事象干渉力SSSSなのに「前世不明」で実験動物行きになった俺、墜落した惑星で普通の少女と2人で生きていく……とでも思ったかこの野郎!
魔力操作能力SS、魔力量SSS、事象干渉力SSSS。
これが俺の“大当たり”ステータスだ。ウルトラレア、ティア0スペックを立て続けに引いた、とすらいえる大当たり中の大当たり。
Sが一個でもあればエース級の逸材と扱われる中、群を抜いて別格、伝説級のエースの素質である。
こんな超絶神級大当たりを引いた俺が、航宙軍魔法科大学パイロット課程に進学したのはもはや必然であると言えるだろう。
当然のように未来の大エースは特待生待遇を手にし、イージーモードの人生を歩み始めていた。
1年次、あらゆる実技シミュレーションで大学史に残るほどの成績をたたき出した。我ながら怖ろしいことに、操縦技能においても俺の才能ガチャは大当たりだったのである。
すれ違う女生徒が俺に憧れの目線を送ってくるなんていうのは日常茶飯事、航宙軍育成課程の過密スケジュールがなければ毎夜違う女性と、というハーレム展開も可能だったかも知れない。絶え間なく続く訓練とレポート作成で、1晩さえそんな時間は訪れなかったが。
そして2年次に進級し、ついにその日が来た。
童貞を捨てる日のことではないぞ。
いよいよ実際に魔法を使えるようになる儀式を受ける日のことだ。
魔法というのは特殊な力だ。
輪廻転生の法則に従って異なる世界から流れ着いてきた魂、その魂には過去の異世界での記憶や技能、そしてその世界の法則さえもこびりついている。
これを”前世喚起”の儀式魔法で呼び出し、異世界の法則である魔法をこの世界で実現させるのである。
魔方陣の中心に立つ俺を、3人の男たちが取り囲んでいる。彼らがこれから儀式魔法を使ってくれるのである。
「クロト・フェーマー君だね」
「はい」
俺が頷くと、男たちは詠唱をはじめた。
「魂の記憶よ、目覚めよ!」
3人が同時に詠唱を完了させると、足元の魔方陣が光を放った。
その光を浴びながら、俺は手元のタブレットを注視していた。
喚起された前世がどんなものか、どんな種類の魔法を得意としているのか、そこに表示される仕組みだ。
(さぁ、前世の俺がどんな英雄だったのか見せてくれ!)
英雄であることはもう前提である。
大賢者だろうか。勇者だろうか。あるいは大魔法使いというのも格好良い。
1行目。
『前世個体名:ブラウシュデリー』
俺は前世ではそういう名前だったらしい。なるほど、なかなか格好良い名だ。期待が高まるね。
2行目。
『死亡時年齢:845歳』
(お、長命種。やっぱ魔法に秀でるやつは長命種の傾向があるって話だもんな)
俺は率直な感想を抱いた。
3行目。
『転生元世界:』
ここで表示が一瞬止まった。
『不明』
不明?
俺は首をかしげた。不明とはどういうことか。そんな表示があり得るなんて聞いた事が無い。
『種族:不明 得意魔法:不明 蟯。繧ケ魑エ……』
そしてその後は文字化けした。
「……これはどういうことなんですか?」
俺は俺の正面に立ち、タブレットを持って内容を確認している監督官に尋ねた。多くの学生の儀式に立ち会っている彼なら何か知っているのではないかと思ったからだ。
「あ、あぁ。これはな……」
監督官もやや平静を失っているようだった。それだけ珍しいのだろう。
「過去、君の転生元世界から来た者が1人もいないときにこうなるんだ。最初の1人だから、詳しく判別するための情報が無いと言うことだな」
「はぁ、なるほど」
どうやら俺はここでも激レアを引いてしまったらしい。
それがなにを意味するか、それに思い当たって俺は愕然とした。
「って、それって、まさか……!」
「察しが良いな。同じ世界から来た者がいない、つまり君と部隊を組める人間がいないと言うことだ」
「世界法則の干渉……」
「そう。君が一人部隊にいるだけで、他の者の魔法使用に干渉し阻害してしまうことになる」
宇宙戦闘機も、宇宙船も、一人で動かせる戦闘用の機体など存在しない。そして航宙軍の艦対は必ず同じ世界での前世を持つ者で構成されることになる。つまり俺は、航宙軍のどの部隊にも所属できないということになる。
「な、何かの間違いでは?」
機械のエラーとか。そういうものなんじゃないのか。
すがるような俺の目に、監督官はゆっくりと首を左右に振った。
「今日のところはもう休みなさい。私もこれを上の者に報告しなければならない」
航宙軍魔法科士官になる未来の事実上の拒絶を前に、俺は足元に穴が空いたかのような感覚に陥っていた。
落ちていく。
崩れていく。
俺の未来が。大エースの未来が。
俺の前世喚起の結果を受けて、大学は急いでS級鑑定士を手配した。万に一つの誤診断の可能性を潰すためである。
鑑定士は、俺に対して鑑定魔法を使った。
「前世において、自らの星を『リヴァラ』と呼んでいたことまでは読み取れました。しかし、このような呼称は既知の世界にはありません」
よりによって最悪の方向で絶望が確定されただけだった。
鑑定結果が出たあと、俺は担当教官に呼び出された。
「残念な結果だ、クロト」
「はい……。退学でしょうか」
魔法科士官を育成するための大学に、魔法科士官になれない者は必要ない。
俺はそう思っていた。
「いや、そうではない」
(何か可能性があるのか?)
「未知の世界から来た者は希少だ。もしかしたら同じ世界からまた別の者が転生してくるかも知れない。だから最初の一人についてはしっかりと調べておく必要がある」
教官は淡々と語り一枚の紙を差し出してきた。
『辞令 クロト・フェーマーにバファマトクス第3研究所所属を命じる』
「研究所ですか」
「そう。そこで君を徹底的に調べて貰う。どのような世界で、どのような技能があり、どういった体系を持っていたのか。魂の情報を徹底的に洗い出す」
(検査、実験の対象じゃないか!)
退学せざるをえない、そこまではいい。望んだ未来ではないが理解はできる。けれど研究所で研究対象にされるのは全く別だ。
なんだそのクソ未来。
「いやです!」
俺は辞令の紙を教官のテーブルにたたきつけた。
「ん、まぁ、そうだよな」
「当然でしょう!?」
「うん、そういうと思ったんだ」
教官がテーブルに置かれたベルをチリンと鳴らすと、ドアが開いて屈強な男が4人、入ってきた。
「だが君に拒否権はない。大学に入った時点で既に軍人だからね、命令には服従する義務がある」
男たちが俺の両手と肩をがっしりと掴んだ。
「きょ、教官。話を……」
「これ以上話すことはない。残念だよ。エースとなる事を期待していたのに。せめて後から来る同じ世界の者のために役立ってくれ」
教官はもう俺を見ていなかった。
「教官!」
俺は男たちに引きずられるようにして部屋から出された。
そのまま校内を引きずられていく。
「おい、あれ」
「未知の世界だってよ」
「エースになると思って狙ってたのになー」
「かわいそうに」
既に俺の鑑定結果が知られているのか、学生たちが俺をみてひそひそと話す声が聞こえる。
俺はそのまま輸送艦へと連れて行かれ、その船倉の一室に放り込まれた。
部屋にはトイレと硬いベッドが備え付けられていた。
シャワーすらない。
重たい金属の扉は、こちら側にノブすらついていない。
取り扱いがほぼ虜囚と同等だ。手錠がないだけましというべきなのかどうか。
俺は部屋、いや独房の中でへたり込んだ。
終わった。
俺の人生終了のお知らせだ。一般市民として生きる未来さえ与えられない。
これからどうなるのか、何も考えたくない。
『本艦はこれより、ワープ航行に入ります』
どれだけ時間が経ったのか、艦内アナウンスが響いてきた。
いつの間にか出航していたらしい。
『5、4、3、2、1……』
ワープが始まるな。そう思った瞬間、けたたましい警報が鳴り響いた。
『総員退避! ワープ機関が暴走した! どこに飛ばされるか分からんぞ、総員退避―!』
破滅的なアナウンスだ。
「開けてくれ!」
俺は扉にすがりついて外に向かって叫んだ。
誰か近くにいることを願って。
『総員退避、総員退避―!』
誰も来ない。
「誰か、いないのか!?」
警報とアナウンスだけが響く。
足音も、人の声も、ドアのロックが解除される音ももちろんしない。
そしてそのまま、輸送艦は俺を乗せたままワープに入った。
輸送艦が激しく揺れる。どこかで爆発が起こった。
ガチャリ。
金属音がして、いまさら独房のドアが開いた。
***
青い空、白い雲、まばゆい太陽、目の前に広がるうっそうとした大森林。
拝啓、皆様。俺は今生きています。
「見える範囲に文明の気配なし!」
どことも知れない惑星の上で。
「わざわざ絶望を宣言して楽しいですか?」
そんな俺の背に冷たい声が投げつけられた。
振り返るとそこには20歳前後の女性がいた。黒い髪は肩で切りそろえられ、その黒い瞳には覇気の欠片もない。色白の肌がかえって少し不健康そうに見える。あえてひと言でまとめてしまえば地味子さんであった。
地味子さんが着ているのは航宙軍普通科の制服、つまり戦闘用の特筆すべき前世をもたない普通の地味子さんである。
だがこの地味子さんこそが俺の独房の扉を開けてくれた命の恩人なのである。
「船倉の独房を超える絶望はまだ知らないな」
俺の返答に彼女はため息をついた。
「何もないんですよ?」
「2週間分の糧食パックはあるし、サバイバルツールもある。軍でサバイバル訓練受けてないのか?」
「受けましたけど、そういう意味じゃないです」
「じゃあどういう意味なんだ?」
地味子さんは俺を睨んだ。
「ワープ機関が暴走した輸送艦がよりによって惑星の重力圏に出て墜落コースに入って、脱出艇も全部なくてあったのは着陸ポッド入りの戦闘機だけ! それでこんなどこかも分からない誰も住んでなさそうな惑星に不時着してちょっとやそっとの食料とツールがあってどう思えと!?」
「たまたま呼吸可能な惑星に着陸できて本当に俺って引き強いなって思うな」
すごいよね。
そう言ったらさらにきつく睨まれた。
「あなた魔法科ですよね。あれ飛ばせないんですか?」
彼女が指さしたのは、大気圏突入後にカバーがパージされ単なる台座と化した着陸ポッドの上に座っている人型の大きな白い機体だ。魔法科のパイロットが乗ることになる航宙軍の主力兵器、F9前世機関式人型汎用戦闘機〈ガレーラ〉である。
「無理なんだよ」
じーっと見てくる。
「わかったよ、じゃあ試そう」
俺は彼女と一緒に戦闘機のコックピットに向かった
コックピットは前後に並んだ複座型だ。戦闘機が複座なのには理由がある。機体を起動させ動かすには相反する魔法を同時に発動する必要がある。わかりやすく代表的なものを言えばエネルギーを出す魔法と冷やす魔法だ。正反対の属性を一人の人間が扱うことはできない。
だから最低2人いるのだ。
俺はその前部座席に座った。彼女は開いたままのハッチの上で俺の様子を見ている。
俺は操縦桿を握り、押し込んだ。だがなんの魔法も発動せず、機体はうんともすんとも言わなかった。機体の安全装置である。無理に発動して機体が破損するのを防ぐ機構があるのだ。
「ほらな?」
彼女に視線を送ると、彼女はコックピットに入ってきて後部座席に座った。
「私もほんの少しは魔力があるんですから」
そう言って操縦桿を握り押し込む。
俺の予想通り、機体は起動しなかった。彼女の言うほんの少しの魔力が足りるか足りないかではない。仮に足りていても、世界系統が異なる以上魔法法則が干渉し発動しないのである。
「ほらな?」
「2度も言わなくていいです」
少し機嫌が悪くなった彼女は機体から降りていった。
俺も彼女を追って機体から降りた。
「なぁ」
機体から離れるように歩き出している彼女を呼び止めた。
「なんです?」
「俺はクロト・フェーマー。君、名前は?」
彼女は足を止めて顔だけ振り返った。
「……ミアナ・ウードです。ただの普通科兵です」
そう言って歩いて行く。
「どこ行くんだ?」
「トイレです!」
俺は追うのを止めた。危ない危ない。
俺たちは日が出ている間、着陸ポイントの周囲の探索をした。
それで分かったのは、意外とサバイバルに向いている場所だと言うことだった。
水場になる川は近くにあり、果物らしきものが実っている木も何本も見つけた。さほど大型ではないものの獣もそれなりにいるようだ。
気候も温暖、やや暑い位のものだ。この場所の季節がどうなっているか分からないが、森の植生などを見る限り過酷な冬がくる可能性は低そうだった。
夜になって、拾い集めた木に火を付け、パックされている糧食を湯煎して食事にした。
温かい米飯をスプーンで食べながら、俺は簡単に自己紹介をした。
「すみません、何か悪いことをして独房に放り込まれているんだと思っていました」
一通り聞いて、ミアナはわずかに頭を下げた。
「もしかして、ずっと少し刺々しかったのはそれか?」
「う、まぁ、はい」
顔を少し赤面させるミアナ。素直だった。
「ミアナのことも教えてくれよ」
「……普通ですよ。普通の大学に行くお金はなくて、航宙軍なら学費も要らないし給料も出るので受けたんですが、魔法適性がほとんどなくて航宙軍大学には入れなくて。それでも普通科兵として雇ってくれたので、こうしてます」
「魔法以外で向いてる前世もなかったのか?」
魔法系統でなくても、職人系統や剣士、戦士系統など、技能職の前世があればかなり有利にその職に就くことが出来るのである。
「ありませんでした」
ミアナの声は淡々としている。
どのような前世があるか。それは人生の行く末に大きな影響がある。前世が職を決する。それがこの世界の常識だ。なにしろうろ覚えとは言え数十年の研鑽の蓄積があるのである。何もないイチからの人間との差は歴然だ。このため俗に『人生前世ガチャ次第』と言われることがある。
もっとも、転生は何度も繰り返されるから、たいていはひとつくらい有望な前世が引っかかるものだ。
ところがミアナはそれが一つもなかったと言う。
「前世なしは、職を選んでなんかいられないです。むしろ普通科兵にしてもらえただけでもラッキーでしたね。ずっと雑用係であったとしても」
「そうか」
ついこの間まで『持つ者』側にはいた俺にはミアナの苦労は分からない。大変だろうな、という俺の感想の何倍も大変だったことだろう。
「ミアナは、航宙軍に戻りたいか?」
「……どう言う意味です?」
「さっき話したように、俺はさ、救助されても研究所送りでそのまま研究対象の人生まっしぐらなんだよな。正直に言えば嫌だ」
それに比べれば、この新天地でのサバイバル生活の方に魅力を感じてしまうほど嫌だ。
「なるほど、確かにそれは私だったら絶対に嫌だと思います」
「だろ。だから仮に救助が来ても俺は姿を隠そうと思う。ミアナはどうなのかと思ってさ」
おれは曖昧な尋ね方をした。さすがに会って間もない女の子に遭難したこの惑星で2人で暮らそう、なんて言うほど常識知らずではない。だけどもしミアナも戻っても仕方ないと思うのであれば、というくらいうの色気を出した結果の言葉選びである。
「なるほど」
そう呟いてミアナは口を閉じた。考えているようだった。
「……たしかに、軍に戻ってもいいことはほとんどないですし、戻りたくないという気持ちもなくはないです。でも、何人かですけど、友達と呼べる人もいるので」
「そうか、戻るか?」
「……少し考えていいですか」
断られるかと思ったが、意外と誘惑は強かったらしい。
「あぁ、いいとも。すぐに救助が来るわけでもないしな」
いつ来るのか。そもそも来ない可能性すらあるわけだが。
翌日、俺たちは再び周囲の探索へと向かった。
「必要なのは、夜安全に寝れる場所だな」
野生の動物、特に肉食獣がいる可能性がある。そうした獣に襲われないよう、動物の侵入を防げる寝やすい場所の確保は最重要と言って良かった。
「そうですね。戦闘機のコックピットは長く眠っていたい場所ではないです」
「だよな」
現状もっとも安全な場所であった。だが何しろ座席である。寝にくさはいかんともし難い。
「洞窟か、それに近い場所があるといいんだが」
そう思って向かっているのは、着陸地点の近くにあった山である。
鉈で邪魔な木の枝を打ち払いながら良い場所がないかミアナと相談しながら目的エリアへ進んでいく。道などと言うものはないから、迷わないよう時折太陽を確かめて方角を確認しておく必要もある。
幸い、森は大きな広葉樹も多く、下草が少ない。
「ストップ」
俺は足を止めた。
視界の端に映ったものを確認するために、ゆっくりと、左の上の方へ顔を動かし目線をやった。
樹上に獣がいた。
しなやかそうな体に短い黄色い体毛、顔つきは明らかに肉食獣で、口から鋭い牙が覗いている。
俺は鉈を持つ手に力を込めた。
武器は鉈が1本ずつ。
他に攻撃する術はない。
俺はじっと、その小型の虎っぽい獣を見つめた。
虎は動かない。こちらが気付いたことにも気付いているはずだ。
ぞくり。
突然背筋に感じた嫌な予感に、俺は背後を振り返った。飛びかかってくるもう一匹の虎が目の前に迫ってきていた。
とっさに振るった鉈が虎の頭を打った。鉈の刃が虎の頭を割る感触が右手に響いた。
「あっ」
ミアナの小さな声。俺は最初に見つけた虎に目を戻すと、そいつはまさにミアナめがけて飛びかかろうとしていたところだった。
ミアナは動けそうにない。
俺はミアナの前に飛び出して、鉈を横からたたきつけた。
鉈は虎の毛皮に阻まれた。虎はそのまま俺にのしかかり、地面に押し倒される。
大きく空いた虎の口が俺の首元を食い破ろうとしてきた。
俺はその口に左腕を突っ込んだ。首だけは守らなければならない。
左腕に虎の牙が食い込む。激痛が走った。
「この!」
ミアナが鉈で虎を打った。深手は負わせられなかったようだが、衝撃は感じたらしく、虎は俺の腕を放して飛び退いた。
俺は急いで起き上がり、鉈を構えた。
虎はゆっくりと歩いて俺たちに飛びかかる隙を探っている。
と、その虎の動きが止まって体が震えた。
普通の動きではない。痙攣するような震えだ。
「なんだ……?」
毒を飲んだ反応のようにも見えるが、もちろん俺は毒を仕込んだりなんてしていない。
すると、虎の体が内側からボコボコと膨れ上がり、体の表面に黒い点が浮かび上がったかと思うと、点が円になり、黒い範囲がどんどん虎の体を塗りつぶしていった。
虎の目が赤く輝く。牙もより大きく、凶暴になっていった。
「逃げるぞ!」
俺は叫んだ。
躊躇している暇などない。虎は、明らかになにかよりヤバイモノに変貌しようとしている。ただの虎だと思ったらとんでもない能力を持った虎だった。
俺とミアナは全速力で走った。
虎はすぐには追ってこなかった。まだその姿の変貌が続いているためだろう。
「戦闘機へ!」
どこまで追って来るか分からない。最悪のことを考えれば、装甲で守られている戦闘機の中が良い。
俺はミアナに前を走らせ、時々後ろを見て様子をうかがった。
虎はすぐに木々の向こうに隠れ見えなくなった。だからといって安心できるはずもない。
「グゴルゴォォォォァァァアアアア!」
大気が震えるような獣の声が響いた。
殺意が肌を突き刺すような咆哮だ。
俺達は必死で走った。
振り返ると虎が変貌を遂げた姿が目に入った。
黒く巨大になった虎。牛よりも大きく、四本脚の獣のくせに、背の高さは人間並みはある。口から飛び出た2本の犬歯が殺傷能力の高さを見せつけてきていた。あの大きな口で噛みつかれれば急所など関係なく絶死であろう。
ただ、悪いことばかりではない。あまりにも大きくなってしまったその体は、森林の中を走るには大きすぎた。
加速をしても、すぐ木に邪魔をされる。そのおかげで一気に距離を詰められるということは避けられていた。
走る。
遠くの木々の向こう側に戦闘機が見えてきた。円形の台座の上に鎮座した鋼鉄の機体。白い塗装が実に頼りがいがありそうに見えた。
後ろの獣とはまだ距離がある。
獣は相当に焦れているのだろう、進路の邪魔をした木にひと吠えすると、右前足でその木を打った。爪が幹を深々と切り裂き、幹を大きくえぐられた木が倒れていく。
走った。
息を切らしながら台座にたどり着き、登った。一足先にミアナが戦闘機のコックピットに入り、俺もその後を追って飛び込むようにして入った。コックピットの前部座席の上で俺がミアナの上に覆い被さるような形になったが、緊急事態である。
俺がハッチの閉鎖ボタンを押すと、ゆっくりとハッチが閉じていき、コックピットを守る装甲も上から降りてきた。
獣は今ちょうど台座の上に飛び乗ってきたところだ。
獣と目が合う。
次の瞬間コックピットは完全に閉鎖された。
外から入ってくる音がなくなり、俺とミアナの荒い呼吸音だけが響いていた。
「……とりあえず、どいてくれます?」
「あ、あぁ、ごめん」
俺が体を浮かせると、ミアナはするりと俺の下から抜け出て後部座席へと移っていった。ミアナは後部座席で深呼吸を繰り返した。
俺も前部座席に座り直し息を整えた。
体中が汗で濡れているが、これについては今どうしようもない。すこし安心したからだろう、獣に噛まれた左腕が痛みを主張しはじめた。
その左腕を見ると、服がボロボロに裂けて血まみれになっていた。どんな雑菌がいるか分かったものではない。早く洗う等の処置をしたいところだ。
「助かったな」
「えぇ、一応」
そんな声を交わした瞬間、コックピットの中にがん、という重い音が響いた。
獣がコックピット装甲を叩いたのだろうと思った。
「諦めが悪いやつだな」
だが謎の変貌を遂げたとはいえ所詮獣だ。宇宙を駆け攻撃魔法を受け止めることを想定されている〈ガレーラ〉の装甲をどうにかできるはずがない。
だから俺は安心していた。
「諦め、ますかね?」
「普通の獣なら無駄なエネルギーは使わないだろう」
「普通じゃなかったですよね?」
「……」
俺はすぐに答えを返せなかった。
「そもそもネコ科っぽいあの俊敏な狩りのスタイルでこれほど追って来るのが不可解なんですけど?」
ミアナが鋭い。
「……俺の血、よっぽど美味しかったのかな」
「モテモテですね」
「うれしくねぇ-」
その間も獣は諦めずに機体を叩いてきている。
「早く傷口洗いたいんだけどな」
「そうですね」
だが、今は待つしか無い。ここには傷口を洗うための水もない。
「とりあえず止血しましょう。後ろからだと届かないので、ちょっとそっち行きますね」
ミアナは上着を脱いで前部座席の方へやってきて、俺の膝の上に乗った。女子らしい良い香りがして俺は彼女から目をそらした。
「うわ」
ミアナは俺の左腕の状態を見て眉をひそめていた。
ミアナは俺の上着も脱がせると、左腕の傷口をふき、上着を包帯のようにそこへ巻いていった。
「夜になったら出れるかな」
「近くで待ち構えるかもしれませんよ」
「やな予想だ」
だがあり得る。むしろネコ科からすれば待ち伏せの方が自然なのだ。
「だけど待つ以外に何ができる?」
機体は動かない。実証済みだ。そしてあいつを倒せるような武器もない。
「今、考えたんですけど」
「おう」
「クロトの血、相手を変化させる性質とかあるんじゃないですか?」
「いや、そんな例があるなんて聞いたことがないぞ」
「獣が巨大化して変貌する能力を持っている、というよりあり得る可能性だと思いますけど」
それもそうだ。
俺は上着に付いた自分の血を少し舐めてみた。
何も感じない。
「何も感じないが」
「自分で舐めてそうなるくらいだったら、舐めなくたってなれるはずですからね」
「そうだな」
「なので私が」
何を言い出すんだ、こいつ。
「ミアナ、それは」
「どうせこのままここに閉じこもっていることはできません。試せることは試しましょう」
俺の膝の上で、ミアナが俺の目を見てきた。
「だが、仮にその仮説が本当だったとしても、体が変化してしまうんだぞ、よくないだろ」
俺は反対だ。そんな未来に賭けるくらいなら一か八かで夜を待って飛び出した方がいいと思う。
「私が、それでいいと言ってるんです」
ミアナの両手が俺の頬を包んだ。姿勢だけなら、彼女が俺を口説き落とそうとしているように見えるだろう。
「み、ミアナ……」
「ねぇクロト、もし私があの獣のように変貌しても、この星で共に生きてもらえますか?」
ミアナの黒い瞳に決意が宿っている。
「もしあの獣のように凶暴になったら、一緒に死んでくれますか?」
なんと怖ろしいことを言う女だ。
ただ、彼女が俺の返答次第でそうする覚悟を固めていることは伝わってきた。
なにが彼女にそこまでの決意をさせたのだろう。
「私をあなたの特別にしてくれますか?」
(あぁ、そうか)
彼女の思いを理解して、俺も心を決めた。
「分かった。一緒に生きるか、死ぬかだ」
俺が笑顔を作ると、ミアナもわずかに微笑んで、俺の左腕を取って巻き付けた上着の端をめくり、傷口に口を付けた。
劇的な何かは、何もなかった。
ミアナの体が膨らむことも、獣のように黒くなることも、痙攣することさえなかった。
「ミアナ?」
もしかして俺の血で変貌したという仮説が間違っていたのだろうか。
それはそれで心配である。
ここまで盛大に盛り上がって、何もありませんでしたなど、許されるだろうか。
ミアナが俺の左腕から口を離し、俺を見た。
「!」
その目が変わっている。
黒かった瞳は、透き通る琥珀のような、溶けた鉄のような、燃えさかる火炎のような黄金色に輝いていた。
たったそれだけの変化だ。
「どう、なった?」
「成功だと思います」
ミアナはそう言うと後部座席へと移動していった。そして操縦桿を握ると、ぐっと押し込んだ。
コックピット内の全ての画面が光った。
俺の正面のモニターに文字が表示されはじめた。
『2名の同一世界転生者の魔力を確認』
『F9ガレーラ 起動可能』
「これは……」
昨日試したときとは画面すら付かなかった。起動可能なときはこうなるのか、と思った。
信じられなかった。
俺は未知の世界からの転生者、他に1人もいない世界からの転生者だったはずなのに。
今、それを覆す内容が表示されている。
「クロトの前世の世界の力です。私には今、同じ世界の力が宿っています」
ミアナの言葉が、現状の理由を教えてくれた。
「そう、か」
俺は1人じゃなくなったのだ。
俺は前部座席の操縦桿を握ると、それを押し込んだ。
「起動しろ」
『ガレーラ 起動』
『パイロットの魂に接続 世界法則『リヴァラ』の適用を確認』
『必要な術式を検索 登録完了』
『機体の適合処理を開始』
『パイロット識別完了
個体名:ブラウシュデリー
クラス:魔王』
さりげなく鑑定士でも分からなかった新事実判明である。
勇者でも、大賢者でも、大魔法使いでもなかった。
魔王。魔族の王。
それがどの程度のものを意味するのかは分からないが、その言葉は勇者に匹敵する存在であることを示している。
「大当たりだ……」
頭の中に機体の状況が流れ込んでくる。
白いシンプルな人型戦闘機だったガレーラが黒く染まり、外装が変化していく。
パイロットの前世の力をもっとも振るいやすい形へ。魔王の力に特化した形状へ。
『適合処理 完了』
『ガレーラ 起動しました』
機体が立ち上がった。
禍々しくねじれた2本の角を持ち、漆黒のマントを羽織った姿だ。
俺はガレーラの目で近くにいるはずの獣を探した。
「いた」
獣は、ガレーラから距離を取って姿勢を低くし、敵意を示してきていた。
「よし、じゃあまずは」
小手調べだ。
俺は使える武装の中から剣を選んだ。機体の腰のマウントに装備されている柄だけの剣を装備すると、光り輝くエネルギーの刀身が伸びた。
軽く振り下ろす。
振り下ろされるのと同時に解放されたエネルギーが空を裂き、大地を割った。
「……」
大地が5メートルほどの幅に割れて、地平線近くに見える高い山まで真っ二つに切れている。
俺としてはさほど力を込めたつもりはなかった。
(これが、事象干渉力SSSS……!!)
俺は初めて、ステータスの表示が意味するところを実感した。
獣は、まだ存在していた。どうやら橫に跳んで斬撃をかわしていたらしい。
だが、先ほどとはうって変わって体を小さく丸めて耳を折りたたんでいた。
〈降参! 降参ですニャ!!〉
獣から思念が伝わってきた。
〈魔王様とは気付かず、失礼しましたニャ!〉
なるほど。ミアナが『俺と同じ世界の力』を手に入れたのと同様にこの獣もそのパターンだったわけだ。
「調子の良いこと言ってますね」
ミアナの声が冷たい。どうやらこの思念はミアナにも伝わっているらしい。
「こんな危険な獣は駆除しちゃいましょう」
物騒である。だがそもそも襲ってきたのはあいつなのだから、俺も同感である。
〈あ、危なくニャいですニャよ!〉
獣は慌てた。こちらからは声で発したものがあちらに伝わる仕組みのようだ。
そして再び体を変化させた。巨大で獰猛な虎から、小さな黒猫へと。
〈ほーらかわいい猫ですニャ!〉
必死に地面を転がって媚びてくる。哀れみすら感じる姿だった。
「……今後は私たちに絶対服従、いいですね?」
〈わかりましたですニャ!〉
元気な返事が返ってきた。
なにはともあれ、危険は去ったようだった。
そこにちょうど、ガレーラが宇宙から発信された通信をキャッチした。
『こちら航宙軍駆逐艦〈ディアパート〉である。輸送艦〈ベイライン〉に乗っていた者はいないか?』
対象を特定しない、全方位に投げっぱなしの通信である。
救助船だ。
「……どうします?」
後部座席のミアナが聞いてきた。
行くか、残るか。
俺たちはガレーラが使える。輸送艦の独房に入れられたときには予想もできなかった状況にある。
「このままこの惑星に隠れて生きていく、というのも魅力的だが」
俺は口にしてみた。ただ、今となってはもう余り魅力を感じなくなっていた。
「宇宙へ行かないか、2人で一緒に」
俺は後部座席に声を投げた。
「いいですよ、2人で戦いましょう」
迷いのない返事があった。
研究所には絶対に行かない。俺たちは2人なら戦えるはずだ。
やってみせよう。
この力で居場所を作るんだ。
黒いガレーラは、この日、惑星を飛び立った。
サバイバル生活……しない!
スローライフ……もしない!
もし面白い、続きがあるなら読みたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価などいただけると嬉しいです。
全然構想してないですが、その時はがんばります。




