実家でのんびり
ぎゅっと閉じていた目を開きパチパチと瞬きすること数回。チュンチュンチュン、なんてのどかな小鳥のさえずりなんか聞こえちゃう。
フェンスの向こう、通りに目をやれば、スーツや制服に身を包んだ人たちの姿が見られる。通勤通学姿って、なんかリアルワールドに帰ってきたって感じがするわ~。
気が付けばいつもの帰還ポイント。近所の公園は今日も平和です☆
「お~。今日も無事に帰れたよ。私は無事だけど、リュンちゃんはどお?」
「だー」
「お~、そうかいそうかい、ご無事で何よりだよ」
なんて言いながら、固く抱いていたリュンの頭をそっと外すと、今回は起きていて見知らぬ景色にきょろきょろとしている。愛息の無事も確認できてようやく心から完全に安堵する。
前回思わぬアクシデントでこっちの世界に帰ってきた時には、肝っ玉が太いのか(それって絶対父ちゃん似よね☆)、ぐーすか寝ていたリュン。でも向こうに帰還の時は水中に出たからか、さすがに泣いてたわね。今回もアレをしないと帰れないわけなんだけど、何とかならんもんかね? 私も息がいっぱいいっぱいだから辛いんだよね~。……って、まあそんなことを考えていても仕方がない。
「さ、ばーばのところに行こうね~。じ~じはお仕事行っちゃってていないだろうけど」
またリュンに語りかけて、公園を後にした。
ピーンポーン。
これまた平和な音。『海外ボラに行ってる』なんて苦しい嘘は撤回して、異世界に嫁に行ったということもバラしたし、子供まで生まれちゃったというのも判ってるから、な~んにも隠し事ない状態なので心も軽くインターフォンをぽちっとな~。
家の中に耳を澄ませば人の気配がするから、お母さんは在宅みたい。よかった~。いくらお母さんが専業主婦で大体家にいるとわかっていても、なにせ事前予告はできないからね!
「は~い! ……って、あら、美華! リュンちゃんも!!」
モニターで私とリュンを確認したお母さんの声が弾んだ。……主に『リュン』というところで。まあそれはいいよ。うちの親、孫バカだからさ。
でもさ、異世界から里帰りした娘にももうちょっと感心示してほしいと思わないでもないんですけど?!
「ただいま~。あーけーてー」
「ハイハイ。ちょっと待ちなさい」
ガチャ、とインターフォンの受話器が置かれる音がしてからしばらくして、バタバタバタ……という慌てた足音が奥から近付いてきたなぁと思ったら、勢いよく玄関のドアが開いた。
「また今日も突然の帰宅ねぇ。いらっしゃい、リュンちゃん」
「電話とか通信手段がないんだもん、連絡できないでしょ」
「そりゃそうね。ま、上がりなさい」
「は~い」
お母さんは私からリュンを取り上げると、満面の笑みで話しかけている。うん、その愛想を私にも分けてよ?!
ブツブツやさぐれながら、私は実家に上がり込んだ。
「で? 今回は夫婦ケンカしてこっちに戻ってきたってわけ?」
「ハイ、ソウデス」
私が項垂れながら今回の里帰りのことを正直に白状すると、お母さんは盛大な溜息をつき、こめかみをぐいぐい揉んでいる。心を落ち着かせるときのお母さんの癖だ。
じっと見守るしかできない私。確かにお母さんが呆れるのも無理はない。夫婦ケンカして、揚句には村のお宝使って実家に帰らせていただきます! だもんね。うう、冷静に考えたらすっごい身勝手なんですけど、私!
心を去来する苦い思いを真摯に受け止めつつ、じと~っとお母さんを見ていたら、気持ちの整理がついたのかこめかみから手を離し、
「まあ、あんたが冷静になるまでこっちに居れば? 気持ちが昂ったままだと素直にラルクくんの話も聞けないでしょうし、それだとまたケンカになりかねないでしょ」
「ゴモットモデス」
「それに私としては、リュンちゃんとしばらく一緒にいれると思えばお安い御用だし~」
「って、結局リュンかい!」
「もちろん!」
耳にいたいことをおっしゃる母は、やっぱり私のことをわかってくれてるんだなぁと思った矢先にリュンですかい。即答だよ。リュンしか眼中にないですかソウデスカ。私、この家の娘よね?! 何だかすっごい肩身が狭いんですけど。ほんと、リアルワールドでの私の居場所はどこいった?!
私が元使っていた部屋は綺麗に整理されていた。お母さん曰く「美華が不便なのは知ったこっちゃないけど、リュンちゃんには綺麗なお部屋を使ってほしいからね☆」だそうだ。
何もなくて殺風景だけど埃ひとつなく掃除されている。ありがたく使わせていただきますとも!
クローゼットを見てみると、私の使っていた下着や衣類が洗濯されて入っていた。そして、リュン用の服も、多分甥っ子のお下がりと思われる服が入っていたので、当分困ることはなさそう。ラッキー!
その夜は、お義父さまが頑張ったのか、はたまたラルクが諦めたのか、召喚されることはなかった。
実家での生活は、なるべく負担にならないように家事を積極的に手伝った。一応私だってやればできる子なんだからね!
ここのところずっと続いていたラルクの不機嫌なオーラを気にしないでいいなんて、ちょっと開放感を味わったりしながら、そしてラルクのことを頭から振り払うかのように家事手伝いに邁進した。不機嫌を隠そうともしないから私まで機嫌が悪くなっちゃうしで、負のスパイラルにがっつりはまり込んでしまって、家出直前頃にはギスギスした空気すら流れてたからね~。
唐変木なラルクなんて忘れてやるんだから!!
掃除機片手に息巻いている私がいた。
帰る時のことを考えたらやっぱり水慣れしておいた方がいいという、家族全員一致の意見により、週3でベビースイミングに通うことにもなった。リュンのあまりの可愛さに、スイミングクラブの女性コーチやスタッフのみなさんはメロメロっすわ。ついでに周りのママたちにもね。こんな赤子の頃からお姉さま方を魅了するなんて、さすがは美形ラルクの子だね! このままラルクの遺伝子が優性のまま突っ走ってほしいもんだ。あ、でもあの愛想なしはいただけないかな。ラルクの美貌に愛想が加わったら無敵だよ? その辺りは『和』を尊ぶ大和魂が息づいてくれりゃあいいんだけどな~。
……っと、話が逸れてしまった。
すっかりスイミングクラブにもなじんだ頃。もうすぐ次の満月がやってくる。
なんだかんだと言いながらも気安い実家暮らしに私の疲れも癒されたのか、かなり冷静に状況を考えられるようになってきた。
帰ってきた当初のように『ラルクのばかぁ!』なんて思うことはなくなって、むしろ反省の念が勝って会いたいとすら思うようになっていた。
私も水着になり、リュンと一緒にスイミングのレッスン。
一応は泳げるけど、最近はラルクのお迎えが早かったからそのまま連れて行ってもらってたなぁ。すっかり横着してたなぁ、なんて反省してみる。
リュンを水に潜らせたり、浮かせたり。水遊びの延長のようなものだけど、リュンはすっかりご機嫌だ。ラルクに似たラピスの瞳がふにゃっと弧を描く。
あ~、ラルクどうしてるかな。
リュンに重なるラルクの面影。蘇るのは、最近標準仕様となりつつあった不機嫌と心配を内包した何とも複雑な無表情。あ、これを読み取るにはなかなか長い時間がかかりますよ? いつも一緒にいるからこそわかるっちゅーもんで、親しい友人や家族以外には絶対わからないね。
おおっと、コホン。そうそう、ラルク。
私のこと、まだ怒ってるのかな? きっと怒ってるよね。
ラルクの機嫌が悪かったのだって私のことを心配したからだし。過保護なのも、束縛したいからじゃないのはわかってるのに。
冷静になれば、普通にわかることなのに――。
やっぱりテンパってたのかな、あの時の私。自分じゃそこまで根を詰めているつもりはなかったんだけど、ラルクから見れば無理しているようにしか見えなかったんだな。だから止めてくれたのに、なのに逆切れとか。あ~もう最悪すぎるわ、私!!
次の満月の時、リュンしか召喚されなかったりして?! ……それ、すごいへこむわ……。
私が悪かったですごめんなさい! もう召喚しないなんて言わないで!! ……って、それは言ってないか。
もうラルクと会えないなんてなったら、灰になっちゃうから!!
日が経つにつれ、私の思考はだんだんネガティブに傾いていった。
今日もありがとうございました(*^-^*)
ちょっと展開が早かったですね。
美華ちゃんは毎日家事手伝いと育児に勤しんでおりましたw 多忙な診療所とは打って変わって専業主婦状態です♪




