ラルクの回想*2
そんな厳しい生活が2週間も続いた。
彼女の表情も日に日に険しくなるが、病人や村人に接するときには笑顔の仮面を貼り付ける。そして、一人になるとまた険しくなる。
オレは見るとはなしに彼女の様子を見ていたから気付いたこと。
他の奴らは気付いていないだろう。
いつだったか、
「なぜそんなに働けるのか?」
と尋ねたことがあった。
彼女はせっせと薬草を摘みながら、その手を休めることなく、
「ああ、私、向こうの世界でナースしてたんですよー。って、ナースってリアルワールド用語か。んと、お医者様のお手伝いをする仕事ですね。しかも、可及的速やかな対応を要求される患者さんが運ばれてくる部署だったので、結構過酷な仕事だったんですよねー。そこと似てるというかなんというか?」
と話してくれた。向こうの話をする彼女は懐かしむような口調。郷愁に駆られたか。
「そうか」
だから動きがいいのか、と合点がいったオレは、また黙々と薬草を摘むという作業に戻った。
彼女が人知れず目頭を押さえていたり、頭を振っているのを見かけることがあった。顔色も冴えない気がする。
疲労が限界に達してきているのであろう。
言わなければ休むことなく働き続ける彼女だ。オレが無理矢理休憩を押し付けなければならない、と自分の立場を理解した。
寝る時もろうそく没収。アンやシエルにも徹底させた。するとどうしようもなくなった彼女は、ちゃんと眠るようになった。
彼女の顔色が少し回復した様に思えた時には、少し安堵した。
――なぜオレが安堵する?
2週間で、病に倒れていた者たちは驚くほど回復した。快癒と言って差し支えなかろう。
しかしそれと同時に彼女は崩れ落ちた。
「「きゃー!! 女神様?!」」
妹たちが叫ぶ。
「だ、大丈夫ですよ~。安心したら力が抜けちゃって~」
へへへ、と笑ってはいるが、意識は朦朧としているようだ。
辛うじて抱き留めたオレにくったりと寄りかかってくる。オレの鼓動も早鐘を打った様になる。背中を嫌な汗が伝っていく。
それを振り払うかのように、
「寝所の用意を! とりあえず安静に寝かせるんだ」
彼女を抱き上げながら妹たちに指示を出す。
もうすっかり意識を手放してしまった彼女は、少し微笑んでいるようにも見えたが、顔色は悪かった。
それから丸々一日、彼女は昏々と眠り続けた。
「女神様、大丈夫かしら?」
「ちょっと様子を見てくるわ」
「ええ、お願いアン。でもそっとね」
「もちろんよ」
オレたち兄妹は彼女が心配で、神殿から一歩も出ずに彼女の様子を見守っていた。
村のみんなには言っていない。病が癒えたばかりのところに心配の種を持ち込むのが憚られたからだ。
倒れたのが今朝のこと。
夕方になっても一向に目を覚ます気配もなく、心配になったアンがそっと様子を見いくことになった。
こっそり彼女の元へ行き、様子を伺って戻ってくると、
「まだ眠っているわ。顔色が少しましになってきたかしら? お熱は無いようよ」
「ならよかったわ」
「ええ。それと目が覚めたら、何か食べる物を用意しておいた方がいいわよね」
「うん、そうね」
「いつ起き出されてもいいように、私起きてるわ」
「あら、アン! それなら交代で仮眠しましょう。私も心配で眠れないし」
「そうね。そうしましょ」
妹たちがこそこそと声を潜めて相談していた。
オレももちろん付き合うつもりだが。
「ぐは~~~。よく寝たわ。泥の様とはまさにこのことね~。なんだか記憶が朦朧としてるわ。つか、いつの間に寝床で寝てるんだ、私?? あーヤバい、マジで記憶ないよ……」
陽も高く上った頃に、ようやく目が覚めたのが、彼女の場所から声が聞こえてきた。
その声を聞きつけて、アンが駆け寄っている。
「女神様?! お目覚めになられましたか?!」
「あ~、アンさん。おはようございます、ってそんな時間じゃなさそうですね、あは☆」
何とも呑気な彼女の口調。
「そんなことはどうでもよろしいんですの! お身体の具合はどうですか?」
「へ? 体の具合?? えーと、寝すぎて頭が重い? かな?」
「痛みや熱はございませんのですね?」
「は、はい」
アンの矢継ぎ早の質問に押され気味のようだ。
「何か召し上がりますか?」
「あー、お腹へりましたね」
「では用意してまいりますね」
アンと彼女の会話を聞いていたオレ。いつもの調子に戻っているようで安心する。
彼女のところから出てきたアンは、
「顔色も良くなっておられましたわ。後は食べて体力を回復させないと」
と、自分も安堵の表情でキッチンに向かって行った。
「女神様、ずっと働きづめでしたものね」
シエルがしみじみと言う。確かに。彼女の一番近くにいたオレたちがよく知っている。
休む暇も惜しんで、村人のために頑張っていた。自分の体力の限界まで。
「ああ、そうだな。ゆっくりと休んでもらおう」
「それがいいですね」
それでも回復しない時は、お婆さまではなくて王都の魔女様に診てもらおう。
姿を現した彼女は、すっかり元に戻っていた。
その体力に感心する。顔色も初めて見た時のように元気そうだ。
そして。
「えーとですねー。つかぬ事をお伺いしますが、私って元居た世界に帰れるのでしょうか?」
アンとシエルに尋ねた言葉に、オレは呆然とした。
――そうか、彼女はやはり向こうへ帰りたい、か。
後からやってきた父さんや村人にも必死で帰還を訴えていた。
用が済んだのだから、元居たところに帰るのなんて当たり前の話だ。しかし、快癒したからと言ってもまだ病の脅威が完全に去ったわけではない。
彼女の存在がまだ必要なのだ。
そんな思いは……伝わってないな。
とりあえず、次の満月まで後2週間。
彼女はどうするだろう。
今日もありがとうござました(^^)/
あともう一話、くらいでまとめる予定……です。




