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さーて、いつまで続くかなァ~?

 【プロローグ】


 《4:45分発》


 まだ山の輪郭すらも闇に埋もれたまんまの、クソ早いド田舎の始発列車。

 その1車両目は、常に3人の強者共の貸切状態だった。


 1人はお堅いスーツに身を固めたダンディーなオジサマ。

 1人は自分と同期くらいの、目つきの鋭い怖ぇギャル姉。


 そしてもう1人が、俺だ。


 正直に言おう。俺が挫折せずに通勤できているのは、こいつらのおかげだ。

 と言っても、会話どころか挨拶…いや、声すら聞いたこともない。


 しかも見るからに人種(性格)が違う。


 じゃあ一体どう支えられてきたのか、そこがこの物語の一番奇妙な点である。 


 この電車に乗るためには少なくとも、朝4時起きが基本だ。こんな時間に起きる為には当然、夜に遊ぶ時間を削ってまで寝なければ体が持たない。


 この苦行には思わず『何処の坊主だよ?!』と突っ込まざるを得ない。しかし、それは自分だけではない。毎日と言っていいほど乗り合わせるこいつらも、修行僧のような努力を続けているのだ。


 俺は純粋に、こいつらを尊敬していた。

 それ以上に、絶対にこいつ等より先に脱落したくなかった。


 そんな意地を張っていたら、いつの間にか3年が経過していたのだった。入れ替わりの激しいとある洋菓子屋に勤める俺は、知らぬ間に結構な地位に立っている。

 

 そんな今だから思える、ひそかな感謝の気持ち。

 だがそれを口にしようとは思わない。


 

 所詮は赤の他人、話しかけようなどと言う気は皆無。顔すらめったに合わせない。

 それが始発メンバーにおける暗黙の了解であり、俺のポリシーだ。


 オジサマは、突然車内灯が消えようと電車が遅延しようと安眠を貫く。

 姉御は化粧でメタモルフォーゼ☆(恐怖)、実演で女はみんな化物だと教えてくれる。

 そして俺は、何をする訳でもなく見飽きた景色を車窓からボー…と眺めているだけ。


 これが3年間変わることなく続いた、朝の風景だ。



 ――だが、そんな日常は…案外簡単に覆る。




 【4月】


 

 何が「今日は小春日和です。」だ。その一文を祟ってやりたい。


 暖かい車内を羨望しながら、今日も俺は始発駅から1つ先の駅のホームにて電車を待つ。寒さに浸食される体面積を、猫背になって必死にカバーする。そんなガクブルな俺を、やがて強烈な光が照らし出した。


 凍傷になりそうな手を擦りながら、いつもの席へ向かう。

 すると――



 ・・・天使の輪っかが輝いている、だと?



 なんだこいつは。

 見た事のない艶やかな黒髪セミロングの女の子が、俺の特等席にちょこんと座っている。

 それは、3年間続いた俺の風景をぶち壊すものだった。

 


 

 【5月】



 新人の始発通いは、案外簡単に挫折する。俺がここ3年で得た経験だ。 

 しかし、この子は辛そうにする素振りなど微塵も見せなかった。


 それどころか・・・


 俺は横目で黒髪ちゃんを一瞥する。

 今日もだ…… 今日も自分が仕事場でとったのであろうメモを見つめ、頭に叩き込んでいる。

 懐かしいなぁ、俺も昔はやっていた。2か月しか続かなかったけど。 



 さーて、この子はいつまで続くかなァ.....?



 上から目線で新人を観察する、何様な俺だった。




 【6月】



 始発の苦痛その①


 朝の光を拝めない!! 太陽の光を初めて浴びることが出来るのは、仕事が終わって店から出たときオンリーワン。下手したら一度も日光に当たれない日も珍しくない。


 そんな根菜生活を打開してくれるのが、この6月なのだ!


 一年で最も日の長い『夏至』のある月。神々しい朝の光を拝める貴重な季節。4年目に突入しても、湧き上がるこの感動を抑えることは出来ない。


 そんな爛々とした気持ちで電車に乗り込む。

 すると、新人が乗り合わせてから3か月目にして、ついに変化が起こり始めた。


 ・・・と言っても、黒髪ちゃんの熱心な姿勢は全くと言っていいほど変わっていない。

 では一体何が変化したのか。


 ウソだろ? 信じられない、だが幻覚ではない。

 あの怖ぇ姉ちゃん(見た目)が、電車の中でメモをガン見している。


 ……なんだよ、いっつも化粧するか音楽聞くかの二択なくせに。


 急に自分の肺のあたりが胸糞悪くなる。

 なんか、こいつに俺以上の努力をされるとムカつくなぁ……


 そんな不純な動機で初心に帰った、2か月遅い小春日和だった。




 【7月】



 『夏』―― いよいよ始発通勤でよかったと思える唯一の季節に突入する。


 普通なら汗まみれという不愉快極まりない状態で1日がスタートすることだろう。それに引き替え、始発の朝は爽やかな快適空間そのものなのだ。


 さらに素晴らしいのは気温だけではない。


 夏の洋菓子屋というのは、尋常でなく暇なのだ。経営者からみりゃ大変なのだろうが、雇われの身である自分にとっては幸せ以外の何物でもない。

 

 しかもまだ空も明るい。あぁ…夏最高っ!!


 清々しい気持ちでNEW特等席へ歩み出す。

 すると今日も、依然勉強体制を崩さない女2人が視界に入った。


 まじかっ、よく続くなこいつら……



 『2人は投げ出していない』

      ↓

 『先にくたばる駄目ゼッタイ。』



 俺のひねくれた思考回路は、カバンからごわっごわになったノートを取り出す。  

 そいじゃあ、今日は新商品の妄想でもするかな。

 この1か月だけで、いつの間にかノートは絵で埋め尽くされていた。




 【8月】


 

 何という事でしょう。

 ある日突然、俺の不純な意志の結晶が偶然社長に見つかった。


 自分は職場に於いて、進んで意見を述べるような人間ではない。ただ言われたことを黙々とやるだけの存在と認識されており、自分でもYESマンだと自覚していた。


 それがなんだ。


 『仕事を冷静にこなす、秘めたる熱意を持った奴』と俺の株価が急上昇した。



 なんかごめんなさい…。真実は――

 『夏....暇過ぎ最高オォォッ! 体軽いぜヒャッハーッ!! 』デス……


 だが、それなりの努力をしていたのは真実だ。評価されるというのは嬉しいもので、心の高鳴りが抑えられない。ケーキの売れない夏を打開できそうな案もたくさん考えていた。その内2つも、一度試作品として作ってみようということになった。


 この日、俺は初めて仕事にやりがいと言うものを、知ったのかもしれない。




 【9月】



 い、嫌だ…… 気が滅入る。


 空の明るさを堪能できた4:45分が、日に日に影を落とし始めた。太陽の頭がだんだん見えなくなる毎日に、自然と体が気だるくなる。


 しかし影を落とし始めたのは、俺と季節だけではなかった。

 

 もちろんいつも通り、俺は何気な~く電車に乗り込む。

 もちろんいつも通り、おじさまが優雅に眠る。

 もちろんいつも通り、姉御が黒髪ちゃんと張り合うようにお勉強。

 もちろんいつも通り、俺の元特等席には――



 ――え? 誰このメドゥーサ?


 

 俺の元特等席に鎮座する、謎のメドゥーサ。

 髪の毛が寝癖のまま入り乱れ、重力に逆らっていろんな方向を向いている。


 俺は訝しげに眼を凝らす。

 そして、……愕然とした。


 その手に握られていたのは、見慣れたメモ帳とボールペン。

 俺は思わず、持っていたカバンを地面に落とし石化した。

 


 お前っ!? いい、一体何があったんだ!?



 始発列車の天使は、死臭を放ちまくっていた。






 

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