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第6話 魔術師になるたった一つの方法②

「……この程度(ていど)(ひる)む人間に、魔術師の(うつわ)があるものか。君は所詮(しょせん)、見た目ばかりの愛玩動物(ペット)だ。君に魔術師としての価値はない」


 その時の私は、冷たい声になるよう意識して言い放った。


 本音を言えば、彼女を愛玩動物(ペット)と呼びたくない。傷つくかもしれないから。それでも、強い言葉を使いざるを得ない。


 多くの魔術師は、幸福になれない。魔術師の死に場所は、路地裏か戦場か断頭台(だんとうだい)(のたま)うものさえいる。


 魔術師たちは、個人が(ゆう)して許される範疇(はんちゅう)を超えた力を持つ(ゆえ)迫害(はくがい)された歴史を持つ。そのせいか、社会に馴染(なじ)めない者がとにかく多い。

 魔女狩りの時代はもう三百年も昔だが、市井(しせい)の人々は魔術師と見れば無法者(アウトロー)見做(みな)すし、実際その認識も体現するような魔術師も少なくない。


 彼女には、こちらの世界に来てほしくない。


 支配人から、彼女が奴隷市にきた経緯(けいい)と、グレイヴ家での扱いは聞いてきた。暗闇に突き落とされた気分になった。彼女はこれ以上、何も失ってはならない。損をしてはいけないんだ。


 ――おや?


 彼女の顔が青ざめていた。待て、待て待て待て。そこまで悪くするつもりはなかったぞ。一瞬だけ、ほんの少し、吐き気がするだけに止めたはずだ。


 彼女がえずくような声を出すものだから、心臓が跳ね上がる思いがした。すまない、悪かった。こんなにも(もろ)(はかな)いと知らなかったんだ。

 慌てて立ち上がろうとした瞬間、フィオが言った。


「……ロザリア様は僕のことが大嫌いで、何の根拠(こんきょ)もなく、僕を犯人(はんにん)に仕立て上げた」


「……突然(とつぜん)、何の話だ?」


 このときの私は気づいていなかった。


 彼女の吐き気は私が威圧したせいではなく、意図的に何かを吐き出そうとしていたせいだと。


 フィオはしばらく話した後、吐瀉物(としゃぶつ)を床にぶちまけ、賢者の石を(すく)い出した。




「僕は価値を示した。だから次は、君の価値を見せてくれ、ノクス様」



 私は、フィオを甘く見ていたと知った。


 脆く儚く、冷遇(れいぐう)された灰被り(シンデレラ)を、私が守るべきと思っていた。


 何様のつもりだ。


 彼女は庇護(ひご)なんて求めていないのに。


 私は天井に目を向け、しばらく目を閉じ、気持ちをリセットする。



「……魔術師について教えよう」


「そう来なくっちゃ!」


「まず覚えてほしいのは、魔術師はみな、身体のどこかに(もん)を持つことだ。身体に魔力を通すと、紋に刻まれた術式(じゅつしき)(おう)じた魔術が発動(はつどう)する」


「そう言えば、グレイヴ卿にも痣みたいなのがあったな」


「紋は一人につき一つで、書き換えはできない。つまり魔術師は基本的に、生涯をかけて一つの術しか使えない」


「え? そうなの?」



 フィオが意外そうにしている。グレイヴ卿は何も教えてなかったらしい。



「例外は魔道具を使う場合だ。この場合、魔道具に刻まれた術式に応じて、多種多様な魔術が発動する」


「魔道具……ああ、ロザリア様の赤い紐みたいなやつか」



 フィオにも心当たりがあったらしい。



「えっと、つまり、道具に魔力を通せば道具に刻まれた術が、人体に通せばその人に刻まれた術が発動するわけ?」


「理解が早いな」


「へー、僕に魔力を通すと、どんな術になるんだろ?」


「通せないぞ」


「え?」



 フィオが目を丸くしている。



「一般的に紋は遺伝(いでん)でしか継がれない。魔術師から生まれた子には紋が刻まれ、魔力を通すための回路(かいろ)がある。一方で、魔術師の家系でないもの……紋を持たない者には回路がなく、『魔力を通す』という所作(しょさ)を理解できない」


「……とういうことは……魔道具も使えない?」


「そうなる」


「……えー」


 フィオの顔が残念そうにゆがむ。



後天的(こうてんてき)に身体に紋が刻まれることはないの?」


稀有(けう)な例だが、存在する」



 フィオの顔がぱあっと輝いた。



「どうすればいいの?」


死線(しせん)を超える」


「は?」


「死の(ふち)に立った人間は、自身の魔力回路を変容(へんよう)させる。魔術を使えない人間でも、多かれ少なかれ、体内に魔力をためてはいるものだ。生存本能(せいぞんほんのう)から、少しでも身体にエネルギーを巡らそうとするのか、それまでなかった魔力回路を生じさせ、紋を浮かび上がらせる」



 私が知る内では、ヴァレンティノがまさにそうした後天(こうてん)の魔術師だった。


 幼いころ、スラム街で餓死寸前(がしすんぜん)まで追い込まれた際に紋を顕現(けんげん)し、通りすがりの魔術師に拾われたらしい。



「じゃあ、僕の場合ノーリスクじゃないか。命が危うい怪我をして、回路が覚醒(かくせい)した後、ノクス様の再生の魔術で治してもらえばいい」



 容赦(ようしゃ)なく痛みを伴うアイデアを出す子だ。

 成功するまで何度でも瀕死(ひんし)の重傷を負うつもりか。



「可能なら君は実行しそうだな。まあ、無理なんだが」


「何で?」


「覚醒した魔力回路に肉体が拒絶反応(アレルギー)を起こすからだ。人体は突如湧いて出た全身を巡る何かを、異物と認識(にんしき)する。放っておけばショック死だろうが……この場合、私の魔術では対処(たいしょ)できない」



 魔力回路の覚醒は、怪我ではない。私の術式の対象外だ。再生の魔術で拒絶反応を(しず)めることはできない。

 私が竜の死骸(しがい)から紋と回路を移殖(いしょく)した際も、当然に拒絶反応は起きたが、その時は壊れた先から治していくという力業(ちからわざ)で対処できた。しかし、他人の身体に同じことは無理だろう。



「でも、拒絶反応って必ず起こるの?」


「起きないこともある。確率は千分(せんぶん)の一らしいが」



 私の知る百人以上魔術師の中、その千分の一に該当(がいとう)するのはヴァル一人だ。他の成功例は見たことがない。



「絶望的な数字だね。どうにかならない?」


「千分の一を二分の一にまで引き上げる道具が存在する」


「本当? すごいね、そんな便利なアイテムが……あれ?」



 フィオが首を(かし)げる。



「魔術師って基本、常人より強いよね? 少なめに見て百人力って聞くんだけど」


「まあ、そうだな」


「じゃあさ、自国の軍隊百人を死の淵に追いこんで便利アイテムを使えば、五十人の魔術師が得られるから……戦力は百人力かける五十で五千。単純計算、五百倍のパワーアップだ」


「計算途中で五十人殺したな」


「そんなアイテム許されるの? 悪い奴がガンガン使うよ?」


「君のような発想をする人間に渡すはずないだろう。その道具は存在が禁忌(きんき)とされ、六大名家の中で最も平和主義的思想へいわしゅぎてきしそうを持つ魔術師が預かることになった」


「じゃあ、その魔術師さんから借りられたりする?」


「必要ない」


「え? 何で?」


「アーノルド・グレイヴはやたらと攻めた性癖(せいへき)を持つ割に、政治に関しては臆病なほどに保守派(ほしゅは)でな。平和主義者と知られていたんだ」



 私は机を指先で叩いた。



「君の言う便利アイテムとやら……その名を賢者の石という」

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