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泉の女神  作者: 徒然花
本編
32/79

場違いな人がやってきた

村人さんに漢方知識は伝授できた。即席だけど。

シエルには薬師の道を行ってもらうことで、診療所は任せられるだろう。ごめん、最後は他人任せで申し訳ないけど、魔女様頼んます!

アンは栄養学の翻訳片手に料理に勤しんでくれている。

薬草やハーブの翻訳は、まだ終えてないけど、まあかなり着々と帰る準備はできてきたかな。




今日も時間の許す限り薬草の本を訳す。

隣で一緒に作業してくれているラルクを見る。

ああ、もうすぐラルクともお別れかぁ。最初は怖かったけど、優しくていい人だったよなぁ。いっぱい助けられたし。いっぱいキュンキュンさせられたし。キュン死させられるかと何度思ったことか。

ラルクの横顔を見ながらぼんやりしていたら、

「……ミカ? ミカ? どうした?」

不意にラルクの声に意識が戻った。あぶね。トリップしてたわ。目の前でラルクが手を振っている。

眼に焦点が戻ると、ばっちりラルクと目が合った。

「ふわっ!! ぼ、ぼーっとしてました!!」

途端に顔が熱くなった。きっと真っ赤になってんだろなぁ、私。ラルクをガン見してたのばれちゃったかしら?

「最近疲れがたまってるだろう。頑張りすぎだ。……何をそんなに焦ってる?」

私の顔の百面相を見て笑っていたラルクだったが、ふっと真面目な顔をして聞いてきた。

「ええ。そろそろちゃんと帰る準備をしなくちゃと思ったら焦ってきてですねぇ。ほら、満月まであと3日じゃないですか。もう泉に飛び込むにも限界の冷たさだと思うし……」

マジ、帰還前に心肺停止ですから。

「帰るって、向こうにずっとっていうことか……?」

ふぅ、と目をつぶりため息をこぼすラルク。

いなくなって安堵ですか? もうお守りしなくていいから……。

「はい。まあ、そのつもりです。だから頑張ってるんですよ。これ、終わらなさそうだけど……できるだけ頑張りますね」

また本に意識を戻して翻訳開始。

ラルクはそれきり無言だった。




午前中の診療。

今日もぼちぼち村人が診察に来ていた。

「次の方、どうぞ~」

シエルが待合に声をかけた時だった。


バーーーン!!


勢いよく入り口の扉が開けられて、一人の女の子が入ってきた。

すらりと長身。だけど出る所は出て締まるところは締まってる。こちらからはシルエットしか見えてない状態だけど、まずはモデルのような体型の人だ。うらやましい。

「「「???」」」

その場にいたみんながその闖入者にしばしフリーズ。

闖入者はそのままずかずかとうちの中に入ってきて、ぐるりと見回してから、ピタリとラルクにロックオンすると、

「ラルク様!! お久しぶりです!!」

嬉しそうに破顔して、彼の元に駆け寄っていった。

「ルゥ!」

ラルクが驚いて声を上げる。

その様子を呆気にとられて見守るラルク以外の面々。

「……ラルクさんの知り合いですかね?」

ぽかんな私。

「……さぁ……?」

横に立っているシエルもぽかん。

そんな周りの空気を他所に、闖入者はラルクにまとわりつきながら甘い声で話しかける。

「王都にいらしてたと兄から聞きました! なのに会いに来て下さらないなんてぇ~」

甘ったるい声でラルクに媚びる闖入者。甘ったるいのは声だけでなく、表情までも。さらに続ける。

「会いに来て下さらないから、私から来てしまいましたわぁ」

誰か~! このイタイ子をつまみ出してくださ~い!

周囲の視線などお構いなしに、ラルクにまとわりつく。『闖入者』から『イタイ女』に名称変更するわ。

「なにあれ? ラルクさんの彼女さん?」

横に立つシエルに耳打ちする。

「いえ? そんな方、聞いたこともございませんが……? 騎士の時のお知り合いでしょうか?」

半目で兄を睨んでいるシエル。

患者さんたちもこの空気にどうしようかとそわそわしている。

そうだよ、ここは曲がりなりにも診療所だ。病人怪我人がくるところだ。決していちゃつくとこではない。断じてない!!

「あの。ここは診療所で、病人怪我人が来るところなんです。出て行ってもらえませんか」

冷たい声で、びしっと言えました。がんばったよ、私!

温厚だとは思うけど、流されやすい私だけど、さすがにこれはイラッときた。

場所をわきまえろ。空気読め! ラルク、あんたもだよ!

「ミカ、これは違うんだ!」

珍しくラルクが焦った様子で言う。けど、腕にバカ女をまとわりつかせた状態で何が『違う』のでしょうか?

「いえ、違うでも何でもいいですから、とにかくお引き取りください。ラルクさんは説得なりなんなりしてください。みなさんが困ってますから」

そう言って、私はぐいぐいと背中を押して、ラルクとイタイ女を追い出した。

「ミカ! 聞いてくれ!」

私に背中を押されて、それでも振り返り言うラルク。

って、そんな状況じゃないでしょうが。それに弁解される意味も解らん。

「ハイハイ、それはまた。とりあえず話しつけてきてください」

そう言ってぴしゃりと扉を閉める。

「ふぅ~~~」

扉に背中をもたせ掛け、大きく息をつく私。

「……なんだったんでしょう?」

アンが近寄ってきた。頬に手を当てて困惑の表情。

「まるで嵐でしたわ」

いらいらした口調でシエルもつぶやく。

「さぁ? 彼女さんでしょう? まあ、それは放っておいて、さ、診察しますよ~。みなさんお騒がせしました~」

にこやかに宣言して、診察に戻る。患者さんたちもこれ以上引っ張る雰囲気でないのを察して、元に戻ってくれた。

まあ、今日の夜くらいには村中でさっきのことでもちきりになるんだろうけどね~。

ラルクモテそうだから、何人か村の女の子が泣くかもね!




追い出してから、日が暮れてもラルクは帰ってこなかった。

ラルクの代わりにシエルに手伝ってもらって翻訳する。

作業は進むが、なんだかぼんやりしてしまう。

「兄様、今日は帰ってこないのかしら?」

シエルが頬に手を当てて、かすかに首を傾げながら言う。

「もう真っ暗ですものね。さすがに帰ってこないんじゃない?」

アンも思案顔で応える。

私はまだ、ぼんやりしたまま。なんでだ?

「今日は私たちがこちらに泊まりますわ」

シエルが私の顔を覗き込みながら言った。覗き込んだ途端、

「女神様?!」

驚きの声を上げた。

「へっ?」

その声に驚き、顔を上げた私だが。


ぽろん、と一粒涙がこぼれた。


「はっ、はいぃぃぃ?」

自分の涙にびっくりしておかしな声を上げてしまった。ほっぺたを触ったら、ばっちり濡れてるじゃない!!

「大丈夫でございますか?!」

心配そうにこちらを気遣うアン。

「いや、なんで涙なんでしょう?? ご、ごめんなさい! 目が疲れたのかしら??」

必死に目を擦って誤魔化す私。なんで涙なんか流してるんだ?! 私!!

「きっとお疲れになったのでしょう。もう寝ましょう?」

涙を気遣い、深く突っ込まずにアンもシエルも流そうとしてくれた。うう、助かります。できればスルーの方向でお願いします!

「はい。おやすみなさい」

フラフラと立ち上がり、リビングの片づけもそのままに、私は寝床に向かった。




ああ、もう。こんな時に確信しちゃうなんて、どんだけタイミング悪いんだ、私!


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