焦った!!
村人たちの前で、ラルクに抱きしめられた私。
恥ずかしいやらなんやらで、勢いよく泉にダイブ!!
今はいいけど、後で帰らなきゃならないのよね。
うわ~! めっちゃ恥ずかしいんですけど……
今日も目覚めは我がベッドの中。
あ~! やっぱり気持ちいい。
このまま惰眠を貪りたいのは山々なんだけど、今日も今日とて無駄にはできない。
今日の私も走れメロス。
まずは引越し。
前回手配しておいたから、午前中にトラックが来るはず。
準備が何もできないことが分かっていたから、お任せパックにした。
梱包も何もかも。
起きて一応引越しの準備をしているところに業者さんがやってきた。
案の定、この殺風景な部屋の荷づくりは、プロの手にかかるとあっという間。
すっごい楽ちん!! あれよあれよという間に作業完了で、昼には出発できてしまった。
荷物はとりあえず実家へ。
実家もそう遠いところにあるわけじゃない。
電車で2駅離れているだけ。
先月家族には連絡して、部屋を引き払うことは伝えてあったから、元の私の部屋は空けてくれていた。
「おかあさーん、ごめんねぇ?急に海外ボラなんて」
お母さんが淹れてくれたお茶を飲みながら、リビングで寛ぐ。
今日は平日だから、お父さんはすでに会社へ行ってしまった後だ。
「ほんとよ、美華ってば。なんでも急に決めちゃうんだから」
お母さんも苦笑しながらお茶を飲む。
「たまには帰ってくるから」
「はいはい。でも、もうすぐお姉ちゃんの赤ちゃんが生まれるから、お母さんだって美華のことばっかり構ってられないんだからね?」
そういえば、前回来た時にはなかったベビー用品がそこかしこに置いてある。
私より二つ年上の姉・美樹が、もうすぐ里帰り出産するって言ってたなぁ。
「美樹ちゃん、いつ帰ってくるの?」
近くにあったガラガラを弄びながら母に聞く。
「来週よ?あ、佐藤くんごと里帰りしてくるみたい。くすくす。佐藤くん、過保護になってるからねぇ」
ニヤニヤしながら母が言う。佐藤くんと言うのは姉の旦那様。すっごい美樹ちゃんラブなのだ。
「普通、奥さんだけが里帰りするもんじゃないの?」
呆れながら私が言うと、
「あらあ、いいじゃない。愛されてるぅって感じで! しかも佐藤くんイケメンだから、お母さん喜んでお世話しちゃうわぁ☆」
って、オイ、母よ。
確かにお兄ちゃんはイケメンだけど? 美樹ちゃんと一緒にいたらデレデレでイケメン形無しなんですけど?
なんとなく、姉夫婦と両親が孫を囲んで団欒している想像が見えて、そこに自分の居場所がなくて、ちょっとへこむ。
「賑やかになるね」
組み立てられつつあるベビーベッドを見ながら、ぽつりと漏らす。
「そうよ~! 明日も、美樹と一緒に赤ちゃんの服を見に行くのよ」
ウキウキしながら言う母。
「そっかぁ……。あ、予定日はいつ?」
「えーと、11月の半ばよ」
「りょーかい」
後もう少しか。だからベビー用品がもりもり増えてきてるのね。
このリビングを見渡しただけでも、なんだか私の見知った実家から変わった気がする。
最近『自分の居場所』に固執してるのかしら? 私。
やべ、ここにも私の居場所がなくなりつつある?!
「あ、美華の出発はお見送りに行けないけどごめんね? 体に気を付けて頑張るのよ」
にっこり笑顔で言う。
「うん、ありがと。あ、ちょっと奈々子のところにも顔出してくるわ。お夕飯には帰ってくるけど、食べたら帰るね」
「わかったわ、行ってらっしゃい」
なんとなく居心地の変わったリビングから脱出することにした。
「あら! 美華! いつ出発だった?」
所変わって奈々子の旦那さんが開業している産婦人科。
ひょっこり顔を出した私に奈々子が駆け寄ってきた。
「うん、明日。その前に奈々子の顔を見ておきたくてね」
「ふふふ。ありがと。お茶でも飲んでいくでしょ?」
そう言うと奈々子はいつもの院長の応接室に私を案内した。
ふかふかソファ! 会いたかったよ!!
ぼよんぼよん、とその柔らかな感触を楽しむ。
「いよいよ明日なのね。体に気を付けてね?」
さっき母からも聞きました、その言葉。
ビミョーに嘘ついてることに良心が痛むわ……。
「う、うん、ありがとね」
奈々子が淹れてくれた紅茶を飲んで、良心の疼きを誤魔化す。
コンコンコン
そこへ軽快なノックが響いた。
「は~い」
奈々子が返事をすると、
「師長、失礼します。305の患者さんが、アロマの施術をお願いしたいと言っているのですが」
そう言いながらドアを開けたのは、私も知らないスタッフ。
私が辞めてから雇ったのかな?
なかなか感じのいい、若い女の人。
「ああ、予約の余裕があれば入れて差し上げて?」
奈々子は思案してから指示を出す。
「4時からなら大丈夫でしょう」
女の人は手にしたバインダーを見ながら奈々子に提案する。
「じゃあ、それで」
満足げに頷く奈々子。
「わかりました。失礼します」
女の人は、私にも一礼してからドアを閉めた。
「アロマサービスがね、やっぱり好評で止めてほしくないって患者さんからラブコールがあってね。で、セラピストを募集して彼女を雇ったのよ」
なるほど。私の後釜さんだったか。
「そっかぁ」
むむ~。ここにも私の居場所がなくなってるぞ?
眉間に皺が寄ってきた。
「美華? 難しい顔してどうしたの?」
「ん? いや、考え中」
「何を?」
「いや。あ、あんまり邪魔しちゃ悪いから、そろそろお暇するね? また帰ってきたら遊びに来るわ!」
「う、うん。じゃあね」
そう言って、奈々子のところを辞去した。
どうしよう。
たった2ヶ月でどっちつかずになっちゃってるよ?
こっちでの私の影が薄らいでいってる~!!
夕飯を実家で食べた後、私は実家近くの公園に来ていた。
もう9月だから夕暮れが早くなってきている。
ほぼ藍色に染まった空を眺めながら、センチメンタルにブランコなんて漕いでみた。
……こんなことしてるから、更に気分が沈むのか?
実家は姉夫婦とこれから生まれてくる孫一色な感じだし、奈々子のところはもう後釜が来てる。
『私』という存在は唯一無二だけど、『私の仕事』っていうものは誰にでも取って代われるものだ。
このまま私、リアルワールド社会からドロップアウトしちゃうんだろうか?
「時間の移り変わりって、早いねぇ……」
一人ごちる。
空を見上げれば満月。
今日も綺麗だ。
そう言えば、今日って中秋の名月だっけ?
お団子食べなきゃ。
近くの和菓子屋さんで月見団子を調達。
またいそいそと公園に戻り、ベンチに腰掛ける。
「わ♪ 美味しそうなお団子!」
でも、いただきますの前に手を洗わなくちゃ。
公園の水道で手を洗う。
……って、水、触っちゃったし!!!
「おーだーんーごー!!!!!」
……さよなら。私のお月見団子たち……
今日もありがとうございました!




