途中下車したい、絶対不可能…
【10月1日】
人身事故のあった次の日。
不吉な予感に駆られた俺は、いつもの10分も早く駅のホームに着いていた。
毎日乗り合わせるメンバーだ、定休日ぐらい見当がつく。
オジサマは日曜日。
俺と姉御は水曜日。
黒髪ちゃんは……木曜日だ。
そして今日は、土曜日。
しかも未だかつて乗り遅れた様子など見たこともない。
つまり、無事なら今日の電車にちゃんと乗っている筈だ.....!
俺は平常心を装いながら、足早に電車に乗り込む。
いつも通り無言の空間。
いつも通りだ。いつも通りの筈なのに
息が詰まる。
無言がこんなに苦しいと思ったことは、未だかつて無かった。
俺の元特等席は、……空席だった。
【10月2日】
今日も黒髪ちゃんの姿はない。
クソ早いド田舎の始発列車は、かつてない修羅場と化していた。無言から発せられる殺伐とした空気に、どこでもいいから途中下車したくなる。
俺だって辛い事など腐るほどあった。仕事の出来ない自分が不甲斐なさ過ぎて惨めだったり、先輩の失敗を俺のせいにされることも日常茶飯事だった。
もしかしたら、彼女が背負っていたものを吐き出させることが出来たかもしれない。
しかし俺は…彼女が日に日にやつれていくのを知っていて、放置した。
『所詮は、他人』
そんなもの……上手な言い訳だ。
ただ自分が、怖かっただけ。
声をかけて訝しがられるのが…、嫌煙されるのが……
自分が傷つけられるかもしれなかったのが、怖かっただけだ。
この日俺は、2年ぶりに計量間違いなどという凡ミスを、犯した。
◆□◆□◆□◆□◆□
きたあぁぁああああああああああっ!!
居たっ、黒髪ちゃんが居た。居た、居た居た居た!!
女の子の姿が消えてから3日後。彼女の姿を目の当たりにしたとき、ニヤけて変質者になりそうな口元を慌てて隠す。
普段と変わった素振りも見せず、黙々と予習復習を繰り返す黒髪ちゃん。だが、何事もなかったとは言え、刻まれたクマが消えている訳ではない。散々後悔の淵を彷徨った俺は……
一つの一大決心をした。
話しかけよう。
もし自分が手を差し伸べていたら、変わる未来があったかもしれない。そんな救いのない後悔に、黒髪ちゃんは現れてくれた。
俺は、一度座った席から立ちあがろうと、両足に力を込める。
――その瞬間、彼女の傍に人影が移動した。
俺はあんぐりと口を開ける。
出し抜かれたから、というのもある。だがそれ以上に度胆を抜かれたのである。
あの動かざる獅子、オジサマが立っていたのだ……
オジサマは、黙って彼女に茶色い紙袋を手渡した。そして間髪入れず座席に戻り、いつものポーズで寝むる。
黒髪ちゃんは、きょとんとした表情で紙袋を開封し始めた。彼女が中の物を引きぬくと、そこから芋づるのように…それはもうぞろぞろと・・・
健康祈願
出世成功
学業成就
交通安全
開運除災
恋愛成就
.....etc
おいおい……、安産祈願まであるぞ.....?
絡まり合って一つの物体と化す、オジサマの心配の塊。
黒髪ちゃんはお守りの入った紙袋を抱きしめると、顔を伏せた。
……声を殺しても無駄ですよ?
ここは喋らずを基調とした乗車人数たった4人の始発列車だ。
静かにすすり泣く彼女の声に、俺は自分が出る幕がない事を悟る。
オジサマに目をやると、いつも通りカバンを抱きかかえた腕に、自分の顔をうずめるような恰好で寝たふりをする。そう、寝たふりだ……確実に。
オジサマは、真っ赤に染まる耳を......全く隠せていなかった。
【11月】
今日は水曜日、俺の定休日だ。
にも関わらず、駅のホームにて電車を待っている。
何故かって……? 決まってるじゃないかッ(ドヤ顔)
あの黒髪ちゃんを、尾行するためさ!!