
正しくこの場は戦場であり……―――
彼らは“戦闘員”なのだから。
「今日も厳しい戦いだったな。」
「申し訳ありません。ポイントKをみすみす……」
今日戦場になったポイントKを含めた一帯は二大勢力が鬩ぎ合い、一進一退を繰り返している。
その親玉と幹部が話している様を遠巻きに見ている戦闘員Aは拳を握り締めた。
今日も拳を交えた敵の戦闘員は事ある毎に対面する敵。
しかし、勝敗は五割……四割五分っ……三割。
やや押され気味である。
「(このままではいかん)」
昼餉の時間が終わりに近付き、彼はより力を付けるための訓練を受けなくてはいけない。
列を成して教官が書き綴る数列を書き写し、その意味するところを考察するのだ。
狙撃する際の弾道予測に使えるか?
大量虐殺兵器の開発理論になりえるか?
彼は座学が得意ではなく、難しい顔で考え込んでいると、隣の仲間がさらさらと彼のノートに書き込んだ。
要点がまとめられていて、彼の頭にストンと入ってきた。
隣の仲間は将来は研究班になるだろう女性のメンバーである。
控え目な微笑みに戦闘員Aの心臓が高鳴った。
「(可憐だ……)」
座学の時間はその後に語学と続いて終わり、再び戦いの時間……とはいかないもので。
彼らの出兵先と敵の出現位置が重ならなければ戦おうにも戦えない。
今日の目的地はポイントKⅡ。
龍の川の傍らにあるそこに着いたが敵影は認められず、今日は演習を行うことになった。
2チームに分かれ、一方は拠点を護衛しつつ襲撃者を撃破し、もう一方は敵に見付からないよう潜伏し続ける。
特徴的なのは拠点の攻撃に成功した場合は撃破され捕まった仲間が解放できることだ。
時間内に全滅すれば前者の勝利、生存すれば後者が勝利である。
戦闘員Aは後者になった。
「(捕まることはあってはならないが、仲間が撃破された時は戦うぞ)」
彼は今木立の中に身を潜めている。
肉体を小さくし、心を無にすることで生物としての気配を消しているのだ。
潜伏行動が得意ではない仲間が敵チームから逃走を開始したようだが、彼は動かない。
一介の兵隊である戦闘員は任務に集中しなければならない上、彼は仲間を信じてもいた。
「(……あれはTとS? 捕まったのか)」
戦闘員Tは運動能力が高くないため、この類の訓練ではよく捕まってしまう。
しかし、戦闘員Sが捕まっているのは彼に静かな驚きを与えた。
戦闘員Sは特別脚力に優れ、走行速度は頭抜けていたからだ。
彼の脱落は戦略的に大きな損失に違いない。
戦闘員Aは腰を浮かせる。
殺気が漏れないよう心を鎮め、視線を悟られないために焦点をずらしたまま哨戒と遊撃の位置関係を確認する。
焦るな、と自制する。
遊撃が離れ、哨戒の視線が外れるまで待つのが奇襲の基礎だ。
「(ここだッ!)」
力任せに踏み込むヘマはしない。
限りなくノーマークの時間を伸ばすために音もなく駆ける。
飛び出した瞬間は気付かれず、八歩踏んだ時点で消し切れなかった足音で哨戒が振り向いた。
しかし、四歩でトップスピードに至った彼に追い付くことは不可能。
苦々しい面持ちでいる戦闘員T(捕まった味方のTとは別のTだ)を視界の端に入れたまま、攻撃目標に設定されたスチール製の円筒に鍛え上げたローキックを炸裂させたのだった。
「(三対一とは。……厳しいかも知れんな)」
自らの基地への道すがら、因縁の相手が道の真ん中で仁王立ちしている。
その背後に見たような見てないような戦闘員が更に二人。
剣を握る左手に力が入った。
敵は愚かな要求をしている。
敵対組織の戦闘員に求めるにはあまりにも愚かしく、戦闘員Aはあらゆる感情に先んじて呆れを抱いた。
こんな相手に手こずっていたのかと思うと、不意に今日でケリを着けようと覚悟が決まった。
三対一。
だから何だ、と。
戦闘員Aの雰囲気の変化を感じたのか、敵も剣を構えた。
飾りをやたらと付けて随分と頼りない剣だと、そう認めた瞬間。
彼は走り出した。
バシッと剣が交わり、二人が睨み合うが、相手は三人。
剣を払って左右から迫る剣を一振りは躱し、一振りは受け止める。
何合もの剣撃がぶつかり合い、彼の体にも傷が増えた。
しかし、今日は剣の冴えが凄まじい。
三対一にして互角。
否、押している。
「(今日は俺の勝ちだ!)」
「ただいまー」
「お帰り。あら、また奈々ちゃんと喧嘩したのー? 相変わらず仲いいわねぇ」
「違わい! 誰が二小の奴らと仲良くするか! 明日は一中が公園奪り返すもんねーっ!」
「はいはい。ホントに昭和の小学生みたいね……あ! 今日は奈々ちゃん家とお夕飯一緒になったから喧嘩するんじゃないわよー」
「えぇーーっ? またかよ……」