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ギャルは生理的に受け付けない

 『ギャル』一直線な姉御が『地味系』の女性に成りすましていた。なぜ女はこんなにも化けるのだろうか…恐ろしい。もうすれ違う異性全て、疑いの目でしか見ることが出来ない。


 対して俺は、変装などしていない。つまり、向こうはとうの昔に自分の存在に気づいているのだろう。だが――



 “所詮は赤の他人、話しかける気など皆無”



 まるで俺を背景の一部のように扱う姉御の後ろ姿を目で追い、軽く頷いた。

 それでは俺も、暗黙の了解にのっとることにしよう。


 尾行に全ての神経を尖らせ、メドゥーサちゃんを追う。


 細い抜け道に、もう6画目の曲がり角。おそらく近道か何かなのだろう。窮屈な路地を抜けると、そこそこ大きな通りに出た。無数のシャッターが、大通りを挟んでいる。その朝の静けさに吸い込まれるように、黒髪ちゃんは1人…突き進んでいった。


 そうして辿り着いたところとは・・・



 “ 和菓子 木葉軒 ”



 俺は看板を見上げたまま、呆然と立ち尽くした。

 同業者だったのか…… なんとも言えぬ感慨深い気持ちに浸り、30秒ほど経ってやっと視線だけ下に降ろす。そこで初めて、シャッターに張られている張り紙に気がついた。


 


 営業時間 8時~18時

 定休日 火曜日


 


 腕時計に目を通すと、6時09分を指示していた。11月の冷気が、俺のトレンチコートの隙間から『帰れ』と吹きすさむ。だが、まさかの同業者のよしみだ。和と洋、ジャンルは違うがどうせなら何か品物を買って帰りたい。


 さて、どこかで時間を潰すか。


 ぐるっと周囲を見回すと、朝っぱらからモーニングをやっている店を発見。よし、あそこで時間を潰して暖をとろ――…って、ああ.....


 俺は店の扉をくぐる姉御を、遠い目で見つめた。






 ◆□◆□◆□◆□





 8時になった…。

 しんどい、もう疲れた……。


 姉御に先を越された俺は、ひたすら時間を潰せそうで暖かいところを探した。2時間も顔見知りと無言で過ごすなど、居心地がわるいことこの上ない。

 だが、こんな時間帯に営業してる店などコンビニぐらいだ。そして、この周辺にコンビニは1つしかない。

 つまり朝6時から2時間立ちっぱなしで立ち読みし続けるかなり怪しい人を貫いて、今この時を迎えたのだ。


 何だこの達成感は…。

 シャッターが開いた瞬間走り出したくなる衝動を必死に堪える。


 開店間際の菓子屋に入る、これは謎の勇気いるんだよな。そんなことを考え、あと15分寒い空気に晒されながら暖簾をくぐった。




 .....っ! これが黒髪ちゃんの職場か!



 《和菓子屋》と言えば何を思い浮かべるだろうか。

 ちなみに俺はこうだ。


 伝統+格式=重圧


 それこそが和菓子屋の醍醐味であり、それを好んで入る客も少なくないのだろう。だが洋菓子ばっかり見てきた俺にとって、和菓子屋の入りにくさと居心地の悪さは異常だった。入った瞬間空気が変わり、見えないGに押しつぶされる。だから俺は、和菓子屋で働こうなど考えたこともない。 


 しかし、この店の中は思っていたより堅苦しい雰囲気ではなかった。



 それを印象づけたのが、あの《テーブル》だろう。


 どうやら、この和菓子屋は喫茶もやっているらしい。和菓子といえば赤い布の敷かれた椅子というイメージがあるが、…テーブルである。しかも明らかにニトリかどっかで仕入れてきたような、つるっつるの真っ白いホワイトボードである。その純白は、俺の大嫌いな『伝統重んじてます』みたいな重苦しい雰囲気を、見事に吹き飛ばしてくれていた。


 要は、雰囲気ぶち壊しって事だ。

 

 ま、そんなことはどうでもいい。俺は歓喜極まりながら、真っ先に椅子に座りこんだ。2時間棒立ちの足がじ~ん…とする。同時に、目元までじ~ん…ときた。


 至福すぎる―…。

 仕事もずっとたちっぱだが、動いているのと棒立ちとでは全く疲労度が違うのだ。


 店にはがっつり化粧で顔を整えたおばあさんが立っていた。おばあさん、というより女将さんと言った方がしっくりくる面構えだな。瞬時にだらだらするのに抵抗を感じた俺は、白いテーブルに肘をつきながらメニューを開く。えーと、なになに…?


 御抹茶と上生菓子のセットか。メニューに載ってる写真がいい感じに雰囲気を醸し出している。これぞ和菓子屋って感じだよなー…。冬なのにかき氷まで売って――



 「ひっ?」



 不意に俺の手から、スルリとメニューが引っこ抜かれた。俺は口を開けながらメニューを目だけで追う。すると、いつのまにか姉御が俺の真正面に鎮座していた。


 そして、啞然とする俺をガン無視して注文する。


 「すいません、御抹茶と上生菓子のセットお願いします。」

 「畏まりました。」


 初めて聞く姉御の声は、なかなか美人だった。明瞭で聞き取りやすい音程の声は、普段のだらけたギャルな風貌からは及びもしない。俺は少々ギャップ萌えに浸っていると、女将さんの視線が俺に向けられていることに気づいた。


 なんだこいつ、気色悪い。『ニコニコ』というより『ニヤニヤ』している。

 不意に嫌な予感がよぎった。


 「彼氏さんの方はどういたしますか?」


 「…。」



 彼氏ぃ!? 何言ってるんですかこのオバサンは!?

 不意に、俺の頭が沸騰寸前まで追いやられた。

 

 ここの販売精神はどうなっている。確かにフレンドリーな接客というものは存在する。が、それはあくまでも客を不快にさせない範囲に収めたものを言う。


 今の発言で、確実にこの店の威厳と品格が吹っ飛んだぞ? 

 そう心の中で蔑みながら、笑顔で注文する。


 「俺も同じものでお願いします。」


 俺がそう言うと、さらにニヤニヤしながらおばちゃんは下がっていった。

 不愉快だ…。

 何が不愉快かというと、別に俺が姉御の彼氏と勘違いされたからではない。


 むしろ逆だ。


 姉御は、普段はバリバリのギャルである。そして俺は生粋の草食系…。おそらく腹の内では『なんで私がこんな地味なのときんめぇー』的なことを思われているに違いない。


 …考えただけでも吐き気がする。


 俺はさりげなく正面を一瞥し、表情で心の中を探る。だが意外な事に、何も意に止める様子も無く、眠たそうにメニューをぺらぺらとめくっていた。


 よ、よかった……

 かつてこんなにもホッとしたことがあっただろうか。自分の自尊心が傷つけられなかった安堵感に、思わず胸を撫で下ろす。


 俺は、メニューを放り投げてテーブルに突っ伏す彼女を、真顔で見つめた。

 

 姉御は誤解を受けるよりも、一人で喫茶に居座る方が勇気のいる人間なのか。

 ちゃんと女の子だったんだ、姉御…。


 自分とは全く人種が違うと決めつけていた人間が、意外と親近感の持てる相手だったりすることを初めて知った。同時に、『ギャル』という生き物の見解を変えなければならないと思うのだった。


 

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