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第8話 フィオの魔術①

《フィオ視点》


 これは僕の(ゆめ)


 十三歳の僕が、()のうと思ったときの記憶(きおく)

 僕は(とし)を十六と誤魔化(ごまか)し、賭博場(とばくじょう)に入っていた。


 僕のチップは(とりで)のように積みあがっていた。(つね)に勝ってるわけじゃない。少額で負け、勝つときに大金を()けていただけだ。


 最初は(となり)(たく)(きゃく)がチラチラ見てくる程度(ていど)だったのに、いまでは(だれ)もがゲームを放棄(ほうき)して、半円を描くように人垣(ひとがき)ができていた。



「スタンド」



 合計十五。ディーラーは無言(むごん)で自分のカードを(ひら)く。十六。ルール(じょう)、もう一枚(いちまい)引くしかない数字(すうじ)だ。


 カードがめくられる。


 十。ディーラーの敗北(バスト)だ。


 ディーラーのチップを寄こす指先(ゆびさき)がわずかに(かた)い。動揺が見て取れる。



「あなた強いのね、どうして()てたの?」



 やじ(うま)から出てきた貴婦人(きふじん)が、(うし)ろから(はな)しかけてきた。帽子(ぼうし)目深(まぶか)(かぶ)っていて、クリーム(いろ)のドレスを()ている。


 僕はハンドサインでディーラーとやり取りしつつ、貴婦人と話した。



「残り六枚はK(キング)J(ジャック)、十、十、八、七。ヒットすれば何が()てもバストだった」


「え、何で残りのカードがわかったの?」


「このテーブルのカードの(なが)れを見て、全部(ぜんぶ)(おぼ)えてたから」


「イカサマ?」


「ルール(じょう)禁止(きんし)されてない。常人(じょうじん)記憶力(きおくりょく)じゃ無理だからね」



 貴婦人が僕の顔を横から(のぞ)()み、口元(くちもと)に手を()えた。



「どうしたの? あなた、()()らしてる()をしてるけど」


家族(かぞく)()んだんだ」


「お(とう)さんか、お(かあ)さん?」


()のつながりはないよ。戦争(せんそう)(おや)()くして()いてたとき、たまたま(となり)()いてた()たちだ。(ぼく)らは自然(しぜん)仲間(なかま)になった。ロイ、キース、ルネ、ミラ……みんな(ころ)された」


(ころ)されたって、(だれ)に?」


「町のギャング(だん)。この賭場(とば)牛耳(ぎゅうじ)胴元(どうもと)だよ」


「……あなた、ここに何しに()たの?」


賭場(とば)(つぶ)してやろうと(おも)って。ブラックジャックは賭場(とば)(たい)(きゃく)試合(しあい)(たの)しめるゲームだ。あと四倍(よんばい)ほどチップを()やすと、賭場(とば)が運営不可能なレベルで資金(しきん)(うしな)(がく)になる。奴らはきっと、大金をせしめたクソガキを殺すだろうさ」


「あなたが死んじゃうじゃない」


「やたらと()いてる観客(かんきゃく)(なか)に、新聞社の記者が()じってるだろ? 明日の一面(いちめん)()まってる。『少女(しょうじょ)()(めぐ)(なぞ)賭場(とば)エース・クラブの(やみ)(せま)る!』ってね。 醜聞(しゅうぶん)は広がり、奴らはもう賭場(とば)営業(えいぎょう)できなくなる。上納金(じょうのうきん)(はら)えず、格上の組織に消される」


「あなたが死んでるじゃない」


「それって気にしなきゃいけないこと?」



 これまでのチップすべてを()けた、最後(さいご)大一番(おおいちばん)(はじ)まる。


 ディーラーが新しいカードを(くば)る。

 周囲(しゅうい)(いき)()めた。


 僕はカードを(のぞ)()み――小さく(かた)をすくめる。



 ブラックジャック。



 どよめきが起きた。


 賭場(とば)によくあるざわめきではなく、劇場(げきじょう)名場面(めいばめん)()たときのような、(すこ)()ついた空気(くうき)になった。


 胴元(どうもと)(おとこ)がヒステリックに(わめ)く。



「クソが! ガキも新聞記者どもも、全員(ぜんいん)()きて(かえ)さねえ! 皆殺(みなごろ)しだ! 先生、やってくれ!」



 突然(とつぜん)、店の中に(くろ)(もや)(ただよ)った。


 今日は満月(まんげつ)のはずなのに、窓の外が()(くら)になる。(まど)()って暗闇の奥に手を伸ばすと、しっとりと(つめ)たい感触がそこにあった。



「何だこれ、壁がある……出られない?」



 貴婦人(きふじん)が外を観察しながら言った。



魔術(まじゅつ)ね。ギャング団が結界を()れる術師(じゅつし)(やと)ってたみたい」


魔術(まじゅつ)(はじ)めて()る」



 ()()(うしな)った(きゃく)たちに、ギャングたちが銃口(じゅうこう)()ける。



残念(ざんねん)ね、私の魔術が君にとって、初めてなら()かったのに」



 不意に、(じゅう)(かま)えた男たちの手が(こお)りついた。彼らは身動(みうご)き一つできず虚空(こくう)を見つめている。その身体(からだ)(ふる)え、ところどころ白い霜柱(しもばしら)(おお)われている。


 (もや)()れ、(まど)からは月が見えるようになった。結界(けっかい)とやらは()かれたらしい。



結局(けっきょく)(あや)しい(やつ)みんな(こお)らせたし、(だれ)術師(じゅつし)かわかんなかった……ま、いっか」


「……お姉さん、何者?」


「私、白凍(はくとう)魔術師(まじゅつし)って()ばれてるの。さて、これであなたの復讐は終わりかな?」


「……うん」


「よく頑張りました」


 貴婦人(きふじん)は僕を()きしめた。もうそれまでに(なみだ)()れるまで()いたはずなのに、彼女の(むね)(なか)(あたた)かくて、僕は大泣(おおな)きした。


 浮浪児(ふろうじ)の集まりの中で僕が一番(いちばん)年長(ねんちょう)だったから、自分より大きな(だれ)かの(むね)の中で(あま)えるなんて、はじめての経験だった。顔は(なみだ)でグズグズだったのに、貴婦人は服の汚れも気にせず強く()いてくれた。



「あなた、名前は?」


「……フィオレンティア・ロウ」


「ねえフィオ、あなた、帰るところはある?」


「ない。大事な人はみんな()くした」


「……そう。それなら、私の屋敷(やしき)に来てみない? 聡明(そうめい)なあなたなら大歓迎よ。私の(はな)相手(あいて)になってほしいの」


「……いいの?」


「私はあなたの大事な人になりたいし、あなたには、私にとって大事な人になってほしいな」


「お姉さんの名前は?」



 貴婦人(きふじん)は帽子を上げる。二十歳(はたち)くらいに見えるその人は、少女のように天真爛漫(てんしんらんまん)()みを見せた。



「私はロザリア・グレイヴよ」



 僕も笑って、強く強くロザリア様を抱きしめた。



 今でも思うんだ。


 僕が、ロザリア(さま)のメイドになれてたら良かったのに。

 変態当主様に目を()けられなければ良かったのに。

 僕が王子様にならなければ良かったのに。


 何か一つ運命が違えば、僕は彼女と親友(しんゆう)になってたと思う。

 主従関係(しゅじゅうかんけい)ではあるけれど、きっと同じ目線で、一緒(いっしょ)に笑いあえたと思うんだ。


 だけど、そうはならなかった。

 そうはならなかったんだ。

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