スカウト!
近くの公園まで男の人を連れて行き(つか、ラルクが担いで行ったに等しい)、日陰のベンチに座らせてから、
「まあこれ飲んでとりあえず落ち着きましょう」
そう言って、私は買ってきた冷たいお茶のペットボトルを手渡した。
「すみません、ありがとうございます」
少し落ち着いたのか目の力が少し戻った男の人は、お礼を言ってペットボトルを受け取ると、ぐいぐいとあっとう間に半分くらいを飲み干してしまった。
「もう大丈夫ですか?」
男の人の顔色も少し回復した様に見えたので、それまで黙って見守っていたのだけど、私はそう声をかけた。
「はい、落ち着きました。ありがとうございます、ご迷惑をかけてしまいました」
そう言って私たちに向かって頭を下げる男の人。
「いえいえ、そんなことないですよ。でも本当にどこか具合が悪いんでしたら、しかるべきところで診てもらった方がいいと思いますよ?」
今回はたまたまラルクが助けてくれたから事なきを得ただけで、でなければ確実に車道に出て車にはねられてたと思うよ、オニーサン。
おせっかいとは思いつつも男の人に、それとなく病院行きをおススメしたんだけど、
「あ、いえ……。ちょっと激務が続いて寝てなかっただけですから。……これはただの疲労です」
緩くかぶりを振りながら否定する。
朦朧とするほど激務が続いてたとか、それってブラック勤めですか?
「そうですか。ちゃんと睡眠はとれていますか?」
元ナースの習性か、現なんちゃって医者の癖か、男の人についいつもの感じで聞いていた。
「ここ一週間ほどはまともに眠れてない、かな。急ぎが続いたんで」
また眩暈がしたのか、男の人は眉間をぎゅっと指で揉みながら答える。やっぱりブラックか?
「代わりの方はいないんですか? じゃないとあなたが参ってしまいますよ?」
「他にもいますけど、たまたま今回はどの先生も手一杯だったんですよ。今、ちょっと落ち着いたところですが、みんなこんな感じでふらついてます。でもまあ、激務は茶飯事ですね」
ははは、と力無く笑う男の人。
ん? 先生? そして激務? ……何か今、私の頭の中でジグソーのピースがピタリと嵌った気がするんだけど?
稲葉雅紀さんと名乗った彼は、大きな総合病院で勤務医をしているという。それも急患が運ばれてくるセクションの。あ~、どおりでなんか懐かしいにおいがすると思ったよ。
年齢は27歳。って、まだまだ今から伸び盛りの若手先生じゃないの!
若手特有の熱意をもって仕事をしていたんだけど、やっぱり現実は厳しくて。連勤に加えて睡眠不足から朦朧としていたらしい。激務に加えて理想と現実の差に悩んでいた今日この頃だそうで、かなり自棄にもなっているようで、
「このまま僕がいなくなっても誰も悲しまないからいいんです。仕事だって、僕なんてただの駒だから、いくらでも替えはきくし」
なんて王道なセリフまで言っちゃってるし。まだ若いから、仕事だって始まったばかりの一番熱血漢な時期なのにさ、どんだけやさぐれちゃってんのさ。青年よ、もっと大志を抱け!
って、理想と現実のギャップに悩んでるんだったっけ。ごめん。
「そんなわけないでしょう。家族は確実に悲しみますよ」
「親は僕が中学生の頃に事故で亡くなったんでいないですし、一人っ子ですし、結婚もしていないので天涯孤独だから大丈夫です」
だそうだ。そっか、肉親の情に訴えかける作戦はダメだったか。
じゃあ次はどう訴えかけようかと、私が思案していると、
「僕みたいな悲しい子供を減らしたいと思って医者になったのになぁ……」
ポツリとこぼしたその言葉。
うわぁ、実感籠ってる。うう、泣いていいですか? いいよね?
ベンチに腰かけて項垂れている稲葉さんを、ウルウルしながら見ていると、
「では、あちらにいったらどうだ?」
「へ? あっち?」
「?」
私の通訳を聞いたラルクが突然提案してきた。あちらって、あのファンタジックなあちらよね? ラルクの言葉が解らない稲葉さんはキョトンとしたままだ。
「そうだ。いっそ死んだ気になって、向こうに行くというのもいいと思うのだが。埋もれさせておくにはもったいない能力を持っているんだろう?」
「まあ確かに、あっちでは需要もあるでしょね」
「ミカだけに負担がかかっている今、そいつが来ることでその負担を軽減することができるだろう」
あ、やっぱりラルクの思考はそこですか。いや、まあ、私はしがない元ナースだけど、医者がいれば心強いよね! ニセ医者より本物だよね☆
「でもあっちに呼ぶようなことを、今ここで勝手に決めちゃってもいいんですか?」
村会議、してないよ? 村長さんのOKもらってないよ?
そもそも異世界から人を召喚するのは、よほどのことがない限りダメなんじゃないかなぁって思うわけですよ。その人の生活もあるし、ひいては人生かかってるからね!
私の場合は物凄く切羽詰った事情があったし、何より私が怒涛の如く流されまくった結果、異世界トリップなるものを承諾しちゃったんだけど。しかも定住までしてるし!
まあ、うちの召喚は帰還も可能ってところがポイント高いよね。
でも、本当に今ここで召喚の話をしてしまってもいいのだろうか? そう思いラルクに言ったのだが。
「オレが決めたんだし大丈夫だ」
返ってきたのはまあなんて俺様発言!
「ラルクがそう言うなら……」
う~ん、お義父さまの説得はラルクがしてね。それに一応次期村長だし? ラルクがいいって言うならいいのかもしれない。これでも(って言ったら失礼か!)ラルクは人を見る目はあるもんね。
「父さんたちだって、ちゃんと訳を説明したらわかってくれるさ」
そう言っていることだし、では稲葉さんに提案してみるか――。
「あ~、もし稲葉さんが望むなら、いっそ死んだ気になってこことは違うところでその力を発揮するのはどうでしょう? 今まで勉強してきたことを無駄にするのはもったいないですよ?」
私とラルクの会話についてこれずにキョトンとしたままこちらを見ていた稲葉さんに向き直って、改めてさっきの会話の内容を伝える。
「こことは違う、場所? それは外国、とかですか?」
「う~ん、外国のような、そうでないような?」
「……」
私のよくわからない説明に、胡乱げな表情になる稲葉さん。仕方ないよね、だってどう説明したらいいのかわからないんだもん。
ええい、開き直って説明するか。信じる信じないは稲葉さん次第だ!
「まあここからは信じるか信じないかはそちらに任せるけど、ちょっとファンタジックな世界があってですね、そこは現代日本みたいに科学や文明も発展してない、まあ中世みたいなところなんですよ。もちろん、医者も不足している。私はそこで医者の真似事してるんですけど、まあ、医者って言っても医療器具とかそんなもんないですから漢方医みたいな感じで」
「はあ」
「稲葉さんは薬草とかの知識はありますか?」
「う~ん、一応、なレベルですね。詳しいかと聞かれれば否と答えます」
「そうですか。まあ、医療器具がないので問診や触診中心で、投薬治療オンリーです」
「はあ」
「難しいことは魔女のお婆さんが解決してくれます」
「魔女ですか、へえ……って、魔女?! はぁっ?!」
それまで半信半疑な瞳で相槌を打っていた稲葉さんだったが、魔女という言葉を聞いた途端に全開になった。うん、驚いたね! しかし私はなおも冷静なまま畳み掛けたんだけど。
「なんと、剣も魔法もあります!」
「……」
あれ? 今のめっちゃウリなとこだったんだけど。半目になったか。そりゃそうか。
「まあ、そゆところなんです。どおでしょ?」
ニッコリ笑ってセールストークお終い!
「いきなりそんな話を聞かされて『どお?』って言われても……」
瞳を揺らせて迷っている稲葉さんを見て、助け船を出したのはラルク。
「ミカ、そこは猶予を与えた方がいいだろう。ひと月後、決意が固まったなら召喚するというのでどうだ」
「ああ、そうですね! それまでに必要なことはすませておいてもらうということで。でもひと月後、どうやってその決意を知ることができるんですか? また私がこっちに来て面接してから、一緒に召喚されるとか?」
「そんな面倒なことをしなくても、召喚の条件にその決意を組み込めばいいだけだ。決意をしていなければ、条件に合わないから呼び出されない」
「ほほ~! なるほど~!」
そんな高度なことができるんだね! たった今知ったよ、すごいね『月の石』!!
また知らぬ言語で会話が始まってしまったのを、ただ見ているだけしかなかった稲葉さんに視線を移し、
「ひと月後、決意をしたならばあなたを向こうに呼び寄せます。決意できなかったらそのままですからご安心を!」
にこ~っと笑って、すっかり私はセールスマンだ! 心の隙間、埋めちゃうぞ☆
稲葉さんはゴクリ、と喉を鳴らしてから、
「ひと月後、ですね」
慎重に返事をした。
「はい。もし決心がついたなら、身辺整理をしておいてくださいね」
「……わかりました」
半信半疑だよ! って顔に書いてあるけどまあいいさ。決意しなかったら『あれは激務による幻』かなんかで自己完結するだろうしね~。
「ここでこうやって休憩したからか、すいぶん楽になりました。もう大丈夫ですので、そろそろ行きます」
「また仕事ですか?」
「いえ、やっと久しぶりの休みをもらったので、家で泥のように眠るつもりです」
「それがいいですね!」
「では。ありがとうございました」
深々と私たちに頭を下げてから、さっきよりもずいぶんとしっかりした足取りで歩き出した稲葉さん。家もこの近くだと言っていたからたぶん大丈夫だろう。
しばらくその背中を見守っていた私たちだけど、稲葉さんの足取りが危なくないのを確認してから、本来の目的地に向かうべく歩き出した。
今日もありがとうございました(*^-^*)




