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転生博士の魔術原論 ~魔術適性ゼロの子爵家に生まれた少年は魔術を再定義する~  作者: 式部 夜未
第三章 相転移の朝に名を携えて

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第18話 再会の温度

 質疑応答の時間は、想定を大きく超えていた。


 発表で示した条件設定についての確認。周囲の魔力が術者へ応答するという前提そのものへの疑義。


 既存の魔術体系との整合性を問う反論もあれば、応用の可能性を探る問いもある。中には発表内容より年齢や出自を探るような質問も混じっていたが、ひとつずつ意図を汲み取り、必要なら前提まで戻って答えていった。


 その中で、一人の研究者が手を上げた。


「先ほどの実演について、一つ確認したい」


「はい」


「君は二つの試行で、術者自身が与える魔力量を揃えたと言った。何をもって、同じ量だと判断した?」


 予想していた問いだった。


「試行の前後で、僕自身の体内魔力の変化を同じ方法で測っています。その値が測定上、同じ範囲に収まるよう調整しました」


「つまり、完全に同量だと証明したわけではない?」


「はい。測定には誤差がありますから、厳密に同一だとは言えません。正確には、現在の方法で判別できる範囲では同程度です」


 研究者は小さく頷いたが、質問はそこで終わらなかった。


「では、君のいう《周囲の魔力の応答》はどうだ。二つの試行で、周囲から現象へ加わった魔力の量も同じだったのか?」


「それは、確認できていません」


 講堂に、わずかなざわめきが走った。


「現在の僕には、周囲から応答した魔力の総量を正確に測る方法がありません。ですから、二つの試行で現象全体へ加わった魔力やエネルギーまで等しかったとは主張できません」


「ならば、結果の違いが作用条件だけによって生じた、とも断定できないのでは?」


「その通りです」


 今度は、ざわめきが少し大きくなった。


 けれど、そこで言葉を濁す理由はなかった。


「今回の実演で示したのは、術者自身が与える魔力量と、最終的に生じる現象の大きさや形が、単純な一対一の関係ではないということです。周囲の魔力がどの程度応答し、それが最終的な現象へどれほど寄与したのかについては、別の測定方法が必要です」


 研究者はしばらく僕を見つめたあと、ゆっくりと腰を下ろした。


「分かった。ならば、そこは今後の課題ということだな」


「はい」


 周囲の魔力が応答した結果を、どう測るか。


 理論を先へ進めるなら、いずれ避けては通れない問題だった。


 その後も質問は途切れなかった。


 反論されることに不快感はない。むしろ、自分では気づかなかった穴を指摘されるなら歓迎したい。そのために、ここまで来たのだから。


 やがて司会が、名残惜しそうに区切りを告げる。


「――時間です。質疑応答は、ここまでといたします」


 一礼して壇上を降りる。


 席へ戻ってからも何人かの研究者に呼び止められ、質問や名刺代わりの書簡を受け取った。ようやく解放された頃には、身体より頭の方が疲れていた。


 少し一人になりたくて大講堂を出る。


 王立魔術学術院の中庭には夕刻の冷えた空気が満ち、中央の噴水から細い水音が響いていた。


 庭の端にある石のベンチへ腰を下ろすと、背中に伝わる冷たさで張り詰めていた思考がようやく緩み始める。


「――おい。ヴァルディエル」


 その時間は、長く続かなかった。


 顔を上げると、三人の男が立っていた。僕よりいくらか年上だろう。


 先頭の男は仕立てのよい外套に過剰な刺繍を施し、飾り付きの手袋を弄んでいる。


「ずいぶん評判だったな」


「……ありがとうございます」


「褒めているわけじゃない」


 男が鼻で笑い、後ろの二人も口元を緩めた。


「理屈としては大層立派だった。だが、魔術というのは紙の上だけで扱うものじゃないだろう?」


「発表でも実演しましたが」


「あんな小細工のことを言っているんじゃない」


 どうやら発表内容について議論したいわけではないらしい。


「何か質問がおありでしたら、先ほどの質疑応答で――」


「随分と余裕だな」


 言葉を遮られる。


「ヴァルディエル家といえば、アリウス卿は魔術を扱えなかったはずだ。その家の子息が、爆裂魔術の理を説くとはな」


 後ろの男が小さく笑った。


「親子で随分と違うものだ」


「……父と僕は別の人間です」


「そう怒るなよ。ただ、不思議に思っただけだ」


「怒ってはいません。もうお話がないのでしたら、失礼します」


 立ち上がろうとすると、先頭の男が一歩前へ出た。


「待てよ。せっかくなんだ。ひとつ見せてくれないか?」


「何をですか」


「本物の魔術だよ。理論ではなくな」


「先ほど見せました」


「だから、あれは石を割っただけだろう?」


 男は笑みを深くする。


「結局、お前も父親と同じなんじゃないのか。魔術で秀でられないから、理屈を並べているだけだ」


 その瞬間、胸の奥で何かが静かに冷えた。


 自分のことなら、まだよかった。


 十五歳の若造だと笑われても、理論がおかしいと言われても、必要なら証拠を示せばいい。間違っているなら直せばいい。


 けれど、父を笑われるのは違う。


 かつて魔術を扱えないと蔑まれながら、それでも卑屈になることなく、自分にできることを磨き、国のために働き続けた人。


 僕が五歳で危うい考えを抱いた時には、止めるのではなく先へ進むための時間を与えてくれた人。そして今では、自分に合った方法で小さな光を灯せる。


 父が積み上げてきたものを何ひとつ知らず、その一部分だけを拾って嘲笑うことが、ただ許し難かった。


「……分かりました」


「何?」


 静かに立ち上がる。


「先ほどの発表が、十分に伝わらなかったようですから。もう一度、実演します」


 三人の笑みがわずかに止まった。


 中庭を見渡す。


 白い石畳と芝生の向こうに、手入れを終えた庭木の太枝が積まれていた。細かな枝葉はすでに払われ、中には腕ほどの太さがあるものも混じっている。


 それらが何本も縄でまとめられ、傍らには運び出すための荷車が置かれていた。


「あれは、もう不要なものですか?」


「……あれ?」


 先頭の男も振り返る。


「庭木の枝です」


「ああ。剪定(せんてい)した後のごみだろう。どうせ運び出して捨てるだけだ」


 そんなものをどうするのかと、半笑いで答える。


「そうですか」


 僕は太枝の束へ向き直った。


「では、あれを使います」


「まさか、あれを折って見せるつもりか?」


 後ろで笑い声がした。


 答えず、右手を上げる。


 発表で示した爆裂現象と、原理そのものは変わらない。


 違うのは、作用させる領域の数だ。


 束ねられた太枝を捉える。一本ごとに太さも曲がり方も異なり、節の位置も繊維の向きも揃っていない。


 そこへ一度に大きな力を加えれば、何本かが折れ、破片が無秩序に飛び散るだけだ。


 それでは足りない。


 作用領域を分ける。


 枝の内部に、小さな爆裂を起こす点を複数置いていく。それぞれの位置と範囲、力の向きを調整する。


 隣接する領域で生じた亀裂と衝撃が重なり、次の破壊を助けるように。


 講堂で見せたのは、一つの作用領域を変化させた結果だった。


 今度は、それを並列して成立させる。


 体内の魔力を整えると、それを起点に周囲の魔力が応じ始めた。


 作用点が増えるほど、制御は複雑になる。


 それでも、一つずつ条件を揃えればいい。


 破砕に必要な方向へ力を重ね、外へ飛び出そうとする運動は抑える。


「……少し離れていた方がいいと思います」


「は?」


「念のためです」


「枝を折るくらいで、大袈裟な――」


 条件が揃った。


 発動する。


 ――ドンッ!


 幾つもの破裂音がほぼ同時に重なり、一つの轟音となって中庭を叩いた。


「うわっ!」


 三人の身体が揃って跳ねる。


 先頭の男は反射的に後ずさろうとして足をもつれさせ、そのまま石畳へ尻もちをついた。


 後ろの一人も片膝をつき、もう一人は腕で顔を庇ったまま数歩よろめく。


 その向こうで、太枝の束が内側から弾けた。


 一箇所から亀裂が走る。


 その先で、次の爆裂が起きる。


 さらに隣へ。


 ほとんど一瞬のうちに破壊が束全体へ連なり、腕ほどもあった太枝が次々と形を失っていく。


 折れる。


 砕ける。


 節の残った硬い部分まで細かく割れ、その断片がさらに次の衝撃に呑まれる。


 轟音が途切れた時、そこに枝の形は残っていなかった。


 束をまとめていた縄が、力を失って石畳へ落ちる。


 その内側には、細かな木片と木屑が小山を作っていた。握り拳ほどの塊さえほとんどない。大半は指先ほどか、それ以下にまで砕かれている。


 それだけの破壊が起きたにもかかわらず、破片は遠くまで飛んでいなかった。


 元の束を囲むわずかな範囲に散っているだけで、隣の植え込みにも荷車にも傷一つない。


 枝を束ねていた縄さえ、切れていなかった。


「……」


 三人とも声を失っていた。


 僕は右手を下ろす。


「いまのも、先ほど発表した爆裂現象と同じ原理です」


 尻もちをついたままの男が、木片の山を見つめている。


「違うのは、作用領域を複数に分け、それぞれを並列して成立させたことです。一つの大きな爆裂で吹き飛ばすのではなく、小さな破壊を互いに利用するよう重ねています」


「……そ、そんな魔術……」


 後ろの男が掠れた声を漏らす。


「破片が必要以上に外へ飛ばないよう、力の向きも調整しました」


 三人へ視線を戻した。


「これでも、小細工でしょうか」


「……っ」


 先頭の男の頬が引きつる。


 慌てて立ち上がったものの、外套の裾には石畳の埃がついていた。それを払うことさえ忘れたように、声を張り上げる。


「ず、随分な真似をしてくれるな!」


 声が震えていた。


「見せてほしいと仰ったので、お見せしただけです」


「あれほどの魔術を、こんな場所で使うなど……何かあったらどうする!」


「ですから、処分するものかどうか確認しました。周囲へ影響が出ないようにも制御しています」


「そういう話をしているんじゃない!」


 男は背後の二人へ目をやる。


 だが、どちらも先ほどまでの笑みを失ったまま、細かな木片の山から目を離せずにいた。


 助け舟が出ないと悟ったのか、先頭の男の視線が僕の胸元へ落ちる。


「……ヴァルディエル家は、子爵家だったな」


「はい」


「なら、自分の立場くらい弁えていると思っていたが」


 ようやく、何を言いたいのか分かった。


「魔術がどうこうという話ではない。家格というものがあるだろう。我々にこんな恥をかかせて、それで済むと思っているのか?」


 少しだけ息を吐く。


 理論を笑い、実演を小細工と呼び、それが通じなくなると、今度は家格を持ち出すらしい。


「あなた方がどの家の方であろうと、現象の成立条件は変わりません」


「……何?」


「爵位が上がれば、木が砕けにくくなるのですか?」


「貴様……!」


「魔術なら扱えると最初に申し上げました。それでも信じなかったのは、あなた方です」


 一歩も退くつもりはなかった。


 父が魔術を使えなかったことも、そのことで軽んじられてきたことも、この男たちに笑われるためのものではない。


「それとも、家格が上なら、起きた現象まで無かったことになるのでしょうか」


 男の口が開く。


 だが、声は出なかった。


「――何をしているの?」


 澄んだ声が、中庭へ落ちた。


 振り返る。


 夕光の中を、一人の女性が歩いてきていた。


 深紅の長い髪が歩みに合わせて揺れている。片手には薄い革の書類鞄。


 真っ直ぐに伸びた背筋と、こちらへ向けられた眼差しには、周囲を自然と静めるような落ち着きがあった。


 その顔立ちに、かすかな覚えがある。


 けれど、記憶の中に残る姿とは年齢があまりにも違う。すぐには名前まで辿り着かなかった。


 先に反応したのは、三人の男たちだった。


「ヴァ、ヴァレンティナ侯爵家の……」


 先頭の男が息を呑み、慌てて姿勢を正す。


 ヴァレンティナ。


 その家名を聞いた瞬間、曖昧だった面影が記憶と結びついた。


 深紅の髪。


 こちらを値踏みすることなく見つめてくれた眼差し。


 十年前、煌びやかな広間で、五歳だった僕へ膝を折り、同じ高さから話しかけてくれた少女。


(……まさか)


 目の前の女性と、記憶の中の少女が重なる。


「……カティア様?」


 名前を口にすると、彼女の目がやわらかく細められた。


「ええ」


 その笑みを見て、ようやく確信する。


「久しぶりね、ユリウス」


 十年。


 そう考えれば、すぐに分からなくても不思議ではない。記憶の中の少女とは、背丈も顔立ちも、纏う空気さえ変わっている。


 それでも、こちらを見る眼差しには、あの頃と同じものが残っていた。


 三人の男たちは僕たちのやり取りを見て、さらに顔色を変えた。


「カ、カティア様、お聞きください。この者が突然、我々の前で危険な魔術を――」


「最初から見ていたわ」


 男の声が止まる。


 カティアは穏やかに微笑んでいた。


「あなたたちがユリウスを呼び止めたところから。実力を見せてほしいと、随分しつこく迫っていたところもね」


「い、いえ、我々はただ……」


「それに、あの枝が処分するものだと答えたのもあなたでしょう?」


「それは……」


 カティアの視線が、細かな木片の山へ向く。


 ほんの一瞬、深紅の瞳が興味深そうに細められた。


 だが、すぐに三人へ戻る。


「それで今度は、家格のお話?」


「……っ」


 男が言葉を詰まらせる。


 つい先ほどまで子爵家であることを理由に僕へ立場を弁えろと言っていた男が、侯爵家の名を前にして目に見えて縮こまっている。


「ユリウスは私の大切な友人よ」


 カティアは穏やかな声で続けた。


 それだけで十分だったらしい。


「……失礼いたしました」


「軽率な言動でした」


 三人が揃って頭を下げる。


 カティアは小さく首を傾げた。


「謝る相手を間違えているでしょう?」


 しばしの沈黙のあと、三人の視線が僕へ向いた。


「……申し訳なかった」


「失礼なことを言った」


 謝罪を聞いても、特に何かが晴れるわけではなかった。


「もう結構です」


 三人は再び頭を下げると、これ以上この場にいたくないとでもいうように、足早に回廊の向こうへ去っていった。


 その背中が見えなくなった頃、講堂の方が騒がしくなった。


「今の音は何だ?」


「中庭からだろう」


 扉が開き、何人もの人影がこちらへ向かってくる。


 あれだけの音だったのだ。当然だろう。


 カティアもそちらへ目を向け、少し困ったように笑った。


「……人が集まってきてしまったわね」


「そうですね」


 細かな木片の山を見れば、質問されるのは目に見えている。


「場所を変えましょうか。せっかく十年ぶりに会えたのだから、もう少し静かなところで話したいわ」


「……はい」


 カティアに促され、中庭をあとにする。


 講堂から離れるにつれ、背後のざわめきと噴水の音が少しずつ遠ざかっていった。


 人通りの少ない回廊へ出る。


 窓の向こうでは夕陽が王都の屋根を染め、長く伸びた光が石床へ差し込んでいた。


 並んで歩きながら、改めて隣を見る。


 十年前より背は伸び、少女らしさの残っていた顔立ちもすっかり大人びている。けれど、こうして横から見ると、あの日の面影は確かに残っていた。


「それにしても……十年前にも、似たようなことがあったわね」


「家名を聞いて、態度を変えられたことですか」


「ええ」


「今回は、少し慣れていました」


「あれを慣れたと言っていいのかしら」


 カティアが困ったように笑う。


「でも、安心したわ。あなたが何も言い返せないような子ではなくなっていて」


「言い返しすぎた気もします」


「そう?」


「少なくとも、父さまならもっと穏便に済ませたと思います」


「アリウス卿なら、そうでしょうね」


「父さまをご存じなのですか?」


「直接お話ししたことは数えるほどだけれど。軍務院にいると、王都で長く国政に携わった方の評判は嫌でも耳に入るもの」


 カティアは少しだけ表情を和らげた。


「立派な方だと聞いているわ」


「……ありがとうございます」


 自分が褒められるより、ずっと素直に嬉しかった。


 しばらく歩いたところで、カティアが足を止める。


「そうだ。あなたに見せたいものがあるの」


 書類鞄の留め具を外し、一冊の綴じ本を取り出した。


「これ」


 差し出された表紙を見て、足が止まる。


《魔力場共振理論》。


 五年前、名も年齢も伏せて外へ送った論考の複写本だった。


「……どうして、これを」


「原本を送られた教育機関から写させてもらったの。少し手を回してね」


「そうではなくて……」


 カティアが、悪戯を見つけたように微笑む。


「これ、あなたでしょう?」


 言葉が詰まった。


「……なぜ、そう思ったのですか」


「読めば分かったわ」


「それだけで?」


「正確には、答えじゃないわね」


 カティアは綴じ本を開き、何度も読み返したらしい頁へ指を添える。


「問いの立て方」


「問い……」


「十年前、私に魔術の話をしてくれたでしょう? 詠唱が必要だと言われたから、言わずに同じことが起きるか試した。周囲にも魔力があるらしいと気づいたら、今度はどういう条件で反応するのか調べる」


 その時の会話を、まだ覚えていたらしい。


「この論考も同じだった。最初から答えを決めて、それに現象を合わせようとしていない。分からないところを残したまま、ひとつずつ条件を切り分けている。そんな魔術の見方をする人を、私は一人しか知らなかったから」


 五歳の時、一度だけ交わした会話。


 自分にとっては研究の始まりに近い、未熟な話だった。


 それを十年も覚えていてくれた人がいる。


「……このことは、まだ公にはしていません」


「分かっているわ。誰にも話していない。これからも、あなたが望まない限り話すつもりはないわ」


「ありがとうございます」


「でも今日の発表で、気づく人は出てくるかもしれないわね」


 僕もそう思っていた。


《魔力場共振理論》という名前こそ出さなかった。それでも、その考え方をよく知る者なら、重なるものを感じてもおかしくない。


「その時は、その時です」


「ふふ。少し逞しくなった」


 カティアは綴じ本を鞄へ戻し、再び歩き出した。


 しばらくして、何気ない調子で尋ねてくる。


「ねえ、ユリウス。このあと、どうするの?」


「このあと……ですか? 王都の別邸へ戻りますが」


 カティアが声を立てずに笑った。


「違うわよ。今日の予定じゃなくて、これから先。あなた自身は、これからどうしたいの?」


 答えようとして、言葉に詰まった。


 やりたいことなら、いくらでもある。


 魔術をもっと理解したい。血筋や感覚だけに閉じたものではなく、誰かが得た知識を別の誰かが学び、確かめられるものにしたい。


 けれど、その研究をどこで続けるのか。どんな立場で、誰と関わりながら進んでいくのか。


 そこまでは考えたことがなかった。


「……研究したいことは、たくさんあります」


「ええ」


「でも、その先で自分がどこにいるのかまでは……まだ」


 正直に答えると、カティアは少しも失望した様子を見せなかった。


「それなら、これから決めればいいわ。十年前も、あなたは答えを知っていたわけじゃなかったでしょう?」


「……そうですね」


「分からないから調べる。あなたは、ずっとそうしてきたもの」


 思わず小さく笑う。


「僕より、僕のことを分かっているような言い方ですね」


「十年ぶりに会ったばかりなのに?」


「だから不思議なんです」


「そうね」


 カティアも笑い、少しだけ間を置いて穏やかな声で続けた。


「私、楽しみにしているのよ。あなたがこれから何を見つけて、どこへ行くのか。また会いましょう、ユリウス」


「はい」


 軽く手を振り、カティアは回廊の先へ歩いていく。


 夕光を受けた深紅の髪が、十年前の記憶よりも鮮やかに揺れていた。


 その姿が見えなくなってからも、しばらくその場に立っていた。


(……これから、か)


 研究の先にある、自分自身の行き先。


 未知の現象とは違う。けれど、まだ答えがないという点では同じなのかもしれない。


 その問いだけが、胸の奥へ静かに残った。

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