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第7話 魔術師になるたった一つの方法③

「借りるね」


 フィオは壁に飾られていた短剣を手に取った。その()は窓から差し込む月明りを反射し、青白く光っている。



「で、賢者の石ってどう使うの?」


「回路が張り巡らされた瞬間、賢者の石が体内にあればそれでいい。自動的に石が肉体を魔術師らしい形に設計(デザイン)し直す……らしい。私も実例は見たことがない」


「へえ、ありがと。じゃあこれ、持っとくね」



 フィオは賢者の石を手にとった。そして短剣を自身の胸に突き立てた。



「…………は?」



 流れるように行われた自殺行為に、最初は反応できなかった。剣が抜かれ、フィオの胸元に血が(にじ)む。追い打ちとばかりに、フィオは賢者の石を傷口にねじ込んだ。


 フィオは口元に血を(したた)らせながら、穏やかに笑っている。



「……つまり、これでいい?」


「それ普通、刺す前に訊かないか?」



 こんな風に、日常の所作と変わらぬ自然さで死線(しせん)を越える奴がいるのか? どういう思考だ? まるで追いつける気がしない。


 動揺(どうよう)する私を安心させようと思ったのか、フィオが笑いかけてくる。


「……安心してよ、ノクス様。二分の一なんて外さないよ。僕はここで終わらない」


 視線が真っ直ぐ私を射抜いた。

 迷いがない。



「僕は一生、あなたの傍にいる」



 字面だけ見れば、彼女に一目惚れしたあの時から、欲しかった言葉ではある。

 だが、これを喜べる奴がいるなら、神経を疑う。


 フィオは小さく息を吐き、それから床に仰向(あおむ)けに倒れ込んだ。



「フィオ!」



 私は駆け寄り、その身体を抱き上げた。


 軽い。折れそうなほどに。覚悟を決めた振る舞いからは想像できないほど、彼女の身体は華奢(きゃしゃ)(もろ)いと身にしみてわかる。今までよく命を(つな)いできたものだ。


 胸元から広がる血の温度が、やけに現実感(げんじつかん)(とも)っていた。



 ――深く刺したな。確かに、そうでなければ意味がないが――。



 血が止まらない。

 このままでは即座に失血死だ。



「……振り回されてばかりだ、私は」



 紋に魔力を通す。

 傷口の組織(そしき)を繋ぎ、血管を修復(しゅうふく)していく。心臓の拍動(はくどう)を支える。


 彼女の身体に私の術を通す過程で、小さな変化(へんか)を感じとれた。

 彼女の体内に、微弱(びじゃく)な魔力の流れが生まれている。

 回路の芽が張り巡らされている。



「……ここから先は二分の一、か」



 フィオの意識(いしき)は戻らない。顔色は蒼白(そうはく)なままだ。

 傷はもう、完全に治癒している。

 目を覚ますか(いな)かは、拒絶反応(きょぜつはんのう)の有無で決まる。


 私はフィオの額にかかった髪を払った。



「私は、どうすればいい?」



 私は今日、十歳近く年下の少女に一目惚れしてしまった。

 その少女はゲロをぶちまけ、禁忌(きんき)の国宝を盗んでいたことを明かした。

 彼女は今自殺して、生死(せいし)境目(さかいめ)にいる。

 何だこれ、一夜の出来事にしては情報量が多すぎないか?



「今ここで君が死ねば、私の感情(かんじょう)()(どころ)はどうなる?」



 口をついた言葉は、ほとんど泣き言に近い。

 それでもどこか滑稽で、笑ってしまいそうな気分にもなる。

 相反する気持ちが混ざってグチャグチャだ。私の感情は彼女に破壊されたらしい。


 昔、恋とはなんたるかを友人に説かれたことがあった。

 恋をしたものは、相手の所作(しょさ)一つ一つに目が離せなくなるという。思考はすべて、その所作の意味(いみ)するところに(とら)われる。

 恋愛沙汰(ざた)の世界では、その状態(じょうたい)を心奪われると呼ぶらしい。


 ただ、恋愛に(うと)い私でも分かる。

 確かに今の私は彼女のこと以外何も考えられないが、心奪われるとは――多分こういうことではない。



「床に寝かせておくわけにもいかないか」



 寝室のベッドに運ぶ。

 二人でベッドの真ん中で横になる。私は丸まって、彼女を胸の中に抱き寄せる。


 たとえ拒絶反応が起きなかった場合でも、今夜中に彼女が目を覚ますことはない。

 それでも、朝まで見張っている意味がなくても、彼女を離したくなかった。



『僕は一生、貴方の傍にいる』



 脳内(のうない)でフィオの言葉が何度もこだまする。



「……恋人への遺言にも似ているのは、皮肉だな」



 本当に、これが最期(さいご)の言葉になるのだろうか。

 もしそうなれば、このこだまは呪いとなって、私の中で永遠に続くことだろう。


 私はきっと、それを受け入れる。彼女がいない世界に身を落とすなら、自分の記憶の反芻(はんすう)でもいいから、何度でも彼女の声を聞いていたい。


 私の記憶に残る彼女の声が色あせてしまうことのほうが、よほど恐ろしい。



 私はより強い力で、フィオの身体(からだ)を抱きしめた。



「この先どう転んでも、君はもう私にとって、一生(いっしょう)忘れられない女だよ」



 せめて君が、呪いにならいことを祈る。

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