アノ人は今
嵐のようにやってきた彼女のお話です(^^)
「結婚式にいくですって?」
素っ頓狂な声を上げてしまったわ。
ここは私の働いている花屋の中。眼の前には嘘くさい爽やか笑顔の兄・ドリィ。街中の女の人がこの嘘くさい笑顔を見て『爽やか~!』『かっこいい~!』ってキャーキャー言ってるみたいだけど、私からすれば詐欺にしか見えないわ。ま、そんな笑顔で兄はにこーっと笑ってる。最上級ににこーっと笑ってるんだけど。
「だ・れ・の?」
じと目で兄を見据える私。
「ラ・ル・クの♪」
語尾に♪を付けないでいただきたいわ。
「ふうん」
素っ気ない返事になるのは仕方ないでしょ。ずっとずーーーっと大好きだった人が他の人のものになるんだから。名実ともに。頭では理解してるんだけど、心が追いついてないのよ。往生際悪くて悪い?
「いや~さすがラルクというか。間合いを詰めたら一気に陥落だぜ? あいつの戦法そのまま。帰っちまった女神様を再召喚したかと思ったら、もうそのまま嫁認定だもんな~。見事なもんだ」
兄は腕組みし、しきりにうんうん肯いている。
って、ねぇ? そのラルク様に失恋したばかりの妹の前で、その男の結婚式に呼ばれたって話する? なれそめを語る? デリカシーなさすぎじゃない?
「はいはい。で、いつなの?」
「一週間後♪ ルゥも来る――」
「行くわけないでしょ~~~!!!!」
かこーん。
近くに転がっていたブリキのバケツが、兄の頭にクリーンヒットした。
「むーかーつーくー」
ここは王都の居酒屋。
居酒屋と言っても女子会で利用もできる、ちょっとおしゃれなところ。逆に言うとむっさいオヤジはいない。全体的に若者向けの居酒屋。
私はここで、もう何杯目かわからないワインをあおった。もはや味なんて解らないわよ。
昼間の兄の仕事先訪問から、苛々ムカムカが取れないわ。
ガン、と強めにテーブルにグラスを置くと、
「あーもう、荒れない荒れない。ルゥの気持ちもわかるけどさぁ、あれじゃあかないっこないって」
おつまみの肉の塩焼きをフォークにぶっ挿してぶんぶん振りながら眼の前で苦笑いしているのは、幼馴染のビィ。
ムカムカ苛々が収まらないから、『女子会しよう!!』とビィを拉致ってきたのだ。
「私は見てないっつーの!」
「私は見ちゃったんだもん」
据わった目でビィを見ても、ビィはちっとも気にしない。目を閉じて妄想、いや回想している。どうせあの日、ラルク様とあの女が一緒に王都に現れた日の事でしょ! 偶然二人を見かけたビィが『ラルク様に恋人ができた!!!!』って私のところに駆けこんできたわよね。
「ラルク様があんなに甘い顔されるなんて、知らなかったわぁ」
「って、それ、ビィに向けたものでもないしー」
こら、うっとり呆けた顔すんなー!!
「あんなにやさしくエスコートされてる姿も初めて見たわ」
「それもあんたにじゃないでしょ」
「あーもうルゥ、うるさい」
ビィ、自分とあの女を置き換えてない? 妄想おつー。
「ビィだってラルク様大好きだったくせに」
「私の場合はファンよ、ファン。わかる? 見ているだけで幸せなの!」
「ふうん」
「まあ、それにあの二人の様子を見たら、ルゥだって諦められたと思うんだけどな~」
「見たわよ。もう、すっごい間近で」
「うっそ」
「ほんと」
そう。ビィやほかの子の目撃話を信じたくなくて、ラルク様の村まで押しかけて行った時にね。ラルク様、やたらとあの女に気を使ってるし! 思い出したらまたむかついてきた。
むかつきついでにグラスに残っていたワインを飲み干した。
「もう、ルゥ何杯目よ? もうへべれけ酔いどれオヤジだよー? 絡み酒、ないわー」
呆れた声でビィが言ってるけど気にしない。
「ほっといてー。あ、もう一杯ワインくださーい」
呆れるビィを尻目に、またもう一杯お代わりを頼もうと店員に声をかけたら、
「ほら、もうやめときな」
という優しい声と苦笑共に、兄の同僚のムズカ様がやってきた。
「ムズカ様ぁ!!! 助かった~!!! ルゥをなんとかしてくださいぃぃぃ」
ビィがムズカ様に助けを求めている。なんで助けがいるのよ。まったく。
「ドリィが宿直で来れないから、代わりに来たよ。さ、帰るよ」
兄とは違って正真正銘の爽やか苦笑で言うムズカ様。
「やーだー。まだ飲むんです」
でも机にしがみつき駄々をこねる私。
「いや、私は帰りたいよ」
そんな私を引き剥がそうとするビィ。
「むむ、ビィ、裏切者」
「なんでそうなるの!」
結局ムズカ様とビィに無理矢理引っ立てられて居酒屋を後にした。
ラルク様は、結婚してからちょくちょく王都に来られるようになった。といっても月に一度か2ヶ月に一度くらいだけど。もちろんあの女と一緒。魔女様のところで修行しているシエルを尋ねてね。
「……やっぱり、腕組んで歩いてました」
「だろー?」
「今日もらっぶらぶだったわよねぇ」
「あー、オレも見た!」
今日も先日の居酒屋で。ビィとムズカ様、ムズカ様の同僚のムトゥ様の4人で飲んでいる。今日の話題は『今日王都に出没したラルク夫妻』。
私も今日はばっちり見てしまった。
仕事で、花束をお客様のところへ届ける時に偶然。
仲良く腕を組み、市場を覗いて回るラルク様とあの女。
ラルク様が積極的に引っ張りまわしているのではないけれど、あの女が興味を示すところには必ず立ち止まっていた。
前は、並んで歩く(てゆーかまとわりついてたんだけどね)こっちが息が切れるほどの早足だったのに、今じゃあの女に合わせてゆっくりとした歩調。
あの女に向かってたまに見せる柔らかな表情。
な ん な の よ !
見てしまってむかついたわ。むかつきついでにばっちり尾行しちゃったわ。
まあ、二人して魔女様の家に入って行っただけだったけどね。
「なー。もう諦めなって」
ムトゥ様がワインを飲みながら言った。
「ぶー。頭ではもう諦めてはいるんだけど、心が追いつかないんですってば!」
ガン、と手に持っていたグラスをテーブルに叩き付け、その勢いのままムトゥ様を睨みつける。でも酔っ払いのとろんとした目じゃ何の威嚇にもなりゃしないけど。
「じゃ、ルゥちゃんも他に恋人を作ればいいんだよー。このムズカなんてどおよ? まあ、年齢はルゥちゃんの兄貴と一緒だけど? 爽やか笑顔はお墨付きだぜ~! この通り、整った顔立ちだしさぁ?」
「へ?」
ムズカ様?
今までラルク様しか眼中になかった私には、まったく見えてなかった人だわ。
私はぱちぱちと数回瞬きをし、ぽかんと間抜け面になった。
「ムトゥ、おまえバカかー? おかしなこと言うからルゥちゃん困ってるだろが」
ぱこーっとムトゥ様の頭をはたきながら苦笑するムズカ様。
いやほんと、びっくりしすぎて意識がどこかへ行っちゃったわ。ムトゥ様の首を笑顔で絞めていたムズカ様は、私の方を向くと、
「あーもうごめんねぇ? 酔っ払いがおかしなこと言って。気にしなくていいから」
と、爽やか笑顔で言った。
「は、はあ」
生返事する私。しかし横から生温かい視線が突き刺さる。……ビィ。
「何よ、ビィ」
「いやぁ? それもありかなぁって思ってね。ムズカ様とは言わないけど、他にもイイオトコいっぱいいるよぉ」
私のじと目なんか気にせず、ビィが満面の笑みで言ってくる。And you Brutus!!
その飲み会はそのままお開きになり、また数か月。
その間、何度か私はラルク様たちを見かけた。やっぱり声なんか掛けれなくて、遠巻きに見てるだけなんだけど。
そして、その度に愚痴を聞いてもらうようになったのがムズカ様。ビィは要らんことばっかり言うからパス。
しかし何でだろう。気が付けばムズカ様に声かけちゃってるんだよね。
ムズカ様は特に口うるさいことは言わないで(兄やビィみたいにね!)、静かに私の愚痴を聞いてくれる。相槌打ったり、苦笑したり。
そうやって愚痴を聞いてもらっているうちにすっきりするから不思議。きっとムズカ様は聞き上手なんだわ!
「へ? ラルク様のところにお子様?」
「そ! かっわい~男の子だったぜ~! リュンって言うんだって。うん、あれは将来イイオトコになるぞ~」
最近ラルク様とあの女を見かけないなぁと思っていたら、そういうことだったのね。
久しぶりにラルク様のところへ遊びに(邪魔しに)行っていた兄が、帰宅そうそう私を捕まえて教えてくれた。
「ふうん。まあ、ラルク様のお子様だもん、イイオトコに違いないでしょ」
半分はあの女の血だけどね、そんなのラルク様の優秀な血の方が優性に決まってんでしょ!
私はフンと鼻を鳴らしながら兄に言ってやった。
「ま、女神様も可愛い人だからな~。どっちに似てもイイオトコになるわな。……って、ルゥ、えらく冷静だなぁ?」
すると兄が不思議そうな顔して私を見てきた。何? 私なんかおかしなこと言ったかしら?
「へ?」
「ほら、ラルクと女神様の話を聞いただけで、前ならすんごい勢いでむかついてたじゃねーか」
「そうかしら?」
「そうだよ! あ、何か悩み事か? にーちゃんに何でも相談しろよ? それともまさかお前、なんか拾い食いでもしてお腹こわ――あいた!!」
失礼なことを言う兄だ。誰が拾い食いなんてするのよ!!
私は手近にあったお盆で兄を殴っておいた。
でも兄の指摘する通り、確かにおかしい。言われて初めて気が付いたけど、それに驚く。
いつもなら、ラルク様とあの女の話を聞いた日にゃ、むかついてむかついてビィかムズカ様を捕まえて愚痴吐露大会という運びだったのに、今回は全然むかつかない。
何でかしら?
小首を傾げて考えていると、前にいる兄も同じようにコテンと小首を傾げている。真似しないでほしいわ、気色悪い。
――こほん。それはさておき。
ラルク様って聞いても、以前のように胸が切なくなることもない。
おやおやぁ? これはどうした事かしら? う~ん、これはムズカ様に聞いてみよう。
冷静なムズカ様ならきっと答えを教えてくれる気がするわ!
兄よりビィより、誰よりも信頼できるしね!
今日もありがとうございました! (^-^)/
ちゃんと救済されていたでしょうか……?(笑)
まだ彼女は自分の心に気付いていません。彼も、気長に見守っています♪
遅くなりましたが、リクエストありがとうございました!!




