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泉の女神  作者: 徒然花
番外編*2
67/79

君なしの世界

美華ちゃんがリアルワールドに帰っていたひと月の、落ち込みラルクw

ばしゃん


伸ばした手はミカに届かず、何も伝えられないままに向こうの世界へ行かせてしまった。


ミカに嫌な思いをさせたまま。


「女神様、これを外していかれたので兄様が何をおっしゃったのかわからなかったのですわ」

脱力し、その場に立ちつくしたままのオレの横に来てアンはそう言った。

アンの手には月の雫。

それをそっとアンから受け取る。

まだ彼女の温もりが残っている気がした。

これを置いてゆくということは、すなわちもうこちらには来ないということだ。そして外すことを黙認したということは、こちらの人間も帰還を納得したということか。

オレのいない間に、そういう風に話がまとまっていたんだな。その場にいなかったオレがどうこう言う権利もないし、ましてや今更言ってもどうにもならない。


しばらく月の雫を握りしめたまま泉の水面を見つめていたオレは、月が傾く頃にようやく家へと戻った。




当たり前だが家に戻れどミカの姿はなく。

ミカの持ち込んだライトは点けず、満ちた月の明かりだけで部屋の中を伺う。

姿はないが、そこかしこに気配が残っている。あちらから持ち込まれた本や道具。これらがある限り、オレはミカを忘れることなんてできないんだろう。かといって処分できるはずもない。


いつもミカが座っていた椅子に腰かけ、静かに目を閉じる。


ミカに会ったのは二日前か? たしか薬草摘みに出る所に行ったんだった。


ミカは泣いていたんだったな。

オレのところにアンが言いに来るということは、やはりオレのせいなんだろう。ミカには悲しい思いをさせたと思う半面、少しうれしくも思う。ミカもオレを想っていてくれたのかと。


しかしここでどんなに考えても、もはやミカには届かない。

諦めるしかないということだ。

忘れることはできなくても、諦めることはできるはず。


オレは立ち上がり、少し休むために自室へ戻った。




それからは彼女のことを忘れるために休む暇なく働いた。鍛錬も、今まで以上に気合を入れた。

子供たちには剣術や体術を教える。空いた時間に村の護衛騎士と手合わせをする。

家の手伝いや神官の勉強にも勤しんだ。

それでもぼんやりする時間はできるもので。


「久しぶりじゃないか。どうしたんだ?」

騎士仲間だったドリィが近付いてきた。

「ああ、時間ができてな。久しぶりに鍛錬に加えてもらおうかと思って」

「うっそ。きつくね?」

「きついくらいで上等だ。身体が鈍ってきて仕方ない」

「相変わらずストイックだねぇ」

ニヤニヤ笑いをするドリィ。

オレは気分転換に、王都の騎士団の仲間を尋ね鍛錬に加えてもらうことにしたのだ。ドリィのニヤケ顔はむかつくが、無視しておく。

「ところで彼女は置いてきたのか?」

それが言いたかったのは最初からわかっていたが。

「いや。彼女は向こうの世界に帰ったから。もうこっちには来ないだろう」

どうでもいいことのように言ったつもりではいたが、いつもの無表情がさらに強張ったのが自分でもわかった。

「マジで?!」

「ああ」

「ふうん」

一瞬瞠目したドリィだったが、またすぐにニヤニヤ顔に戻して、

「今日の鍛練は特別コースだって隊長言ってたぜ~。ラルクが飛び入り参加するって聞いたらさらに張り切るかもなぁ。お~こわ」

おどけてそう言った。

それ以上ミカの事は何も聞かず、今の騎士団の事や王都の様子を話すドリィに少し感謝した。気遣われているのは癪に障るが、今は甘んじる。


やはりオレが参加すると聞いて張り切った隊長のしごきに黙々と耐えた。


あっという間に一日が過ぎ、クタクタになって帰路につく。

王都へはシェンロンに乗ってきた。ドラゴン騎乗の感覚を忘れないために。

「待たせたな、シェンロン」

魔女様のところで預かってもらっていたシェンロンを、町を出てから解放する。

『ああ。ご苦労だったな』

夕日を浴びて、元の大きさに戻ったその姿は燃えるような朱に染まる。

「はは。ズタボロになった」

『そうか。では村に帰るか』

「いや、ちょっと遠乗りしたいんだが」

『いずこへ?』

「この世の果て」

『ははははは! 豪気よの!』

豪快に笑い飛ばしたシェンロンはオレを乗せて飛び立った。


この世の果てなどあるはずもなく、それでも思いつく限り遠くへときた。

目の前にはなかなか見ることのない海が広がる。

夕日も落ちて、黒い海が。

『この世界にミカはいないのだよ』

そっとシェンロンの声が頭に響いた。


ミカに会うまで、オレはそれなりに充実して過ごしてきた。騎士として目指すものを追い求めて。

そしてミカに出会い、彼女を守ることがオレの使命となった。

その守るべきミカがいなくなった今。

出会う前のオレに戻れるはずもなく。


オレは、一人思考の淵を彷徨う。


疲れているにも拘らず、夜はなかなか寝付くことができないのでワインをあおってから床に就く。

それでも眠りは浅い。




そんな日を過ごして、また満月が巡りくる。

ミカがいない世界に慣れようとしているのに、満月が近付くにつれ、ミカの姿が華やかな影になり拭い去ることができなくなってきた。


もう一度、ミカに会いたい。

そしてこの想いにケリをつけたい。


そう思っていた矢先、家の入り口扉がノックされた。

「はい」

もはや夜の帳も降りた時間。この家を訪ねてくるのは父さんか、アンかシエル。

オレの返事を聞いて入ってきたのは父さんだった。


「お前がそんなに落ち込むのなら、会って話して納得するのがいいと思うんだが」

椅子を勧め、ワインを出す。それらを享受してから父さんは口を開いた。

「また彼女を召喚するっていうのか? しかも今度はオレの勝手で」

わがまますぎる、と苦笑する。

「ああ。そうだよ。じゃないとお前は納得できないだろう?」

「っ……」

「今回は女神様の意志を最優先にする。女神様が帰りたいと言えばその場で帰還していただく。ひと月待つ必要はない」

「……」

「ひと時だけ。ほんのひと時、女神様にお前の気持ちを伝える時間をもらおうじゃないか」

「オレの勝手で……」

「女神様の意志を最優先するんだぞ。いいな?」

「……わかった。ありがとう、父さん」

珍しく真面目な顔をした父さんに、真摯な気持ちで返事をした。




ミカを再度召喚すると聞きつけたアンやシエル、村人が泉のほとりに集まってきた。

父さん、話したのかよ。

そんなことはどうでもいい。ちゃんとミカはこちらに来れるのだろうか。そういえば、彼女はオレの騎士の指輪を持っていたいはず。

あれを今でも身に付けていたら、かなりの力でこちらの世界に導いてくれるはず――。

どうか指輪を身に付けていてくれ、と願う。


月の石が泉に浸される。

静かに見守る人々。

緩やかに広がる波紋。


そして――。






美華ちゃん、帰って来てくれてよかったね♪ということで(笑)


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