落ちた!
最近なんだか村中が忙しない雰囲気に包まれている。
一体何事だろうといぶかしく思い、薬草をすり潰す手を休め、隣で本を読むラルクに聞くと「もうすぐ春の祭りがあるからだ」と教えてくれた。
「春の祭り?」
そんなもの今まであったかなぁ? 思わず小首を傾げる。
「ああ」
短く答えて首を縦に振るラルク。春の祭りなんて、私がここに来て早二年経つけど、やったとか聞いたことないよ?
「今までやってたんですか? 私的に初耳な気がするけど」
「ああ、まあ、春の祭りは『月の石』を称える祭りだからな……」
ちょっと言い辛そうにするラルク。視線を逸らせて鼻の頭をポリポリとかいてるけど、それって私の古傷よね。ええ、ええ、割りましたとも! きれいさっぱり粉々にね! だから私がここに来てからは行われていなかったのか。なるほど。でも新しいのを見つけてきたから、それでチャラよね。
「新しいのが見つかったから、それで祭りも再開ということなのですね?」
「そうだ」
「ふうん。で、祭りって何やるんでしょう?」
出店とか、出店とか、出店とか。
私の脳内に展開されるは、子どもから大人までみんな大好き縁日の様子。綿あめ買って、リンゴ飴買って、たこ焼き食べて、ヨーヨーすくいやっとく? あ、金魚すくい派? って……きゃ☆
「……店は出ないぞ」
「……サイデスカ」
呆れたようにじと目でこちらを見るラルク。あれま、電波受信されちゃったよ。
「満月の夜に『月の石』を泉に浸し、村の息災を神に祈るんだ」
なぬ? なんだか今聞き捨てならぬセリフが聞こえましたが? ラルクの簡潔な言葉で説明された祭りの内容は、どっかで聞いたことのある儀式そのもの。
……それってまるっと召喚儀式じゃね?
そう考えるに至った私は、思わずカッと目を見開き、
「え? まさか神様召喚するんですか?! でもってまた不幸な現代人がトリップしてきて池ポチャして無茶振りされるんですか?!」
ラルクの胸ぐらに掴みかかってしまったわ。そんな私の反応に驚いたラルクが私の肩をがっと掴むと、ゆっさゆっさと揺すぶり、目を覗きこんでくる。
「おい! 落ち着けミカ! 誰が召喚すると言った? そうじゃない。泉の水で石を清めて祈りを捧げるだけだぞ」
「なあんだ、びっくりしましたよ」
何だ私の早とちりか、とラルクを掴む手を緩め椅子の背もたれに身を預けると、
「ミカ……。不幸なって言うな……」
切なげに柳眉をしかめたラルクに抱きすくめられた。うおっ、甘い! あー、うん、まあ、アレだ。不幸とかというのは言葉のあやだ。ここに召喚されなければ、私はラルクと出会えなかったわけだし。かわいいリュンにも会えなかったわけだ。そして今頃干物街道まっしぐら……うわ、それマジコワイ! 召喚ありがとう! 神様ありがとう! ……って、あれ?
「はい、ごめんなさいね。私は全然不幸じゃないですよ? あ、そりゃ初めは帰してくれそうになかったからボーゼンとしましたけど? でも一応向こうに帰る手立てはあるし、こうやってラルクと出会えたわけだし」
切なげに揺れるラピスの瞳を見つめ返してにっこりほほ笑めば、なんだか甘い雰囲気が私たちを包む。
ラルクの手がゆっくりと私の頬を包み、その綺麗な顔が私のそれに近付いてきた……。
……ところで、
「んにゃ~~~」
ベッドに寝かせていたリュンが泣き出す。うん、お約束だよね。ありがとよっ! 思わず二人で吹きだしてしまう。そしてとっても至近距離なラルクが、
「リュンめ」
そう言って苦笑し、チュッと軽くだけ私の唇に触れてからリュンを寝かせているベビーベッドへ向かった。
ふわ~、甘すぎて腰ぬけるわ。
ん~でも美華さん不幸じゃないよ、めっちゃ幸せだよ~!
それから一週間ほどして満月の日になった。祭りの日だ。
お祭りは夜行われるということで、昼間は飲めや食えやの宴会で。村中至る所で歌って踊って大騒ぎしていた。うん、確かに祭りだ。
日が落ち辺りに夜の帳が下りる頃、村人たちは三々五々神殿へと集まってきた。あんだけ飲み騒いでいたのが嘘のようにみんな静粛で。すげ、変わり身はや~! 泥酔者はどうなった? と感心してしまったわ。
私はそんな宴には参加しないで、今日は神殿にずっといたんだけどね。お義父さまとラルク、アン、シエルが神様に祈りをささげてたもんで。それを延々見守ってたのよ。途中何度か意識がトリップしていったけど誰にも気づかれてないはず。
神官と巫女の正装なのか、ラルクたちは初めて見た時のように古代ギリシャ的な感じの衣装を着ている。ラルク兄妹はそんなかっこをしたらギリシャ彫刻のアポロンかアフロディテかっつー感じ。素敵すぎ。お義父さまは……うん、似合ってるよ!
私はちょっとそういうかっこは遠慮したいので、普通にワンピースふうなものを着ている。リネンで作ったAラインのワンピース。アンにお願いした特注品です!『こんな感じのこういう服を作ってください!』とそれっぽいイラストを描いてアンに見せると『まあ、大丈夫でしょう。やってみますね』と言って、本当に作ってしまった。型紙おこしからできちゃうんだよ? ホント、アンは家庭科スキルが高いわ~。
……閑話休題。
祈りの時間が終わり、お義父さまが『月の石』を捧げ持ち厳かに泉へと向かう。神殿の入り口に集まって来ていた人たちが自然に道を開けるさまはまるでモーゼの十戒。その開かれた道をお義父さまが恭しく石を捧げ持ち進んでいく。その後にラルクが、そしてアン、シエル、その後にリュンを抱いた私とお義母さまが続き、その後ろを村人さんたちがぞろぞろと続いていった。
いつもの泉の淵にたどり着く。
今日は風もなく穏やかな日なので水面は凪ぎ、煌々と輝く満月を映し出している。もうそれだけでも充分に厳かな雰囲気。縁日と一緒にしてごめん。
誰もが固唾を飲み、これから行われる儀式を今かと待ちわびているようだ。
お義父さまは静かに泉の淵に進むと、そこへ跪いた。それを合図にか、村人みんなが儀式を見やすいところに移動していく。
移動が終わるのを待っていたお義父さまは、みんなが静かになるのを見計らって、まずは『月の石』を月に翳した。
満月の光をその身に集め、ひときわ輝く石。まだ瑕は一つしか入ってないからとっても綺麗だ。前の石はかなり瑕が入っていたので光を乱反射していたらしい(ラルク談)。それはそれで綺麗だったんだろうなぁ。
その幻想的な美しさに誰もが息をのんだ。
それからゆっくりと水面に降ろされる。
ちゃぷん。
微かな着水の音ですら聞こえるくらいに静寂。
私はお義父さまの手元をもうちょっとよく見たいな~と思い、泉の方へ体を乗り出した。
その途端。
「んぎゃぁ!!」
それまで大人しかったリュンがむずかりだした。
「うわっ! リュン?!」
ひとことで言うなら油断していた。それまでほんとよく寝ていたし、お利口さんだったんだもん。
暴れたので思わず取り落しそうになり、態勢が崩れた。
と。
どぽん!
「きゃ~~~?!」
「ミカっ! リュン!!」
うん、よく見ようと身を乗り出してたのが悪かったのよ。体勢が崩れたってことは、そのまま泉へダイブなわけよ。
再び静寂を破ったのは、私の叫びと重なるラルクの焦った声。
見事に私とリュンは、泉に落っこちたのだった。
今日もありがとうございました~(*^-^*)
ああ、すっかり間が開いてしまってスミマセンでした! 待っていてくださった方(いたら嬉しいなぁ♡)、お待たせしました! 前後編で終わる予定です♪
(^-^)/




