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第9話 フィオの魔術②

 死線を越えた人間は、かつて死にかけたときの記憶を夢に見るものらしい。

 夢の中、僕はロザリア様に抱かれてた。



「んー?」



 目を覚ますと、僕はノクス様に抱かれてた。


 僕を抱き枕の代わりに寝てたのかと思ったけど、見上げると、ばっちりと目があった。

 多分一晩寝てないぞ、この人。



「一晩中、人の寝顔を(のぞ)いてたの?」

「……いや」


 ノクス様がばつが悪そうに顔をそむけた。

 ――意地悪なもの言いをしてしまった。

 僕の容態が急変しないか心配で、ずっと見張ってくれていたのだろうと思う。

 ただ、この人の口からそれを言うことはないとも思う。


 大体、彼の人柄が分かってきた。当初思っていたよりも、可愛い人らしい。



「ん?」



 頭の重さに違和感を覚えて(かみ)を触り、異変に気づく。僕の髪はいつの間にか腰の長さまで伸びていた。



「何これ?」


「再生の魔術の副作用だ。細胞を活性化(かっせいか)させ、自己治癒力(ちゆりょく)を高める過程(かてい)でこうなる」


「ああ、ノクス様の長髪、それファッションじゃなかったのか。道理(どうり)で」


「私の長髪はファッションだ。君は今、何に納得した?」


「うーん、あのボブカットはグレイヴ卿の趣味だし、せっかくならロングに……いやでも、前髪はパッツンにしたい」


「君は今、何に納得した?」



 ノクス様を無視し、鏡の前で前髪を横一文字にそろえる。うん、自分でやった割にはきれいな出来だ。


 ノクス様がまだ何か言いたそうにしている。



「どうかした、ノクス様? 髪型のことならもう……」


「君は今、何で切った?」


「あれ、ごめん。この髪型嫌だった?」


「違う。(なん)で切ったじゃない。(なに)で切ったと訊いたんだんだ」


「え……あれ?」



 僕は両手を広げて見せた。手ぶらだ。(はさみ)なんかない。

 けれど足元には、切り落とした前髪がきれいに(そろ)って落ちている。



「……今、魔術を使った?」



 右手のひらに刻まれた紋から小さな熱を感じた。


 魔術師にとって魔術は、身体の一部ということか。

 歩くという所作は、腕を振ろうとか足を曲げようとか意識することなく、その動作を終える。魔術もまた、それを使おうと意識して使うものではないらしい。


 生まれて初めての魔術なのに、これじゃ何の感慨(かんがい)もわかないな。



 広間の食卓で、ノクス様と横に並んで食事をしながら、二人で頭を(ひね)らせていた。

 同じ方向に首を傾げ、二人そろって難しい顔をしながら、もそもそと食べる。


「切断……斬撃(ざんげき)の魔術か? 鎌鼬(かまいたち)を生み出す魔術師もいるが……」


「斬撃……何かしっくり来ないなあ」


「君の(かん)は大事にしよう。無意識のうちに本能(ほんのう)で感じ取っていることが、謎を解く(かぎ)になりうる」


「感覚的には、少なくとも()を飛ばすとかは無理そう。ロザリア様みたいな広域攻撃もできないと思う。相手の頭を(つか)んで、脳みそをグチャグチャにするとかはできるんだろうけど……」



 そんな至近距離(しきんきょり)まで敵に接近できるなら、ハンマーで殴りかかった方がマシだろう。


 戦闘に役に立つ力ではないと思う。強い力が得られるとも思ったけれど、これは期待外(きたいはず)れだろうか。



「できないことは分かった、逆にできそうなことは何だ?」


「うーん、手元にあるものしか斬れないけど、もっと細かくできそう」


微塵切(みじんぎ)りということか?」


「いや、細かくの意味が違う気がする」



 首を(かし)げながら、僕はデザートのサクランボを両手のひらに入れた。皮と種と(つる)がひとまとまりになって左手に、実の可食部だけが右手に残る。



解体(かいたい)術式(じゅつしき)か」


斬撃(ざんげき)よりはそっちの方が正しい解釈(かいしゃく)かな。でも、もう一段(いちだん)(うえ)がある」



 僕が右手の実を手のひらに包むと、今度はそこから水があふれ出る。手元には白い粉末だけが残った。



「その白い粉は?」


果糖(かとう)、ブドウ糖、ショ糖、オリゴ糖……」


「化学の知識があるのか?」


「王子様には教養が必要らしくてね。色々教え込まれたのさ。めてみない? 甘いよ?」



 ノクス様に手のひらを差し出す。



「やめろ。絵面(えづら)が変態すぎる」



 僕としては見てみたい気もするが、確かに彼が嫌だろう。この提案、グレイヴ卿なら狂喜乱舞(きょうきらんぶ)して、砂糖どころか手の感触まで全力で味わいに来るんだろうけど。


 手のひらの粉を口の中に入れる。甘いけど、おいしくはない。有機酸(ゆうきさん)もエステル類も失われてしまったから、酸味も香りも感じない。



「知識があれば、望むものだけの抽出(ちゅうしゅつ)も可能みたい」


「分解の魔法……いや、分離(ぶんり)の魔法と呼ぶべきか? 望むものだけを抜き出せる力……」


「使い道あるのかなあ、これ? ハズレだったりする?」


「いや、大当たりだ」



 ノクス様が左手を差し出す。黒い鱗に(おお)われた、竜の腕だ。



「私の魔術は戦闘に向かない。だから私は(もん)を持つ魔獣――その中でも強力な術式を持つ竜の死骸(しがい)をその身体に()め込んだ。おかげで私は竜の魔術が使えるが、当然、代償(だいしょう)はある。身体に(つなが)がる異物(いぶつ)の処理に常時追われることで、私自身の再生の魔術は弱まっている」


「へえ、今そういう状況なんだ」


「そこで君の魔術が役に立つ。私の身体から竜の腕を抽出(ちゅうしゅつ)して外してもらう。私はそこから、人間の腕を再生する」


「え? でもそんなことしたら、もう竜の魔術がつかえなくなるんじゃ……」


「鱗や血肉などの異物を選別して分解し、竜の回路を残してほしい。私は人間の腕を再生しながら、竜の回路をそれと(つなぐ)ぐ」


「意味ないでしょ、それ。結局、竜の魔力回路と人の腕との拒絶反応(きょぜつはんのう)に苦しむから……振り出しに戻るはずじゃ……」


 ――いや、そうか。

 ――昨日の今日で忘れるなんて、どうかしている。



「……賢者の石」


「賢者の石の効果を厳密に言うと、"肉体と魔力回路が接するとき、二分の一の確率(かくりつ)で、両者を適合(てきごう)可能な形に設計(デザイン)し直す"こと。私が人の腕と竜の回路を(つな)ぐ中でも、その効果を発揮(はっき)する……かもしれない」


「言い切れないんだ」


「仮説の段階だからな。とにかく試してみよう」


「僕は大歓迎だね、この実験。その(うろこ)(かた)くてさ。次に抱かれたとき困るなあと思ってたんだ」



 言ってから、失言だったと気づいた。

 ノクス様が首を(かし)げる。



「何だ? 君は私に抱かれる予定があ……」



 ――そこに思い至ってもらっては恥ずかしい。

 彼が言い終わるより早く、僕はノクス様の左腕を破壊(はかい)した。

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