帰ろう
満月の日になっても帰ってこないラルク。
朝ごはんを囲むテーブルが、なんとなくいたたまれない雰囲気……
「兄様、あれから帰ってきませんね」
アンが窓の外を見つめながらため息を漏らす。
「まあ、よりを戻したんでしょう? よかったんじゃないですか?」
アンニュイな雰囲気を纏うアンを、少しでも気楽になれるように努めて明るく言う私。
ダイジョウブ、ダイジョウブ。何とも思ってないから。うん、平気。って、なんで自分に言い聞かせてんの?!
「あのような方が兄様の恋人とは考えられないんですけど……?」
シエルがいぶかしげに言う。確かに。ラルクの好みってあんな感じなのかしら? イメージとちょっと違うんだけど。
そのあと会話は続かず、黙々とご飯を消化していった。
今夜、リアルワールドに帰してもらおう。
付け焼刃ながら自分の知識は村人さんたちに伝えられたと思う。『女神様』って呼称は訂正されなかったけどねっ☆ まあいいさ。
「もう、本当に帰ろうと思います。皆さんにはとってもお世話になりました。私の持てる知識はほとんど伝えられたと思います。未だに『女神様』には困りますけど」
夕方、うちに来た村長さんたちとゆっくり話をする。
さすがに今回は強く引き留められない。めっちゃ頑張ったもんね、私!
「女神様には多大なる恩恵にあずかりました。神様とか人間だとかそういうことよりも、村を救ってくださった大恩人ということですでに神なのです」
今日は珍しく穏やかな村長さんが言った。
うおおおお。なんかまともなこと言ってます!! いつもと調子が違うから、拍子抜けしちゃうじゃないですかっ。
「そんな大それたものじゃないですよー」
あはー、と照れ笑いして頭を掻いて誤魔化す。
「あ、月の雫、外さなきゃね」
そう言って首に下がるペンダントに手をかけたんだけど、って、おっと。これは自分で取れなかったんだよ。ああ、でも今外したら言葉が通じなくなるか。入水直前に忘れないように外してもらうことにしよう。
私がリアルワールドに帰ることが決まって、滝涙のツインズ。うう、泣いてくれるんだね、ありがとう!! おねーさんもさびしいよ!
「シエルさん、魔女様はいい人だからいっぱい勉強してくださいね?」
シエルの手を取って微笑みかける。いつもは元気なシエルもさめざめと泣いている。
「うう、女神様……! 寂しくなってしまいます。もっといっぱい教えてほしかった……」
ぽろぽろこぼれる涙も美しいよ! もらい泣きしちゃうじゃない!
「もうお伝えすることなんてほとんどないですよ! シエルさん、とっても頑張ったから。薬草の翻訳、未完でごめんね? 参考になるかどうかわからないですけど、置いていきますね」
泣き笑いの変な顔で、それでも笑いかける私。
「女神様……」
シエルの隣で静かにはらはらと涙を流していたのはアン。美人は泣いても美人だよ。私なんて鼻水出てきちゃったよ!
「アンさんのお料理はさいっこうですよ! いろいろ研究してみてくださいね」
アンの手を握り締めて言う。
「もっと、お料理のこと教えてくださるんじゃなかったんですか……」
恨めし気に私の目を見つめる、濡れたラピスの瞳。なんのことかな~? って、出来ない約束したのは私だね。
「ごめんね? 大丈夫、アンさんなら自分でレシピ本を出版できるくらいの実力ありますよ!」
「女神様ぁ~!」
さらにぽろぽろ涙をこぼすツインズ。妹と言ってもいいくらいの彼女たちだけど、すっかり世話になりっぱなしだったなぁ。ダメな大人でごめんだったよ……
「いろいろ途中で放り出すみたいでごめんなさいね」
これは結構私の中で気になっているポイントなんだけどなぁ。
そうこうしているうちに月が上る。
みんなで泉のほとりに大移動。村人さんたちも集まってきていた。
なんだかセンチになってみんなの顔を見る。うん、みんな元気になってよかったよ。こんな私でも役に立ったかな?
泉の向こうに広がる森にも思いを馳せる。
『シェンロン、シェンロン』
眼を閉じて意志だけで呼びかけてみる。
『どうした? ミカ』
すぐに意識に声が響く。
『これから、向こうに帰ります。いろいろありがとうございました。お元気で』
『そうか。ミカも元気で』
『はい。ありがとうございます』
姿は見せないシェンロンに向かって微笑みを向ける。
さ、いよいよだ。
ぐは~! めっちゃ冷たそう!!
やっぱ、体操だけはちゃんとしとこう。ラジヲ体操第一~♪
「では」
ツインズが静かに私に近寄り、月の雫を外す。ああ、これでいよいよ言葉も通じないや。
それから厳かに村長さんが月の石を泉に浸した。ああ、これで割れちゃうかな?
ほんのちょっとの我慢だ、がんばれ!! 私!!
えいやっ、と入水するために飛んだ瞬間、後ろから、
「ミカ! @#$%&‘!!」
という声が聞こえた。
ラルク――!!
ごめん!! 何言ってるか全然分かんないよ!!
ラルクが私に向かって手を伸ばしてきたけれど、結局私に触れることは叶わず、そのままドポンと入水してしまった私だった。
今日もありがとうございました!




