どっちもどっち
亜貴美の場合【チョコブラウニー】
「なんで、あたしが作らなきゃいけないの!」
亜貴美の反応は、典子の想定の範囲内だった。
「だから、さっきから言ってるじゃない。作るのは私だって!」
それでも得心がいかない様子の亜貴美だった。
「ねぇ、お願い、お願い。私を手伝ってよぉ、亜貴美ぃ~」
フッと溜息をついた亜貴美はニヤリと笑った。
「仕方がないわね。そんなに言うのなら手伝ってあげてもいいわよ」
典子もニヤリとした。
「よかったぁ、亜貴美が手伝ってくれるなんて」
「そう?」
お互いに顔を見合わせてニヤニヤとする典子と亜貴美だった。
「それで、あたしは何をすればいいの?」
典子の家のキッチンで、可愛いピンクのエプロンをした亜貴美は立ち尽くしていた。
「チョコレートを刻んで。細かく、均一にね。チョコの角から包丁で刻んでいくの」
典子は、まな板の上に板チョコを置いて、包丁を亜貴美に手渡した。
「うん、分かったわ」
ゴリ、ゴリ、ゴリという音がキッチンに響く。一生懸命にチョコレートを刻む亜貴美を見て、典子は笑みをこぼす。その隙に、典子は分量の小麦粉をふるい、オーブンを百八十度にセットして余熱ボタンを押し、クルミを粗く刻んだ。
「ふぅ。結構、重労働ね。こんな感じでいいの?」
亜貴美が刻んだチョコレートを見て、典子がニコリと笑った。
「それでいいわ。なかなかいい具合よ。それじゃ、刻んだチョコレートをボウルに入れて湯せんで溶かして」
亜貴美はテレながら、ボウルにチョコレートを入れた。そして、お湯の入った大きなボウルに刻んだチョコレートを入れたボウルを浮かべて、ゴムへらでチョコをかき混ぜた。しばらくすると、亜貴美が不思議そうに呟いた。
「じわーって溶けてくるのね、チョコレート」
型にオーブンシートを敷いていた典子は、亜貴美のボウルを覗き込んだ。
「そうよ。じわーっとね。うふふ」
「うふふふ」
典子の笑いに釣られて、つい笑いが出た亜貴美だった。
「チョコレート、キレイに溶けたよ。もうドロドロ。次は何をするの?」
「卵二個を溶けたチョコレートの中に入れて混ぜ合わせて。混ぜ合わせるのはハンドミキサーを使ってね」
「うん、分かったわ」
亜貴美は、典子の言われた通りにチョコレートのボウルに、慣れない手付きで卵を割り入れて混ぜ合わせた。時々、ガガーッガガーッとあらぶる音を立てて暴れるハンドミキサーを持って、ボウルを睨み付けている亜貴美。その姿を見てニヤリとする典子。
亜貴美のボウルの中を見てふっくらしてきたのを確認して、典子は言った。
「空気が入ってふんわりとしてきたみたいね。そしたら上白糖を入れるの」
そう言って、亜貴美がハンドミキサーでかき混ぜている横から、ボウルに上白糖をサラサラと入れた。心なしかモッタリとして艶が出てきた感じになった。
「今度は私がかき混ぜるから、亜貴美は薄力粉をふるいながらボウルに入れてね」
「うん、分かったわ」
典子が指示をすると、亜貴美はうなずいてふるいを持った。典子がボウルの向こう側から手前に切るようにサックリと混ぜる。その上から亜貴美が薄力粉をふるう。ふるい終わった亜貴美は、典子が粉っぽくなくなるまで混ぜる姿をジーッと見つめていた。溜息と共に亜貴美がふっと漏らす。
「典子、上手ね」
典子は混ぜながら呟く。
「慣れてるだけよ。亜貴美もやれば出来るようになるわ」
「ホント?」
「うん、ホント」
いつもの亜貴美じゃない、可愛い亜貴美がそこにいる。典子はそう感じた。
「亜貴美、そこにあるチョコチップの半量とクルミを入れてよ」
「うん、分かったわ」
亜貴美は、典子がかき混ぜているボウルにチョコチップとクルミを入れた。典子の上手なかき混ぜ方で均一に混ざった。
「それじゃ、型に入れるわね」
典子は、生地をボウルからオーブンシートを敷いた型に流し込んでから、表面を平らにした。その様子を固唾を呑んでジーッと見守っている亜貴美。
「最後に、残りのチョコチップを上から振りかけて」
亜貴美は、型の上からチョコチップをパラパラと散らした。
「出来上がりが楽しみ」
亜貴美は頬を赤くしながらそう言った。
「そうね、楽しみね」
典子は合い槌を打った。
百八十度のオーブンに入れて三十分。オーブンがアラーム音を鳴り響かせ、焼き上がったことを知らせた。
「さぁ、焼き上がったわよ」
典子がオーブンの扉を開ける。甘いチョコレートの香りが広がる。
「うわぁ、美味しそうな匂い!」
亜貴美は思わず声を上げた。
「冷めたら切り分けて、出来上がりよ」
典子はオーブンから出してきて、型を網の上に載せた。
「うわぁ、膨らんでるぅ。美味しそぅ」
亜貴美の笑顔がとても眩しかった。
型から外して、オーブンシートを剥がしたチョコブラウニーはとても美味しかった。その証拠に、シートを剥がした時にボロボロと落ちたチョコブラウニーのカケラを亜貴美が拾って口に入れた時にこう言ったのだ。
「うーん、美味過ぎるぅ!」
典子がサクサクと二十四個に切り分け、そのうちの半分を亜貴美に差し出した。
「これ、亜貴美の分ね」
亜貴美は動揺した。
「え? こんなに要らないわよ。だって、あたし……」
典子はニヤリと笑って言った。
「喜代司クンにはあげないの?」
亜貴美はちょっとムッとした。
「な、な、なんで、あ、あんなヤツにわ、渡さなきゃいけないのよ、こんなに美味しいモノを!」
典子はふふふと笑った。
「知ってるわよ、亜貴美が喜代司クンを好きなことは」
亜貴美の顔は真っ赤だった。
「ち、違うってば!」
典子は亜貴美を無視して、棚からラッピング材料を取り出した。ピンクのモノを亜貴美に、赤色のモノを自分の方に置いた。そして、亜貴美を睨み付けた。
「さぁ、ラッピングするわよっ!」
「やらないわよ」
あくまで拒否する亜貴美。
「私の言う通りにやりなさい!」
「えー!」
泣きを入れる亜貴美に、追い討ちを掛ける典子。
「い・い・わ・ね・っ!」
典子の勢いに押されて、亜貴美は急にシュンとなった。
「はい、はい。やればいいんでしょ、やれば……」
バレンタインの日の、校舎の屋上は清々しく晴れていた。
「典子、喜代司を連れてきたよ」
「ありがとう、幸裕」
典子の彼、幸裕は喜代司の友達だった。
「なんだよ、こんなところへ連れてき……あ、亜貴美ぃ!」
喜代司は、典子の横でピンクの包みを持ってモジモジしている亜貴美を、目ざとく見つけたのだ。
「あ、あのさ、これ、喜代司にさ、渡せって、典子がさ、しつこく言うから……」
真っ赤になった亜貴美は、たどたどしく呟いた。
「昨日ね、亜貴美と一緒に作ったの、バレンタインのチョコブラウニー。受け取って」
典子は微笑んで、喜代司に語り掛けた。
「そ、そんなモノ、いら……いててて!」
喜代司が喋ろうとした時、幸裕が喜代司の腕を取って後に回したのだった。
「おい、喜代司。お前、俺に言ってたことと違うことを言うなよなぁ。何処の誰だよ、亜貴美ちゃんのチョコが欲しいって叫んでたヤツはよぉ!」
それを聞いた亜貴美は更に真っ赤になった。そして、喜代司の顔も真っ赤になった。
「彼に渡して」
典子はそう言って、亜貴美の背中を押した。亜貴美は喜代司の目の前まで来て、喜代司の空いている手にピンクの包みを握らせた。そして、一直線に階段に向かって走り去っていった。
「離せってば!」
喜代司にそう言われて、幸裕は手を緩めた。喜代司は両手でピンクの包みを持ち、じっと眺めていた。
「こんなこと……こんなのって! わーっ!」
そう言い放って、喜代司も階段に向かって走り去っていった。シッカリとピンクの包みを握り締めたままで。
あとに残った典子と幸裕は見詰め合って苦笑いをした。
「ちょっとやり過ぎたかな?」と幸裕が呟く。
「いいんじゃない。あれくらいインパクトがあった方が」と典子が呟く。
「けどなぁ、あの二人……」
「そうね、お互いにツンデレだから」
「雪解けしてくれればいいけど」
「そうね、チョコレートが溶けるようにね」
典子と幸裕はもう一度、苦笑いしながら顔を見合わせた。
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