キレた
「どれだけ夜更かしするつもりだ?」
口調はいつもどおりなんだけど声が低い。うん、これかなり怒ってるね! 目も普段以上に険しいし、口角も思いっきり下がってる。憤怒じゃなくて静かに怒ってるから余計に怖いよ恐さ倍増だよ!
なんか地雷を思いっきり踏み抜いた気分。
「え、と。きりがいいところまでやってしまいたいなぁって思ったので……ごめんなさい!」
ラルクからの冷気に震えあがって脊髄反射的に謝った私だけど、そんなに怒らなくてもいいじゃないとか思っちゃう。これって反省してないってことかな?
ラルクの剣呑な雰囲気が怖くて目が泳いでたら、それも気に食わないのかますます不機嫌になってるし。
ラルクみたいにポーカーフェイスができる私じゃないから、考えなんてダダ漏れらしく、
「反省はしていないようだな」
すぐさま図星を指されてしまった。ソーラーランプの弱い光と微かな月光という薄暗い中で、よく私の表情が読み取れるね! さすがは元騎士様視力もいい!! ……こほん、失礼。現実逃避してしましました。
「だって、みなさんの苦しみを早く何とかしたいって思うからですね……」
「だからってミカが無理して疲れて、倒れたらどうするんだ!」
反省していないのが見破られているのなら仕方ないかと開き直って反論したら、ラルクのヤロー、セリフを被せてきたよ! 人が意を決して反論したっていうのにさ!
それに何かがぷちっとキレた。
それまであちこちしていた視線を、ラピスの瞳にピタリと合わせ。――反撃開始!
「まだ倒れてません!」
「前は倒れただろう!」
「あの時はあの時です、今回もそうなるとは限らないでしょう!」
「ミカの事だ、止めないとまた無理をする」
「私一人が頑張ってどうにかなるんだったら、私くらいどうでもいいんです! こっちの人間でもない私によくしてくれた村のみなさんが苦しんでるんだから、できることをできるだけしたいと思ったんです何が悪いんですか!!」
「……」
「もうっ、ラルクのばか!! 過保護すぎ!! もう知りません!!」
今日は流されないんだからねっ! と、夜中だっちゅーのに思いっきり口論してしまった。
幸い、寝室の扉は閉じられていたからリュンが起き出すことはなかったけど。
珍しく(というか初めてかも!)私が反論したからか、ラルクは一瞬軽く目を見張って私の顔を凝視していた。けれどまたすぐ元の無表情に戻るところに余裕が見て取れる。……なんかむかつく。
一息に言い切った私はゼハゼハと肩で息をし、瞳はラルクのラピスを見据えている。
ラルクも口元を引き結んだまま、視線を逸らさず私を見下ろしている。
冷静なラルクと熱くなっている私。いつものことなんだけどね、でも、なんかそれもむかつくわ~。
しばらく黙って睨み合っていたんだけど、不毛なにらみ合いも時間の無駄だと思った私は、
「……もういいです。片付けて寝ます。今日はリビングのソファで寝ます。おやすみなさい」
ふいっと視線を切って、さっさと机上を片付けることにした。もう眠いし限界。でも一緒に寝るのも今は腹立たしいから家庭内別居だ。
さっさとラルクに背を向けてしまったからどんな表情をしているかは判らなかったけど、さすがに私をソファで寝かせるのはよくないと思ったのか、硬い口調のまま、
「オレがこっちで寝る」
「いいです。片付けもあるし。ラルクは先に寝ててください」
そう言ってきたけど却下よ却下。
私がそのままラルクの存在を無視し片付け始めると、ラルクは黙って寝室に戻って行った。
出来上がった薬からどんどん配布していった。マスクも一緒につけて。
そうした地道な予防策が功を奏したのか、病気はそれ以上拡大することなく2週間もした頃にはすっかり収束していた。
しかしその間、私が頑張れば頑張るほどラルクの機嫌は急降下していった。
そしてとうとうブチ切れた私。ラルクが朝の鍛練に出かけたところを見計らって、私はリュンを連れて家出した。
家出っつってもこっちの世界で特に行く当てもないわけで。リュンもいるし、とりあえず隣接するアンとシエルの家に行った。
そこで今までの出来事を洗いざらいぶちまけた私。
「しばらく実家に帰らせていただきます、って感じなんだけど」
「そんなことをされましたら、兄様、発狂してしまいますわ」
「しないしない~。こんな面倒な女がいなくなってせいせいしたって思うわよ!」
「シエルの言うとおりですし、兄様がそんなこと思うわけがありません! おねえさまは、おねえさまがいらっしゃらない時の兄様の様子をご存知ないからそんなことをおっしゃるのですわ」
「そんなのわからないもの。今は帰りたいの! 私だって大きな声では言いたくないけど三十路前なわけよ? 自分のことは自分でできるってーの!!」
ただいま飲んでいるのはただのハーブティ。それでぐだ巻ける自分が怖いわ。
宥めるツインズを前に荒ぶってますが何か?
いつもとは全く違う私の様子にさすがに何かを感じ取ったようで、二人は顔を見合わせて目配せしている。私にはわからない電波的な何かで通信してるのか?!
そして二人同時に肯いたかと思うと、
「……今日は満月ですわ。おねえさまのご気分がそんなにおさまらないのであれば、ご実家で少し静養されるというのもいいかもしれませんね」
思案しながらアンがそう提案してきた。
「えっ?!」
意外なアンの提言に、私の方が驚き固まってしまった。
確かに『実家に帰ってやる!』とは言ったものの私の場合実家は異世界でありまして、そうそう簡単に帰れるところではないわけで。しかも帰還の際に必要不可欠な『月の石』は有限のアイテム。それも村全体で崇め奉っているようなお宝だ。まだ発見したてで瑕もほとんどないとはいえ、そんな有限アイテムを私事で使用するなんて、さすがに畏れ多すぎて腰が引けるわ!
「たまにはいいのではないですか? おねえさまは私たちのためにとても頑張ってくださっているのですし」
シエルのその発言に「いいのかな?」なんて現金にも傾いてしまった。
その日一日ツインズの家に籠城した私。何度もラルクが迎えに来たけど無視よ無視。嫁は怒っているのです!
夜になって、シエルがお義父さまを連れてきてくれた。ちゃっかり『月の石』も持ってきているところはさすがというか、用意周到というべきか。
「話は来る途中でシエルから聞きました。今回の病騒動は、ミカ様が早く手を打ってくださったから痛手を被らないうちに収拾がついたんです。だから心置きなく向こうに里帰りしていただいていいんですよ」
お義父さまはニコニコしながら言った。
「そう言っていただくとありがたいですが……」
「そもそもこちらの勝手でミカ様を召喚したのですから、もっとわがままを言ってもいいくらいですよ?」
そうだったよね~。そもそもこっちの都合で私をリアルワールドから勝手に召喚したんだもんね~。
お義父さまの言葉に、またしても傾いた私だった。
「そう言えばラルクは?」
「村の護衛騎士のティムに連れ出してもらってます。今頃酒場で飲んでるんじゃないですか?」
シエルがそう答えた。これがみんなの足止め作戦だとばれたら確実にティムさんは締められるだろうな。うん、ご愁傷様です。
そうしてお義父さま、ツインズ、私とリュンでこっそりと泉に向かう。なんだか夜逃げしてる気分なのは私だけか?
さすがにリュンを連れてダイブするのは気がひけるけど、置いていくわけにもいかないからしっかりと抱きしめる。一瞬だけど気は抜けない。あっちに帰ったらベビースイミングにでも通おうかな。……っと、どうでもいいことは後にして。
「では、しばらく実家に帰らせてもらいますね。くれぐれもすぐさま召喚しないでくださいね!」
「わかってます」
「ラルクに脅されてもですよ?」
「もちろんです!」
念押しする私に力強く肯くお義父さま。ラルクだって、まあさすがに実父に剣を突き付けるような真似はしないだろうから大丈夫でしょう。……多分。
これが実父じゃなければやりかねんけどさ。
とにかく、せっかく実家に帰ったっていうのにその日のうちに『はい、しょうか~ん☆』なんてことは避けたい。ここは是非踏ん張ってほしいぞ、お義父殿!
満月を映し波紋ひとつない凪いだ水面。
そっと浸される『月の石』
私とリュンは静かに飛び込んだ。
今日もありがとうございました(*^-^*)




