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泉の女神  作者: 徒然花
異世界スカウト
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月は満ちたり

「稲葉さん、決意してくれますかねぇ?」


あれから時間は流れてひと月後。

私以来という、大変久しぶりな本格的召喚の儀式の準備が着々と進んでいるファンタジーワールドから、美華さんが中継でお送りしております。

ちなみに先程のセリフは、召喚儀式を見ながらつぶやいた一言だ。


満月の今日、召喚されるのは例の稲葉さん。


あの後こちらに無事戻った私たちはお義父さんのところに行って、今回の事情を説明したのだった。

こちらの世界にメリットのある人材を召喚する。しかも本人は納得済み(ただし決意できていたらの話だけど)だから、引き留め工作一切不要! これは結構おいしい話ですよ~と、また営業トークをさく裂させた私に、目を閉じ黙って聞いていたお義父さまだったけど。


「ミカ様のご負担を考えると、それもいいのかもしれませんな。シエルだけではまだまだ不安ですし。お婆さまは……」

「いや、それ以上言ってはいけませんお義父さま」


ソッコーでツッコませていただきましたとも! 正直すぎるのはよくないよ!

お婆さま、人はいいんだよ。ちょっとヤブなだけなんだよ! 

あぶねーあぶねー。いくらホントのこととはいえ、それは最後まで言ってはいけません!

私の勢いに若干引いたお義父さまだったけど、

「あ、うん、まあ、なんだ。来るか来ないかはわからないですが、召喚してみるのもいいでしょう」

とまあこんな感じで、今回の召喚に賛成してくれた。


夕日が赤々と燃えているこの時間は、お義父さまが神殿で『月の石』に祈りをささげている最中。ラルク曰くの『どう言う人物を召喚するか』というのを指定しているところなんだそうだ。

青々をした木の枝を持って『月の石』にペコペコしている姿は、なにかこう、神道の神主様みたいな感じかなぁ。

しかし今回の召喚の指定は楽だろうな~。不特定多数の中から『あーだこーだの条件を満たす人』という曖昧なものじゃなくて、住所から名前、職業までわかってるんだもんね。でもって、後は『本人の意志がある』ことだけ。

それを延々と祝詞みたいにして読み上げてるんでしょ? ずーっと延々ナンタラカンタラと言っておられますが、美華さん、現代語だけでいっぱいいっぱいだから、古語とかで書かれてる祝詞ワカンナイデス。


神殿の周りには村人さんたちが集まってきていて、静かに祈りを聞いている。

日が沈み月が出る頃に祈りは終わり、みんなで泉に移動するそうだ。

召喚の儀式なんてファンタジーの最たるもの、初めて見るからわくわくするね! って、よく考えたら召喚の儀式を客観的に見学するの自体が初めてじゃない! いっつも当事者で池ポチャしてるのは私だったもんなぁ。

今日の池ポチャ犠牲者が私じゃないから、とっても野次馬的に見ております。




満月がのぼり、その丸く美しい姿が水面に煌めいた時。

静かに『月の石』が浸された。


そして――。


「……決意していたようだな」


ラルクがフッと微笑んだ。




コトン、と温かいハーブティの入ったマグが稲葉さんの眼の前に置かれた。


ここは診療所うちのいえ


水面に、明らかに不自然な波紋ができたなと思ったら、ついでぼこぼこと泡が出てきた。みんなで固唾を飲んで見守っていると、しばらくして水面に稲葉さんが顔を出したのだ。


ほほ~、召喚って、はたから見るとこんな感じなのね~!


思わず感心して見入ってしまったわ。

でも呑気に観察している場合じゃないよね。早く稲葉さんに声をかけてあげないと。

今だ浮かんできた場所にいる稲葉さんは、はじめキョトンとしていたのだけど、

「稲葉さーん! こっちですよ~! あがってきてくださーい!」

唯一日本語の話せる私が声をかけると、こちらに気が付いてくれて、目が合ったので手招きして彼を岸へと誘った。

私の時は、誰も日本語なんて話せないから、何一つ言ってる言葉はわかんなかったから、身振り手振りを見て岸に向かったんだったなぁ。と、ちょっぴり懐古。

私とラルクを見つけて、明らかにほっとした顔の稲葉さんが、ザブザブとこちらに泳いできた。インテリ眼鏡だけどカナヅチじゃなくてよかった。溺れられなくてホントよかったわ。

岸に上がってきた稲葉さんをラルクが助けて引き上げ、そのままうちの家に直行した。今回は説明も説得も要らないからね、風邪でもひいちゃったら大変だから、急いでケアするのだ。

温めておいたお風呂に入って、乾いた服に着替えてもらって、そして今に至るのだ。


「決意してくれたんですね! よかったです」

あの時よりも少し顔色がよくなったように見える稲葉さんにホッとする。自棄にならなかったことだよね!

「ええ、あれからいろいろと考えました。諦めながら生きる、もしくは生きることすら諦めるのは、新しいことにチャレンジしてからでも遅くはないかなと思いまして」

胸元に光る『月の雫』を、男の人の割には繊細な長い指で弄びながら、稲葉さんは決意に至った理由を話してくれた。

「そうだな」

「そうですよ~! 何か得られるものがあるかもしれないし、どうしても合わなければ戻ることもできますからね!」

安心してどどーんと当たって砕けちゃってくださいな! あ、砕けちゃまずいわね。

稲葉さんの気持ちに同意した私とラルクに、きりっと表情を引き締めてから、

「わからないことだらけですので、これからよろしくお願いします」

私たちに向かって深々と頭を下げてきた。

「よろしく~」

「ああ、よろしく頼む」

私たちも満面の笑みでウェルカムの気持ちを表現したさ! ん? ラルクもかって? まっさかぁ! ラルクはいつも通りの無表情だよ!


こちらで生活すると決まれば、これから寝起きする場所が必要なんだけど、

「家は……ここは部屋がないから無理ね」

「当たり前だ」

うちの中をぐるっと見渡しながら私がつぶやくと、ラルクがすかさず肯定した。

まあそもそも部屋があったとしても、ラルクはうんとは言わないでしょうけどね~。

じゃあどうするんだろ? また神殿に囲いを作って簡易宿泊所でも作る気か? あれは正直おススメしないわ~。私の時は疲労困憊だったから爆睡できたけど(私の神経が図太いからとか言わない!)、稲葉さん、ちょっと神経質っぽい感じもするからねぇ。私はカチッとした銀縁眼鏡をかけた稲葉さんの顔を、不躾にならないように盗み見しながらそう思った。

じゃあどこにお泊めするよ? と思っていたら、

「隣の、アンとシエルの家をマサキの家にしたらいいという話になっている」

ラルクが再び口を開いた。

「いつの間に?! っと、あ、まあそういうことだそうです。隣の家を使ってください」

「はい。ありがとうございます」

そう言って稲葉さんはまた軽く頭を下げた。


稲葉さんを案内して、月明かりが煌々と輝く中を隣の家に向かう。

家の中に入れば、いつの間にかアンとシエルの荷物は撤去されていて、綺麗さっぱりがらんどう。おまけに掃除もされていた。

「いつの間にか綺麗になってるし?」

こんなことになってるとは知らなかった私が、驚いて部屋中をきょろきょろと見ていると、

「昨日の間にだ。アンとシエルは実家にいる。初めの頃と違って、もうミカのすぐそばにいなくても大丈夫だからな」

フッと笑ったラルクに肩を抱き寄せられた。

「そうですね」

ラルクのラピスを見つめ返してにへっと笑う。だっていっつも傍にはラルクがいるもんね! ……っと、こんなところでラブラブしていている場合じゃないぞ。稲葉さんが半目になってるわスンマセン。


小ぢんまりとはしているが2DKだから、一人暮らしの男には贅沢な広さだ。


「こっちが寝室だ。この家自体、マサキの好きに使ってもらっていい」

ラルクが奥のドアを開けながらそう説明した。

「わかりましたラルクさん」

「ラルクでいい」

「いきなりファーストネームを呼び捨てって、ハードルが高いんですけど……」

家の中をあらかた検分しラルクに振り返った稲葉さんだったが、ラルクの言葉に苦笑いする。う~ん、よくわかるよその気持ち! 平均的日本人ならば苗字に敬称、これ普通!

だから私がすかさずフォロー。

「ああ、こっちには苗字とかなくて名前だけなんですよ~。だからどっちにしろ名前を呼ぶしかないんです。ちなみに私も名前しかないですし、せいぜい『ラルクの嫁のミカ』なもんです」

でも私の場合、思いっきり敬称ついちゃってるけど。ここは黙っておこう。

「そうなんですか?」

「そうなんですよ。家名あるのって、こっちの世界じゃ王侯貴族しかいませんよ~」

「へぇ」

王侯貴族っていう、日本人にはあんまり縁のない単語を聞いて軽く目を見開いてますね。

「だから明日からは『マサキ』の連呼です」

「連呼って……」


さらに苦笑いしている稲葉さんだった。


今日もありがとうございました(^-^*)

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