落ちた! 2
どぽん! ブクブクブクブク……
私は何とかなるけど、リュンは何とか守らなきゃ!
とっさにリュンの頭を抱きこんだ。ぎゅっと私に押し付けるようなかたちで。ちょっとの我慢だよ。すぐにとーちゃんが助けに来てくれるからね……!
……
……っと。
……あり?
ここはどこでしょう。
……いや、うん、嘘です。知ってる。か く じ つ に、知ってる場所だよ。
はい、毎度おなじみ実家近くの公園ですよ。
って、えええ? 帰還しちゃったのぉ?!
ぎゅっと目を閉じ俯いていた顔を上げてきょろきょろと辺りを見渡せば、すっかり見知った場所が視界に飛び込んできて驚きプチパニックになる私。ちょ、落ち着こう!! よし、一旦深呼吸しようじゃないか。……っとその前に。
「リュン? 大丈夫? リュン?!」
腕の中の我が子を確認する。
「くう……くう……」
目を閉じぐったりしてるのかと一瞬焦ったが、よく観察してみるとかわいらしい寝息を立てている……って、寝てるよ、この子。泉に落ちたってのにさ。池ポチャどころかリアルワールドにトリップしたっていうのにさ。強張った体から一気に力が抜けたわ。
そんな胆の太そうな我が子に苦笑いしながらも。
「どうすっべ?」
頭を抱えたくなる。
幸い今着ている服はリアルワールドにいてもおかしくない服装。リュンだってベビー服(またアンの特注)だから大丈夫。でも今の私たちはまさに着のみ着のままってやつ。リアルワールドの装備を何一つ持ってないわけよ。一番痛いのがお財布なんだけど。
……これはやっぱ実家に帰るしかないよね。
こんな乳飲み子抱えて一日中公園にいるわけにもいかないし。つか、それより今夜帰れるかどうかも判んないし?
問題は、リュンをどう説明するか。シングルマザーって言う? いやいや、ラルクのことを考えれば嘘でもそんなこと言えないよね。
……そろそろ正直に話す? 下手すりゃトチ狂ったとか思われるだろけど。
なんだかラルクがいてリュンができて、誤魔化すのが嫌になってきちゃったのかも。
そう決心したら揺らぐ前に行動!
公園の時計で時刻を確認すると、今は朝の8時前。今回は何も用意しないでトリップしてきたから、前みたいに電話もできない。仕方ない、そのまま直撃すっか。お父さんはもう仕事に出てるだろうから、とりあえずお母さんに先に話そう。お母さん心臓に毛が生えてる系だから、判ってくれるかも知んないし。って、それ以上のレベルの話か。ええいままよ!
歩くこと数分。
見慣れたわが実家。実家のインターフォンを押すのにこれほど勇気が要ったのって、未だかつてないわ~。若干震える指先で恐る恐るボタンを押す。自分を叱咤しないとピンポンダッシュしそうだよ。
ぴんぽ~ん
何とも平和な音がする。耳をそばだてていると家の中で微かにバタバタと人が動く音がするから、お母さんいるんだなぁとちょっとほっとした。そしてそう待たずして、
「は~い。って、ええっ? 美華?」
うちのインターフォンはカメラ付き。だから私の顔は向こうに映っているわけで。慌てたお母さんの声に続いて『ゴン! ガチャガチャ!!』というノイズ。お母さん、驚きすぎて受話器落としたでしょ。
「うん、そう。ちょっと帰ってきちゃったの。あ~け~て~」
「はあ? もう、いっつもいきなりなんだから!! ちょっと待ってなさい」
そう言うと今度はちゃんと会話が切れて、しばらくすると鍵の開く音。
「ただいま~!」
「おかえ……り?」
できるだけいつもどおりにあいさつした私と、私を見つめて驚愕の表情のまま固まったお母さん。
「おーい、お母さん?」
お母さんの目の前でひらひらと手を翳すと、はっと我に返ったお母さんが、
「ななななな!! み、美華っ! その赤ちゃんは何なのぉ?!」
絶叫した。
「えーと、これにはいろいろ事情がありまして。つきましては今からお話をさせていただこうと思っている所存でして」
二ハッと笑って言い訳するも、お母さんは見る見るうちに眉間に皺を寄せて険しい表情になる。
「あったりまえでしょう!! で、その子は美華の子なの?」
「うん、そう。それも含めて話するから」
「わかったわ。とりあえずリビングに行きましょう」
とりあえずご近所さんの目もあることだからお母さんを家に押し込め、ドアに鍵をする。
リュンの存在にパニクったお母さんだったけど、一度深呼吸して無理矢理自分を落ち着かせると、リビングへと先に歩き出した。
とりあえずリビングのソファに落ち着き、お茶を淹れてもらう。あ~やっぱ本物の日本茶最高! 私がしみじみとリアルワールドの感慨にふけっている傍で、リュンはお母さんが用意した甥っ子のベビー布団で、これまた甥っ子のおもちゃで機嫌よく遊んでいる。お母さんはリュンの様子をしみじみと見つめながら、
「ねえ、この子めちゃくちゃ可愛い顔してるけど、本当に美華の子供?」
とのたまってくれた。ちょ、お母さん、失礼よね?! お茶吹くかと思ったわ。まあでもそりゃそうよね、あの美形ラルクの遺伝子が半分入ってるんだもん。
「失礼ね! 私が産んだの! 痛かったの!」
「だって瞳の色が違うじゃない。綺麗な瑠璃色ね~。え? ということは美華の旦那さんて外国人なの?!」
私の抗議なんて華麗にスルーしてリュンのラピスの瞳を覗き込んで母さんが言った。う~ん、外国人っちゃ外国人よね。そして確実にモンゴロイドでもないし。日本人と異世界人、リュンは物凄いレアなハーフだね!
「うん、日本人じゃ、ない」
どう答えたものかと思案しつつ口にすれば、
「何その表現」
お母さんは的確に私のためらいを突いてきた。鋭いな、母よ。
「あのね……」
私はとりあえずすべてを話すことにした。
「えーとね、ある日水たまりを踏んだらどこか知らないところに飛ばされてたの。てゆーか、どこか知らない水の中に投げ出されたっていうのが正しいんだけどね」
「……」
「でもって、いろいろと紆余曲折はあったんだけど、そこで保護してもらっていた人と結婚したわけで、そしてリュンが生まれたという訳なのです」
「……」
かなり端折った説明だが、間違ってはいまい。
私はいつの間にかソファの上に正座してお母さんに説明している。お母さん、私の説明が始まってからというもの終始眉間に皺を寄せたまま微動だにしない。ついでに言葉も発してない。確かにあまりに現実離れしたことを言ったわけだから当然の反応よね。
「お母さん?」
「……あのね、美華? ちょっとお母さん貴女の説明が理解できなかったんだけど」
「ゴモットモデス」
こめかみをぐいぐいと指で揉みほぐしながら、それでも険しい顔でやっと口を開いたお母さん。正座した背を丸め、うべを垂れ、さらに小さく縮こまる私。
しかし。
「……理解できないんだけどね、きっと多分本当なんだと思うわ」
すっかり項垂れている私の頭に、ため息とともにかけられたのは呆れ口調だけれど優しいお母さんの声。思わずがばっと顔を上げお母さんの顔を見ると、さっきまでの険しい顔から一転、困惑気味に眉尻を下げながらも苦笑している。
「お、お母さん!!!」
「だって言い訳するならもっとまっとうな言い訳するでしょ?」
「確かに」
「それを『どこか知らない世界に飛ばされてた』なんて、言い訳にもなってないじゃないの。確かに信じられないけど、嘘ではないとお母さんは思ったの」
「うん、ほんとにほんと! 絶対嘘ついてないから!」
「いきなり納得までは難しいんだけど、とりあえずは信じるから」
「うわ~~~ん! ありがとう! お母さん!!」
何だか肩すかしなくらいあっけなく信じてもらえたけど、ほんとよかったよぉ!! そのままの勢いでお母さんに抱き付いた。
今日もありがとうございました!(*^-^*)
前後編で終わるって言ったのに、終わりませんでしたorz もう一話、お付き合いください!! (^人^)




