仲直り
満月
なんとかなるさ! と開き直ってみたり、やっぱり私だけ置き去りにされちゃったらどうしよう?! なんてネガティブに走ってみたり、私の情緒は日替わりでジェットコースターのように変化していた。このままでは確実に病んじゃうよ、と自分自身で慄いているうちにとうとう満月の日は明日に迫っていた。
自分の部屋の窓から眺める、煌々と輝く小望月。
先月のこの月は向こうで見たなぁ。向こうの月とこっちの月が一緒とは限らないけど、まあ見た目同じだからたいした問題じゃないね☆
もし向こうに呼び戻されるなら明日だろう。多分。まさかもう一月放置ってことはないだろう、あのラルクだ。少なくともリュンだけは呼ぶだろうし。
あ、またネガティブだ。
いかんいかん。こうなったらなるようにしかならないんだから、これからのことは明後日考えよう!
ブンブンと頭を振り、嫌な思考を追い出す。
陰気な考えを遮断するようにカーテンを勢いよく閉めて、もはや爆睡中のリュンの隣に滑り込んだ。
明日もスイミングだし。寝不足でプールに入っちゃ溺れるのだよ。
陰鬱な思考はカーテンが遮ってくれたのか、夢見ることなく朝までぐっすり熟睡できた。
あ~、とうとう今日だよ。やってきちゃったよ満月の日。
なるべく忙しくして気にしないでおこうそうしよう。
心地よい惰眠を貪っていたのだけど、そろそろお母さんが叩き起こしに来るだろうから起きといたほうがいいなと思い瞼を持ち上げようとした途端、身体がぎゅうっと拘束された。
み、身動き取れねぇ!! これがかの有名な金縛りってやつか?!
……いや、待て私。落ち着け私。オバケとか幽霊とかは信じないぞ絶対に! そうだ、ここは科学的に考証しようではないか!
確か金縛りって、頭っつーか意識だけが覚醒していて体はまだ寝てるってやつだよね。さっきから目も開けずにごろごろしたまま、あーだこーだとうだうだ考えてたからこうなっちゃっただけなんだよ、そうなんだよ。
試しに手を動かしてみよう!
にぎ。
「あれ、握れる。つか動かせるよ?? しかもしゃべれる??」
あれえ、簡単に動いちゃったし。金縛りじゃないのか? いや、こう言うと金縛りを期待してるみたいだな。決してそうじゃないんだけど。
オバケが見えたらヤダな~とか思いながら恐る恐る目を開くと、身動き取れない原因がはっきりと目に飛び込んできた。
それは二本のたくましい腕。それが私の身体にしっかりと巻きついているのだ。
んー。ものすごく見覚えがあるんすけど……。でもそれは、ここでは絶対に存在しえないものでもあるんだな~。
じとーっとそれを見つめていると、
「ミカ」
後頭部に、耳に馴染んだ心地のいい声が響いてきた。……ラルク?!
ハッとなり急いで無理矢理身体を回転させると、そこにはいつもどおりのラルクの無表情。いや、ひと月前よりも哀愁の濃度が高くなってるように見える。
おまけに超至近距離。
って、ラルクがこっちに来たぁ?!
びっくりしすぎて、それまでせいぜい半開きくらいだった瞼が一気に全開したさ。
視界はクリアになったけど、まだ半信半疑。腕が拘束されたままだからできないけど、目をごしごしこすりたい気分だよ。代わりに瞬きしまくった。
「ラ、ラルク? ホンモノ? 私まだ寝ぼけてるとかかしら? ラルクの夢見ちゃうくらいにラルクに会いたいとか? 精神衛生上夢オチとか勘弁してほしいわ~」
夢か現かまだわかりきっていない私だけど、クエスチョンマークをふんだんに飛ばしながらつぶやく。ついでにペタペタと遠慮なくラルクのご尊顔を触り……ごほん、確かめながら。
ちょっと顔をしかめたけど、それでもおとなしく私のしたいようにさせていたラルクは、私のつぶやきに、
「本物にきまっているだろう。……ミカ、お前に会いたくていてもたってもいられなくなってここまで来た。召喚の儀式まで待てなかった」
そう言ってまた、きつく抱き締める。あ、さっきのは金縛りじゃなくてラルクの抱擁でした。訂正しておきます。
最近は泉の中までお迎え来てくれていたけど、とうとうこっちまで迎えに来ちゃったよ……。しかもピンポイントで私の部屋に現れるとは!
「この場所に来れてよかったですね~。他所だと絶対迷子になってたよ」
「強くミカことを想ったからな。指輪もあるし、なによりリュンがいる」
本物だと主張するラルクをまじまじと見つめながら問うた答えがそれ。なるほど。血は水より濃いってか。
「……強く言いすぎたオレが悪かった。だから、ミカ、オレと一緒に帰ってくれないか?」
先にラルクに謝られてしまった。いやいや、反省すべきは私であって、ラルクは何も悪くないし!
弾かれたようにラルクの顔を見上げれば、そこには真摯に私を見つめるラピスの瞳。微かに揺れるそれが、ラルクの気持ちを雄弁に語る。
「悪いのは私なのに。ラルクは悪くないです謝らないで!」
「ミカ……」
「私が強情だから、もう嫌われちゃったかと思ってました! 召喚だって、リュンだけが呼ばれて私は取り残されるんじゃないかって、思うくらいに……」
「そんなわけないだろう! ミカはオレを信じていないのか?」
「そうじゃなくて、そう思えないくらいに私が嫌な奴だったんです」
ラルクは、私の体のことを心配して言ってくれてたのに、私ったらそんな気持ちも無下にして。ひと月前の私をぶん殴りたい気持ちでいっぱいだわ。
そんな私なのに、ラルクは謝ってくれて、しかもこうしてわざわざ界を超えて迎えにまで来てくれた。
これで惚れ直さないわけないよね?
私はラルクの広い背中に手をまわし、負けないくらいにギュッと抱きしめた。
「これで仲直り、だな」
「はい!」
顔が見えないけど、きっと瞳は柔らかく細められているだろうなと想像できる優しい声。
ラルクの力強い心臓の音が、幸せの鐘に聞こえた私はヤバい病気かも。でもそれくらい幸せだってことだよ!
と。感動の仲直り(?)をしているところ。
「美華ぁ、いつまで寝てるつもり~? 起きなさー……い!?」
勢いよくドアが開けられて、そこには仁王立ちのお母さんが立っていた。
うわ、抱き合ってるとこ見られた!! ものすごく恥ずかしいんですけど!!!
こそりとも音がしなくなったので慌ててラルクから離れてお母さんの様子を見ると、これでもかというくらいに目を見開きその場で固まってしまっていた。そりゃびっくりするわよね。朝っぱらから見知らぬ外国人さんが娘と孫の部屋にいて、しかもその娘と固く抱き合ってるんだもんね……。お母さん、心中ご察し申し上げます。
「お、お母さん?」
「……はっ!! み、美華?」
「なに?」
「いくら旦那さんが異世界にいるからばれないだろうって、浮気はよくないわよ?」
「ちがーーーーーーう!!!」
ものすごい斜め上の誤解をしてくれたお母さんにキチンとラルクを紹介したら、たちまち目がハートになっていた。すげ、順応早すぎ。
出勤前のお父さんにも軽く挨拶し、はからずしも顔合わせができてしまった。まさかこんな日が来るとは思わなかったよ……。
向こうの服のままだと目立つので、とりあえずこっちの服を用意しようと開店直後のユニ〇ロに走る。残念ながらお父さんの服では間に合わなかったのだ。特に股下がね☆ ドンマイ、お父さん! これはお母さんと私の秘密にしておくからね!
とりあえずのTシャツとジーンズなんだけど、シンプルが故にそのスタイルの良さが引き立って。もはやどこのモデルさん? みたいなことになってる。しかも美形ときたもんだ。
お母さんは大好物すぎてさっきから写真を撮るのに忙しい。
スイミングにもついていくというので一緒に行ったら、男女問わずスタッフさん、ママさんたちが固まってしまっていた。
道を歩けば必ず振り返られるし。
向こうの世界でもラルクは目立ってたけど、こっちの比じゃないね! リュンもかわいいし、普通なのは私だけ……。視線が痛いっす。
ラルクは視線に慣れているからかちーっとも気にせず、珍しくてたまらない様子であちこちを見ていた。
それはそれでお上りさんみたいでちょっと恥ずかしいけど、初めての異世界だもんね、せっかくだから隅から隅まで見ていってくれ! と、温かい目で見守ることにした。
実家とスイミングスクールの往復だけでぐったり疲れてしまったわ。
夜も、早めに帰宅したお父さんと一家5人で団欒お食事会。ラルクったらこっちの食べ物に驚きっぱなしだったよ。
あ、ちなみにラルクの言葉は通じないので私が通訳しましたよ~!
そして満月が、その美しい姿を夜空に現した頃。
「お父さん、お母さん、またくるね~」
「ミカとリュンがお世話になりました(美華訳)」
「またいらっしゃいね! ていうかそっちにもいきたいわ!」
「よろしければ(美華訳)」
「じゃあね~!」
「ばぶ~」
ラルクが私とリュンを固く抱きしめる。
私はそっと水に触れた。
気が付けばいつもの水中。
でも今日はラルクが一緒だから心強い。さらにきゅっと抱きかかえられ、力強く水面に浮上する。
「ぶはぁっ!!」
ザバァと水しぶきを上げながら水中から顔を出すと、岸にはたくさんの人が見えた。
「「「「「おおっ! 帰ってきたぞ~!!」」」」」
私たちを確認すると、歓声が上がった。
「「おねえさま!! リュンもご無事で……!」」
そう言ってラルクを押しのけ両側から抱きついてくるツインズ。
「ご実家はいかがでしたかな?」
そう言ってニコニコしているお義父さまとお義母さま。
他、周りの村人さんたちからも「おかえりなさ~い!」の声が次々と聞こえてくる。
夫婦げんかして里帰りしたのにこの歓待。ちょっといたたまれないっす……。
軽くお祭りムードになっている中、悲壮感を漂わせる人物が一人。
「僕の身のためにもこれからは仲良くしてくださいねっ!!!」
村の駐在さん……ではなく護衛騎士のティムさんが涙目で訴えていた。
ひと月前より痩せた? やつれた? せっかくのイケメンが、なんかどんよりしてるんだけど?
何があったか想像ついちゃうから、そろっと視線を外しておいた。
今日もありがとうございました(*^-^*)




