ストーキング? いえいえ、尾行ですよ
人のプライベートを漁るのは良くない・・・?
当たり前だ。
でも気になるじゃないか...!(キリッ)
毎日毎日、クソ早い始発列車の中で覚めない頭を揺さぶりながら予習復習をを一度も怠らないとか、俺からしたら正気の沙汰じゃない。
…ああ、俺はダメ人間だとも。だがそんな俺はともかく、なぜ彼女はあんなにも死臭を漂わせているのだろうか。
朝がクソ早いから?
違うな、そんなものはあまり関係ない。
朝が早いのが大嫌いな俺ですら、半年も経てば大した問題ではなくなるくらいだ。
俺は過去を反芻する。
仕事に於いて俺が一番胃に穴が開きそうだったこと、それは自分があまりにも「役立たず」だったことだと思う。朝が早かろうが体が悲鳴を上げようが、多少給料を減らされようが……組織から邪険される苦しみに比べたら、正直どうでもよかった。
でもま、これは俺が悪かった。努力なんか皆無、というか努力の仕方すら分からない終わってる人間だったからだ。
しかし彼女は違う、報われて然るべき人間の筈だ。なのに今となっては髪につやなど皆無な有様。俺はただ、その原因を知りたいだけだ。
よってこれはストーカーではない、尾行だ。
長ーい自己防衛と正当化の末に、ようやく駅のホームに光が差し込む。
いつもと同じ車両に乗らない方がいいな……。毎日乗り合わせているあの面子なら、俺の定休日だって分かっているはずだ。怪しまれる。
そう考え、俺は2両目に乗り込んだ。
「……ん?」
へぇー、めずらしい。視線の先にはすでに、先客がいた。
電車が流れてくる時に二両目の中身も見るのだが、絶対と言っていいほど人が乗っていないのだ。視線の先には、紺・黒・白という大変地味な配色で全身を固めた女性が俯いて寝ていた。
俺は対して気に止めず、車窓から流れる暗闇を眺める。
ああ…… 今更ながら、何故に定休日にまでこの風景を見ているんだろうか。ただの好奇心だけでここまでやる訳がない。多分これは……
俺はうんっざりした気分で、ため息を吐き出した。
窓ガラスが白く曇る。
俺は悔いたのだ。日に日に彼女がやつれていくのを知っていて、見て見ぬ振りをしたことを。だから何かしないと心が晴れないんだ。だが、真実を知ったところで自分はどうするのだろうか。
そんなこと分かりきっている。
所詮は赤の他人、話しかけようなどという気は皆無。顔も滅多に合わせない。
それなら何もしなけりゃいいのに、そういうわけにもいかない。
人間って、なんて可笑しな生き物なんだろうか。
罪悪感がここまで人を縛る力を持っているとは知らなかった。
始発列車が徐々に、スピードを落とし始めた。
次で、メドゥーサちゃんの下車駅だな……。
俺はのっそり座席を立ち、扉が開くのを待つ。そしてメドゥーサちゃんが動き出してからワンテンポ遅らせて、尾行を開始する。この絶妙な間合いの取り具合……。自分の思わぬ才能に若干泣きたくなる。
彼女が角を曲がろうとする。姿がみられるかもしれない…。そう思った俺は、死角となる電柱の後ろで立ち止まった。その時――
パタ…パタ…
俺は、背後に寒気を感じた。
俺の背後から、足音が聞こえる。それも、足音を消そうとして歩いてる気配が…ペタペタ、ペタペタと…糸を引くようについてくる。最初は気のせいだと思っていた。だが俺が立ち止まった瞬間、音が途絶えた。
・・・俺、もしかして尾行されてる?
今、確実に俺の後ろに誰かいる。
俺は振り向く勇気すら持てず、謎の強迫観念に囚われて動けなくなった。俺は真っ青になりながら立ち止まる。すると――
背後の気配は、俺など完全無視して真横を通過していく。
紺色のブラウスがヒラりと舞う。確かこの人、電車の中の先客だ。そういや、この顔どこか…で……
俺は絶句した。
いつもの気品の欠片もないケバケバな化粧を変えることで、清楚系地味子にメタモルフォーゼしていたソイツを凝視する。もはや別人だが、顔の骨格までは変えられない。なんでお前がここにいるんだよ! てかお前も今日定休日だろ!?
……ん?
あ、ああ…俺もそうか。
俺は遠い目で、黒髪ちゃんを追いかける地味子を見つめた。
「姉御よ、お前もか…」