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左 翔太朗

雨の雫は甘い味

「……ふぅ」

 何度目かわからない吐息を吐く。窓側の席にいる俺は、ガラスに映るブレザー姿の自分ではなく、外の景色に目をやる。

 空を黒く染めながらザアザアと音を立てて降り注ぐ雨粒。今日も今日とて降り続いているのを見ながら、前で話している教師の声を耳でとらえる。


 視線だけ黒板に移せば、何やら数式が大量に並んでいる。正直何をやっているのかも、やりたいのかも分からない。授業始まって以来これだから、やることがなくて暇だった。気晴らしと退屈しのぎに外でも見てみたんだが、余計に退屈になってしまった。


 とはいうものの、運よく今日はこれで最後の授業でそれもあと少しで終わる。さっさと帰って寝るのがいいだろう。さらに運よく、今日は週末。惰眠を貪ることができそうだ。

 響くチャイムの音。クラスにいた生徒たちは安堵の息を漏らし、教師は手を止める。

「あー、そいじゃ今日はここまでだ。ここの範囲はセンターでもよく出るから、今のうちから覚えておくように。来週はこれの演習から始めるからなー」

 そういって出て行った教師と入れ替わって入ってきた担任。特に目立った連絡はなく、今日はこれで解散となった。

 勉強道具をまとめリュックの中へブチ込み、下駄箱へと足を急ぐ。

 靴をはきかえ傘を取ったところで、昇降口に見慣れた、かつ小柄な姿をとらえる。

 一応、声かけとくか。

「こんな所でどうした」

 声をかけられた相手はこちらに勢いよく振り返る。背中まで伸びた白髪が踊り、見えた顔には驚愕の色が濃く出ていた。

「今日は……早いんだね、誠也(せいや)

「おぉ。つっても運がよかっただけだがな。そっちこそどうしたんよ、麗」

 ゆっくりとした口調で言葉を紡いだのは、兵動(ひょうどう) (れい)。ガキの頃からよくつるんでるお向かいさんで、まぁ有体に言えば幼馴染にあたる女の子だ。

「で、どうしたんだよこんなところで。つか傘どうしたよ? まさか忘れたわけでもあるめぇ」

「……」

 黙って睨んできた。どうやら忘れたみたいだ。

「おいおい、んじゃ朝はどうしたんだ? そん時から結構降ってただろうよ」

 この時期に雨が降らないことなんてほとんどないはず。それをコイツが知らないわけでもあるまい。

「お母さんが……送ってくれた。帰りも来てくれるはず……だったんだけど」

「あー、オーライ。何となく事情は把握した」

 バックの中を探って折り畳み傘を探す。……っあー、どこにもねぇ。

 手元を見ると傘があるにはあるが、コイツに二人入れるかどうかがわからない。それに、今からやろうとしているのは相合傘。ガキの頃ならいざ知らず、この年になってそれをやるのは気恥ずかしい。

 つってもそうしないと、コイツが濡れてしまう。

 とそこで、一つ案が浮かぶ。内容は、ここから歩いて数分のところにあるコンビニに駆け込むという選択肢。そこなら傘も売ってるし、こいつも濡れないで済む。

(傘は……明日にでもとりに行くか)

やることは決まった。さっさと実行するか。

「麗、お前この傘つかえ」

「え……? でもそれじゃ、誠也が」

「あー、俺は気にすんな。考えがあるから大丈夫だ。んじゃ、また来週なー」

 勢いよく飛び出し、リュックを頭上に掲げて道を駆ける。なんか言ってた気がするが、きっと気のせいだ。雨の音でも聞き間違えたんだろう。


   *


「勘弁してくれよ……」

 着いたコンビニでは傘が売り切れ。カッパすらも置いておらず、まさに八方塞なこの状況。本当にどうしようもない。

 今になってわかる。考えが甘かった。俺が思いつくようなことはもう幾百人が試しているとも気づかなかった、先ほどの自分が恨めしい。

(タクシー呼ぶにも金ないし、親は生憎仕事中。おまけに帰りが遅いときたもんだ。家までは結構距離がある。本当にどうすっかなぁ……)

 最早残されたのは、風邪覚悟で自宅まで走り抜けるという選択肢のみ。

(覚悟、決めるか)

 そして走り出そうとしたとき、視界のみ位のほうに、俺の傘によく似た色をしたのがこちらへ近づいてくる。だんだんと接近してきたそれは、間違いなく先ほど俺がアイツに渡した傘。

となると持ち主も必然的に判明してくるわけで。

「追い、ついた……」

 息を切らせてこちらへ来たのは麗だった。

「お前、どうしたんだよこんなとこまで」

「きっと、傘なくて……困ってるって、思ったから」

「渡しに来たってか? それでお前が濡れたら、傘貸した意味ないだろう」

 何を考えてるのか分からない、というよりも分かりたくない。

「だから……一緒に入ろうって、言ったのに……。誠也、無視して走ってちゃうから……」

あー、うん。やっぱりそうなるのね。

「行こ?」

 小首を傾げて傘を差しだしてきた麗。いやマジでやんなきゃダメなの? 他に選択肢はないの?

「……そう、だよね。一緒なのは、嫌だよ……ね」

 しょんぼりとうな垂れる麗。心なしか声も悲しげだ。

 そんな風景を目撃していた客たちは、俺にねっとりとした視線を送る。おまけに同じ学校の制服着た女子は、陰口をたたき始めた。

「~~っ! あー、もう!んな顔すんなよ」

 麗の手から傘をひったくり、声をかける。こうなりゃ自棄(やけ)だ、やってやんよぉ!

「ほら、行くんだろ」

「…………うん!」

 満面の笑みを見せた麗とともに、俺たちは帰路についた。


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